前回の記事では、ザッソウにまつわる質問と回答を書きました。そこではザッソウのうちの「雑談」にフォーカスしましたが、実はザッソウの言葉には、もう1つの意味があります。それは「雑に相談する」ということです。

雑談によって心理的安全性が高まったチームで結果を出すためには「雑に相談する」ことが大事です。本稿では、その「雑な相談」について考えてみます。

ザッソウ管理ゼロで成果はあがる

しっかり考えて相談するべきか、雑に相談するべきか?

「もっとしっかり考えてから相談しなさい」そんな風に指導されてきた人は少なくないですよね。一方で、そんな人も上司になって思うのは、「もっと早くに相談してくれたら良いのに」というものです。

簡単だと思って仕事をお願いしたのに、しばらく一向に報告も連絡もなくて、やっと相談がきたかと思えば、まったく見当外れのことをしていたり、想像以上に作り込みされていたり・・・互いにとって残念なことです。

しっかり考えてから相談するべきか、もっと早い段階で相談するべきか、一体どうすれば良いのでしょうか。私は後者の早い段階で相談する方が良いと考えています。ただし、その相談は非常に軽い相談であることが大事です。

1時間ほども時間をとって、会議室を予約して、関係者を集めて調整をして実施するような相談を早い段階でやるというわけではありません。ちょっとの時間、立ち話でも良いくらいの5分〜10分程度の相談をすれば良いのです。

「相談」という言葉には、重いものから軽いものまで色々なイメージがあります。その軽重が相談する側とされる側で合っていないため、すれ違いが起きてしまいます。相談する前から、軽い相談だと互いにわかっていれば物事はスピーディに進みます。すなわち「雑に相談する(ザッソウ)」というコンセンサスです。

雑に相談する方が成果の出る理由はなぜか?

雑に相談するというのは、自分の考えがまとまっていない状態であっても相談することです。なぜ早い段階で、軽く雑にでも相談していく方が良いのでしょうか。それは仕事の種類が変わってきたからです。

現代の仕事の多くは「再現性が低い」仕事ばかりです。マニュアル通りに手を動かすだけでなく、新しい企画やデザインを考えるような仕事です。試行錯誤や創意工夫が求められるし、その都度、自分の頭で考える必要があります。

そうした「考える仕事」には正解がないので、たった一人で考え尽くしたところで良い仕事ができるとは限りません。一方で、誰かに聞いたところで答えを教えてもらえる訳でもないのです。そうなると、相談の意味合いが変わります。正解を教わる訳でも、正解かどうか確認する訳でもなくなります。

誰かに相談することで自分の考えを整理したり自信を持ったりして、自分なりの成果を出すことができるようになります。また、たった一度の相談だけで解決できるものでもありません。必要なら何度も相談をしたほうが良いでしょう。そうなると、やはり相談自体には軽さと雑さが求められます。

雑に相談とはいえ、どれくらい雑で良いのか?

「雑に相談しましょう」という話をすると、「どれくらい雑な状態でも良いのか?」と聞かれます。もしくは、「そうはいっても、少しは考えてくるべきでしょう?」とも。ケースバイケースなので、なんとも言えませんが、原則として雑な方を許容して良いのではないかと思います。

というのも、もし相談する本人が新入社員や入社したばかりの人だとしたら、本人にとって「少しは考える」の「少し」の加減などわからないからです。非常に曖昧で主観的です。だから、ひとまずは雑な方に倒して相談してもらう。その上で、もう少し考えてもらうかどうかのすりあわせをしていくしかありません。

もちろん、いつまで経っても雑すぎるような場合はフィードバックの仕方にも問題があるのかもしれません。もしかすると、雑に相談されたときに、しっかりと考えて回答してはいないでしょうか。雑な相談だとわかっているなら、雑に返しても良いのです。むしろ、雑に返す方が良いこともあります。

相談されるたびに、相談を受けた側がすべて考えて返すと、相手は考えなくなってしまいます。相談というのは、問題や課題を解決したい人からの主体的なアクションなので、あくまで助言に留めることで相談を持ちかけた人の主体性を奪わないようにしましょう。

雑に相談されると、返し方が難しいのですが?

雑な相談に対しては、雑な返しで構いません。相談をした側も深刻に捉えられたら、雑に相談して悪かったと思ってしまいます。わからないことは、わからないと言っても構いませんし、思いつきのような助言でも構わないのです。

大前提として、仕事を任せているのか、作業をさせているのか、互いにハッキリさせておいたほうが良いでしょう。自分で考えて責任を果たすのが仕事で、考える余地なく決まったことをするのが作業です。作業の場合は、判断が必要な場面では指示や依頼している側が考えるべきでしょう。しかし、仕事を任せているなら、本人に考えてもらわねばなりません。

※仕事と作業についてはこちらを→「仕事」と「作業」の違いは何か 〜 デキる人になる仕事との向き合い方【前編】

そもそも相談とは、相手に決断を委ねることではなく、自分で決断をするための後押しなりヒントなりを得るためにすることです。そして、人は決断をする機会があることで成長します。仕事を任せると成長するのは、その人が自分で考えて決断するからです。

だから、相談されたからといって本人に代わって考えて決断してしまうと、せっかくの成長の機会を奪ってしまうことになります。かといって放置すれば良いという訳ではない。だからザッソウが重要になってくるのです。

チームに心理的安全性が保たれていなければ、雑に相談することは難しいでしょう。雑に相談して怒られると思うと、ザッソウはできません。ザッソウしあえるチームの詳しい作り方は、ぜひ本を読んでみてください。

雑なやりとりが圧倒的な生産性を生み出している

「巧遅は拙速に如かず」や「Done is better than perfect.(完璧を目指すよりまず終わらせろ)」という言葉がありますが、仕事を進めるには手を動かすことが何よりも大事です。作業して進めてみることで、解像度があがって、さらに良い状態を実現することができます。何もなければ改善はできません。

とはいえ、私も以前は完璧主義者に近い状態でしたが、とあるきっかけで変わりました。ある人にお願いをして作ってもらったプログラムが非常に雑な状態で、バグもあるしデザインもこなれていなかったのです。しかし、スピードは格別に速かったのです。

それに対して「もっとしっかり作ってくれ!」というのは簡単です。ですが、その本人は自覚的に雑に作っていたのです。そうであれば、私が取るべきは「雑にフィードバックする」ということでした。

圧倒的に速く、しかし雑な状態で出てきたものに対して、圧倒的に速く反応してフィードバックを返すことをすれば、そこからまた修正したものが圧倒的に速くあがってきます。お願いをした側が速く返すことが出来さえすれば、無駄な作り込みをせずに、迅速に期待したゴールにたどり着くことができたのです。

その雑なやりとりは、まるでテニスや卓球のラリーのような状態です。二人で一緒に開発するペアプログラミングに近い状態だったのかもしれません。結局、最終的には品質も満足いくものに仕上がります。

少なくとも社内では「雑さ」を許容することで生産性は格段と上がることでしょう。ぜひ「雑さ」について考えてみませんか。