倉貫書房は、不定期で「クリエイティブ読書会」を開催しています。7月に開催した回のテーマは「自分のなかの『あたりまえ』を疑ってみる」。進行役としてお迎えしたのは、株式会社ユイロ代表の松下雅征さんです。
松下さんは「進路は、選び直せる。」をビジョンに掲げ、全国から転校できる通信制高校サポート校「ユイロ高等学院」や、月額定額のオンライン教育サービス「勉強を教えない家庭教師」を展開。『13歳からの進路相談』『13歳からの進路相談 仕事・キャリア攻略編』などの著書もあり、学校や自治体の図書館にも数多く採用されています。そして今年5月には『転校の教科書』を上梓されました。
読書会の直後に、あらためて松下さんにお話を聞いてみました。なぜ進路や教育にかかわる仕事に就くことになったのか。目指していることとはいったいどういうことなのか。ご自身の原体験までさかのぼりながら、じっくりと伺います。
5人の読書会を、100回続けたら
――読書会、すごくよかったです。少人数だからこそ生まれる空気があって、本を読むというより、その人が抱えている思いや言葉を、安心して口に出せる場になっているように感じました。
松下
ありがとうございます。まさにそこが大事にしているところなんです。読書会というと、本を読む行為そのものが目的だと思われがちですけど、私にとって本はあくまで媒介で。参加する人がふだん言葉にしてこなかった思いを口に出すことで、考えの整理ができるし、話す側にも聞く側にも気づきがある。その場自体に価値があると思っています。
――一方で、少人数だからこそ成立している部分もありますよね。それって、多くの人に届けるということと両立しにくいのではないですか。
松下
はい、一回あたりの密度と、届けられる人数は、基本的には相反するものだと思います。ただ、両立させる鍵は時間軸だなと思っていて。5人の読書会を100回やったら、500人に届くわけですよね。一回で500人に密度濃く届けるのは難しいけれど、5人でいいから100回やる、と時間をコミットすれば解決できる。だからユイロが取り組んでいることの中に、福岡天神 蔦屋書店での読書会やオンラインでの進路相談会があるんですが、ほぼ毎週続けています。参加者がゼロの回もあるんですけど、それでもやり続けることに意味があると思っています。
「ここしかない」がしんどさをつくる
――5月に出された新刊は『転校の教科書』というタイトルですが、転校を考えている人だけに向けた本ではないんですよね。
松下
そうなんです。この本の背景には、「ここしかない」と思い込んでしまうとしんどくなる、という感覚があります。全国から転校できる「ユイロ高等学院」を運営して教育を支援する仕事をしていると、それぞれ理由は違えど、学校が合わなくて転校をするご家庭にたくさん出会います。だから転校って珍しくないんです。でも当事者からすると、転校は人生で初めての経験で、周りに同じ経験をした人もいない。誰に相談したらよいのか、どうしていいのかがわからなくなる。
注目すべきなのは、「学校に行けなくてもいい」という空気が今は当たり前になってきていますが、それがだんだん親御さんにとって「学校に行けなくてもいいと言ってあげなくては」という新しいプレッシャーになっていることです。かつての「学校にいきなさい」という価値観の一本道が、「学校に行けなくてもいい」という一本道に変わっただけで、一本道であることは変わっていない。
――なるほど、そう言われるとはっとします。
松下
本来は、一本道じゃなくて、人生にも進路にもいろんな道があって、この道も、あの道も選べるけど、自分はこの道を選んだんだ、と思えることがその人の心を軽くするんですよね。
最近始めた「不登校の進路相談ラジオ」というポッドキャストで、三人のお子さんが全員不登校を経験したという保護者の方とご一緒しているのですが、その方が興味深いことを話してくれました。まず、一人目のお子さんが不登校になったときは、焦りました、と。それでも情報を調べて、いろいろと試行錯誤した。次に二人目が不登校になって、このときは二人目なので大丈夫かなと思いきや、やっぱり焦ったそうなんです。その方の中にはどうしても「全日制が当たり前」という認識があって、一人目はたまたまそうじゃなかっただけ、と思ってしまっていた。だから二人目も不登校になったことで、「自分のせいなんじゃないか」と感じて自信がなくなってしまったようです。
でも、三人目が不登校になったときに初めて「もうどっちでもいいな」と心から思えたそうです。なぜかというと、二人目のお子さんが全日制ではなく通信制の高校に進み、自分に合った環境に移ってから見違えるように元気になった姿を、実際に目の当たりにしたから。親がどっちでもいいと本気で思えていて、子どもも自分で選んで場所を決めている自覚があれば、どの場所であっても元気に過ごせるんです。
ただやっぱり、価値観が変わるのは事後的なんですよね。人から話を聞くだけでは、なかなか腹落ちしない。だからこそ、進路に関して悩みがある人が、それを共有できる場所があって、話を聞いてくれる人がいて、転校や進路のノウハウやエピソードをシェアできる場所をつくることが、親御さんにとっての逃げ道や安心感にもつながるのかなと思って、読書会や進路相談会を開催しています。
――『転校の教科書』には、大人の世界で転職が当たり前になったように、これからは転校も当たり前になるはずだ、という一節がありますよね。この本を読んで、自分は転校の当事者じゃないと思っていた私自身にも、刺さるものがありました。
松下
うれしいです、まさにそこを伝えたくて書いた本なので。実は読書会でも似た話をしていて、「進路選びに終わりはない」という感覚は、転職が珍しくなくなった今の働き方にもそのままあてはまると思うんです。一つの学校、一つの会社に「ここしかない」と思ってしまうとしんどくなるという構造は、子どもも大人もまったく同じ。だから、いま転校を考えているかどうかにかかわらず、いざとなったら他の選択肢もある、と思えている状態そのものが、実は誰にとっても大事な心のお守りになるんじゃないかと思っています。

偏差値とは別の「ものさし」があるはず
――松下さんが教育に関する仕事を始めた原点には、ご自身の経験があるとうかがいました。
松下
はい。私は中学生ぐらいまで漫画家を目指していたんですが、偏差値の階段をのぼり始めて、その夢をあきらめたんです。小学校高学年か中学生の頃、「そもそも勉強って何のためにするんだろう」って思うことがあって、そのときに周りの大人は「いい大学、いい会社に入るといいらしい」ということを言っていました。当時の自分には、その良し悪しを判断する材料もなかったので、一旦考えるのをやめてやってみようと決めました。結果的に学校の勉強は自分に合っていて、成績もよかったんですが、いざ社会に出て、世界を知れば知るほど、ずっと心残りがありました。あのとき漫画家の道に全力投球していたらどうなっていたんだろう、と。
じゃあなぜ、大人たちはテストの点数が取れることをよしとしたり、偏差値の高い学校に行くことを薦めてきたのか、逆に自分は夢を後回しにして偏差値を上げることをやってきたのか。考えてみると、テストの点数や偏差値は数値化されていて目に見えるから、周りの大人と合意形成しやすかったんですよね。
でも世の中には、目に見えないけれど大事なことがたくさんあるじゃないですか。人との関係性もそうですし、少し飛躍しますけど、私が小学生のときに自由研究で調べた「オゾン層の破壊」みたいなこともそうです。目に見えないからこそ、教科書は図解にして「やばそう」と思わせてくれる。数字や図で見える化されたものは、人を動かす力を持つんです。
新卒で入社した会社は、モチベーションをテーマに経営や組織人事の改革に取り組んでいて、組織と個人の結びつきを大事にする会社でした。目に見えない社員のモチベーションを、診断で見える化して組織を変えていく仕事です。
――そこから、今取り組まれている教育の分野で、具体的にはどんなことをされているのでしょうか?
松下
これまでの進路指導は、突き詰めると「学力指導」だったと思うんです。日々の勉強という行動があって、それがテストの結果や偏差値という中間指標に見える化されて、それによって志望校を決めて、合格して最終的な人生満足度が決まる、という世界観です。私自身、そのものさしでは悪くない評価を得て進路を選んできたんですが、どうしてもモヤッとしている部分があって、心の底から腹落ちはしていなかった。しかも偏差値という他人比較のものさしは、大学受験までは使えても、それ以降の進路選択には使えないんですよね。就職活動で自分探しの旅に出てしまう人が多いのは、このためだと思っています。
そこで私らの会社が独自につくったのが「納得値」という指標です。期待していることと、実際に満足していることの一致度合いを見るもので、期待していることなのに満足できていないほど、納得値は低く出る。偏差値のような他人比較ではなく、自分比較のものさしです。見えないモチベーションを見える化していた新卒時代の仕事と、構造としては同じことを、教育の世界でやっているとも言えます。この診断には「生活をする」「自分を知る」「進路を選ぶ」という三つの領域があって、活動を通じて自分を知り、自分を知って初めて自分に合った進路が選べる、という順番で設計しています。
学術的な背景として、診断そのものはライフスタイル医学や実行機能研究、ウェルビーイング研究の知見を統合していますし、納得値については慶應義塾大学名誉教授の前野隆司先生と共同研究をして、本当に人生満足度を高めるのかを検証しているところです。株式会社として、お金をいただいて提供している以上、この活動に意味があるということを証明しなくてはいけないと思っています。
――偏差値というものさしを否定するのではなく、もうひとつのものさしとして納得値を加えるというイメージでしょうか。
松下
そうなんです。よく「自分軸が大事」という話になりがちですが、それだけだとかえってしんどくなる。社会軸と自分軸のあいだの、いい感じの塩梅を見つけるのが大事で、その塩梅を見つけるには、そもそも二つの「極」を知らないといけないと思うんです。極がひとつしかなければ、その間なんて見つかりようがない。だから偏差値もひとつの極として大事だと思っていますし、納得値だけになってしまったら、それはそれで偏差値が入れ替わっただけになってしまう。二つの極が並んで初めて、その間のいい感じの場所をみんなが選びやすくなるんじゃないかと思っています。
そのためには、「教える教育」ではなくて「聞く教育」だなと思っていて。進路選びって正解がないので、正解がないときにどうするのか、答えがないものに向き合うにはどうしたらよいのか、相手の話を聞いたり、自分の話を聞いてもらったりしながら自分の中に答えを見つけていく、そんな教育が必要なんじゃないかと感じています。
自律とは、役割とつながりを社会のなかでつくり続けられること
――松下さんが最終的に目指すことは、どういうことですか。
松下
自律した大人になるための教育支援、ということはゴールとして見据えています。これまでの学力指導も、最終的なゴールは自律した大人になることだったと思うんです。私はその自律を、「社会のなかで役割とつながりを自分でつくり続けられる人」と定義しています。
ウェルビーイングの研究では、幸せに生きるにはやりがいとつながりが大事だと言われますが、つながりはつくれるイメージがある一方で、やりがいを見つけるのはとても難しい。だから私らは、やりがいを見つけるのではなく、役割をつくることを勧めています。初めからやりがいのあることなんてなくて、役割を果たすうちに自分なりの意味を見出して、それがやりがいに変わっていく。自律している人というのは、家族から学校や職場、地域や社会へと、その役割とつながりの輪を広げ続けられる人なんだと思っています。
――お話をうかがって、『転校の教科書』というタイトルの射程の広さが、あらためてわかった気がします。転校を経験する人、しない人にはっきり分かれているわけではなくて、誰もが「いつかそうなるかもしれない人」なんですよね。その可能性がある人みんなに向けて、遠くまで言葉を投げかけている印象を受けました。
松下
そう受け取っていただけると嬉しいです。周りと自分のちがいに気づいて困っている人のための本というと、範囲が狭く聞こえるかもしれませんが、そのちがいに気づくタイミングが、たまたま人より早かったか遅かったかのちがいでしかないと思っています。多くの人は大学卒業や就職のタイミングで、初めて自分だけのものさしを探すことになる。だとしたら、これは特別な誰かのための本ではなく、いつかその場面に立つすべての人のための本になればいいなと思っています。
取材を終えて
松下さんにお話を伺いながら、活動されていることの内容を掘り下げていくと、ほぼ毎週開催する読書会や進路相談会も、勉強を教えない家庭教師も、「納得値」の診断も、そして『転校の教科書』という一冊の本も、松下さんのなかでは同じひとつの原点からつながっているように感じました。それはつまり「見えないけれど大事なもの」を、なんとかして見えるかたちにしたい、という思いです。
転校するかどうかという問題に、いま関わりのなさそうな読者にとっても、『転校の教科書』はきっと、自分のなかの「あたりまえ」を問い直すきっかけになる一冊としておすすめです。
プロフィール
松下雅征(まつした・まさゆき)
株式会社ユイロ代表。新卒でリンクアンドモチベーションに入社したのち独立。「進路は、選び直せる。」をビジョンに掲げ、全国から転校できる通信制高校サポート校「ユイロ高等学院」、月額定額のオンライン教育サービス「勉強を教えない家庭教師」を展開。進路をテーマにした読書会や相談会をほぼ毎週開催するほか、ポッドキャスト「不登校の進路相談ラジオ」でも進路の専門家として発信を続けている。
著書に『13歳からの進路相談』『13歳からの進路相談 仕事・キャリア攻略編』『転校の教科書』。
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