倉貫義人の思考メモ

リモートワークにこそ必要な「ゆとり」

少しずつ外出して人に会ったりするようになって、移動をしたり、時間調整の待ちがあったり、1日に何本もミーティングは入れられないし、存外と稼働時間がないことに気づく。

リモートワークって、うまくやれば生産性が高まる。テレビ会議だったら連続でできるし、チャットを駆使して非同期で同時並行のコミュニケーションもできる。とても効率的だ。

特に効率厨のエンジニアたちが集まると、驚くほど効率が高まって生産性も出る。これは、会社を数字で分析すると良いことなんだけれど、なんだかスピード出過ぎで心配になる。

リモートワークと言うからワークのことだけに集中しがちなのだろう。PM理論でいうパフォーマンスばかりに目がいって、人間関係のメンテナンスが疎かになっていないか、と。

短期的な目線で見れば良いことでも、長期的に考えたら問題を育んでいるのかもしれない。生産性を高めた上で何を得るのかコンセンサスがないと、ずっと数字を追求してしまう。

無駄はなくしても良いけれど、ゆとりはなくさないようにしたい。仲間で合宿や旅行にいったり、飲み会したり、社内イベントをしてみたり。ゆとりには短期的な成果を求めない。

ゆとりでやることは非日常だ。ハレとケみたいなもので、毎日は業務のパフォーマンスを高めていき、できたゆとりを非日常に使えば、未来への種まきと人間関係の構築ができる。

ゆとりは「あそび」と言ったりもする。車もハンドルにあそびがないと反応が良すぎて事故ってしまう。リモートワークの中には、あえてあそびの時間を作ることが大事なのかも。

実現したいことは、リモートワークみたいな業務だけに焦点を当てた働き方ではなくて、リモートコミュニティみたいに離れていても仲間でいられる関係だったことを思い出した。

そもそもリモートかどうか関係なく「ゆとり」は大切だけど、リモートだと失われがちなので気をつけていかないとな。