「本」そのものの可能性とおもしろさに、あらためてじっくりと向き合いたい。そんな思いをもとに、本づくりに関わった人たちへのインタビューをお届けしています。前回に引き続き、倉貫書房の代表・倉貫義人さんと、ミシマ社の代表・三島邦弘さんのお話です。(1)はこちらからお読みいただけます。
フィクョンから仕事を学ぶって、けっこういい
――ここまで、倉貫さんやソニックガーデンの思想をうかがってきましたが、今回の本の特徴は、それが小説形式になっていることだと思います。
倉貫
僕自身は考えたことをブログにしたり、社内ではみんなが集まるミーティングで話したりしているのですが、できるなら、僕らが取り組んでいるやり方や考え方は自社やIT業界だけではなくて、いろんなところに応用が効くんじゃないかなと思っていて。僕らが今うまく働けているとしたら、そのノウハウみたいなものはいろんな人に役に立つものになればいいなという気持ちがありました。
僕が本を書く方法もあるんですけど、1冊目の『私はロボットではありません』も2冊目の『新米マネージャー、最悪な未来を変える』も、若い人たちに受けたメッセージが大きいので、20代〜30代前半の人にはどうも説教くさくなるなあと思って。だから、若い人に伝えるときにどうしたらいいかなって考えた結果が、今回の小説形式でした。
最近、ビジネス書でも「漫画で学ぶチームワーク」とか、フィクションから学ぶものが結構あって。主人公が苦労して葛藤するのを見て、あー、ビジネスでこういう応用するんだな、と読者が学ぶ。これは全然説教臭くない。むしろ共感しかない。そういうことが起きたらいいなと思っていて、伝え方の工夫としてやっています。
三島
倉貫書房が掲げていることに「紙の本を大事にしていく」っていうこともありますよね。今はみなさんAIを使うことが多くなっていて、ひとことで言うと、「個別最適化時代」だと思うんです。
その人にとっての最適解を提示してもらえるのが当たり前になっていて、文芸評論家の三宅香帆さんも著書『考察する若者たち』(PHP新書)に書かれていましたが、物語や作品の消費の仕方として、考察するカルチャーがでてきて、それによって作品がヒットするという流れがある。多くの人が、「答えは何?」ということを探るんですよね。
でも、この「最適解」だけではどんどん人がしんどくなっていっているんじゃないか、知らず知らずのうちに自分を最適解という檻の中に閉じ込めてしまっているところから解放する役割として、本はやっぱり圧倒的ではないか、と僕は思っていて。
『新米マネージャー、最悪な未来を変える』の面白さは、ストーリー自体と、これが日々の仕事に役立つということ。この2つですよね。入社8年目の新米マネージャーが主人公ですが、僕のように、会社を20年近く経営している人間でもハッとすることがたくさんありましたし、学ぶこともいっぱいありました。
紙の本という物理的な存在を手にもち、ストーリーの流れに読み手が身をおく。その時点で、読む方は自ずと、自分を最適解という檻から解放した状態で読むことになる。書かれていることを素直に取り入れられる。おそらく、これが「チームを新しく作るときの最適解」みたいな形式で書かれていたり、もっと端的にまとめられていたら、いざ自分が実践しようとするとき、実はちょっと溝が出てくると思うんです。
それはこの本という形の、実は優れた機能性であって、この価値はこれだけAIとの会話を多くの人がするようになったからこそ、より鮮明になってきていることを、今話しながら感じました。
AIは、「過程」というおもしろさを奪う?
倉貫
面白いですね。AIの話が出てきましたが、AIによる考え方や仕事、生活の変化とは何かって考えた時に、個別最適化、つまり答えにすぐ行き着くということは、三島さんのおっしゃるとおりだと思うんです。そうすると、過程がないんですよね。過程がないと、本来あったはずの過程の中の広がりとか、自分で考えるからこそのおもしろさが見えなくなってしまいます。
三島
そうそう。
倉貫
シンプルに僕は、漫画とか小説が小さい頃から好きだったんです。小さい頃は『週刊少年ジャンプ』を読んで、次の号が出るまでの一週間、次はどんな話になるかをずっと想像しているような子供で。
今思えばそれって、想像力とか、考える力がすごく養われた時間だったなーって思うんですけど、AIに答えを聞いている限り、その時間がゼロになってしまうというか。想像する時間は結構豊かな時間だったのかもなっていうのは、なんか今話聞きながら思いました。
買切・掛け率50%が出版業界にもたらすもの
――倉貫書房は、書店への卸条件を買切・掛け率50%でやっていこうとしています。20年間直取引メインの出版社をつづけてきた三島さんの視点で、倉貫書房が掲げる条件についてはどう見ていますか?
三島
ミシマ社は、いろいろと新しい取り組みをやりがちなのですが(笑)、2015年に「コーヒーと一冊」というレーベルを作りました。それを始めた理由はいくつかあるんですが、一つは、本屋さんとの「直取引」をやっていく中で、本屋さんあっての出版社、僕ら出版社がどれだけ本を作っても、本屋さんの売り場が元気じゃなかったら、いい本も届かないよな、と思っていて。でも、現実では特に熱意のあった書店員さんが離職したり、本屋さんが閉店したり、そういう現場に何度も立ち会うことがあって、その流れを少しでも変えたいなと。
どうしたら流れが変わるのかというと、やっぱり利益構造を変えないといけない。超高度成長期、そして人口がどんどん増えていく時代に作られた仕組みでこれまで来ていたので、薄利多売でないと本屋さんという商売は成り立たない。せいぜい2割ちょっとの利益です。他の小売業に比べたら圧倒的に少ない利益で、多売ができなくなっているというのが、業界の正確な捉え方だと僕は長年思っていて。いい本を作れば、適正の規模としてはしっかり売れているという実感は、実はミシマ社はずっと持っていたんですね。だからミシマ社は、本当にちょっとずつですが右肩上がりで、でも業界全体はそうではない。思いのある書店員さんたちが多売しなくても生計を立てられる、商売を続けられる仕組みを考えたいなと思いました。
それで、「買切」で本屋さんの利益が4割という、取次経由で本を仕入れるよりも約2倍の利益が出るような状態に、将来なっていくためには、まずは体感してもらうのが大事だろう、と始めたのが「コーヒーと一冊」。
「コーヒーと一冊」はシリーズとして判型やデザインを基本揃えて、ページ数も100ページに揃えて統一フォーマットで作ったんですが、その後2019年に立ち上げた「ちいさいミシマ社」というレーベルでは、デザインはそれぞれ一冊ごとにこだわっていて、いろんなジャンルの本を、買切で、少部数でやっていこうという思いでスタートさせました。
今回、倉貫書房さんには、ミシマ社がやってきたことをより発展させて引き継いでもらったっていう感覚が僕にはあって、5掛けで本屋さんに卸しますと。システム会社という本業が別にある中で、出版で儲けなくてもいいということで、業界の仕組みをよくしていく方向に考えてくださっているのは出版業界にとってもすごくありがたい。業界にとってもすごいプラスじゃないかなというふうに思ってます。
スポーツのスポンサーをするように、企業が出版を応援する
ーー個人の方とか、ひとり出版社とか、書店さんが本を作ることも増えてますが、これだけ本を作る文化が広がっているなかで、企業が出版部門を持つことも、今の時代の一つの形として可能性がありそうですね。
倉貫
そうですね。今回の取り組みの大事なポイントは、僕らの会社が、会社のプロモーションのために出版事業をやっているわけではないということ。おそらく倉貫書房の本が売れたところで、僕らの主業のシステム開発のお客様が増えるかというと、まあそんなことはないような…。
三島
そうですね。
倉貫
つまり、めちゃくちゃ遠いところにボールを投げているってことなんですよね。
なので、純粋に僕自身の動機として、これまで本を書いてきたり、ただ本が好きだっていうことがあって、もしかしたら、スポーツが大好きな人が経営している大企業が、お金をかけてスポーツのチームをスポンサーするみたいなことに近いのかもしれないです。
僕らはそこまで大きい会社でもないし、そんなに潤沢な資金があるわけでもないですけど、自分たちができることとして、出版業界に関わっていきたい、というところが全ての出発点だったので、だからこそ三島さんにも協力していただけたんじゃないかなと思っています。
これから先、おそらく僕らの会社以外にも、同じように考えて事業を始める企業が出てくる可能性はあると思います。先ほど業界の規模の話をしましたが、業界の中だけで考えると大きい・小さいとなってしまいますが、そこに閉じずに、業界を超えてクロスオーバーすることができたら、 実はみんながハッピーになれる可能性はまだあるような気がしていて。当然僕にその絵が見えてるわけではないんですけど、取り組みながら見えてくるといいなあと思って、やっています。
社会貢献的なお金の使い方でもあるし、投資的なお金の使い方でもあるんですけど、リターンがあるかどうかの話ではなく、自分たちにとっては取り組むこと自体がもうもはや価値があることなので、この先もどうなるかわからんですけど、やれる限りは続けていけたらいいなと思っている感じです。
倉貫書房(くらぬきしょぼう)
仕事を“技芸”とする文化を広げる」ことを目的に、株式会社ソニックガーデン創業者である倉貫義人が主宰する出版事業。メディア『Social Change!』を活動の拠点とし、思想の発信と「紙の本」の刊行を両輪で進めている。
https://kuranuki.sonicgarden.jp/shobo
株式会社ミシマ社
2006年10月設立。「一冊入魂」を理念に、原点回帰の「ちいさな総合出版社」としてスタート。取次を経由せず書店と直接取引する「直取引」をメインの営業形態としている。2020年からは書店と出版社をつなぐプラットフォーム「一冊!取引所」の立ち上げに寄与するなど、独自のスタイルで出版活動を展開している。
https://mishimasha.com/