熟達を測る三番目の尺度:セルフマネジメント〜自分と周囲を「いい感じ」に整える技術
倉貫 義人
仕事技芸論シリーズの前回は、技芸の成長をはかる二番目の尺度として、責任の円を広げていく「広さ」について書きました。コードから設計へ、そして顧客のビジネスの本質へと視界を包含しながら広げていくプロセスも、熟達への道です。
・「品質」を犠牲にして「速度」を得ることはできない〜生産性の正体と成長の尺度
・階段を登るのではなく、円を広げる。「ホロン構造」で捉える開発者の成長
しかし、これまでの「練度」と「広さ」という二つの軸を支え、価値に変えていくためには、もう一つの強固な軸が不可欠です。それが、三番目の尺度であるセルフマネジメントです。
どれほど優れた腕を持ち、広い視界を持っていても、自分自身をうまく扱うことができなければ、その技芸は独りよがりな道楽に終わってしまいます。今回は、なぜ仕事を技芸とする考え方においてセルフマネジメントが不可欠なのか掘り下げていきます。
セルフマネジメントがないと陥る状態
セルフマネジメントというと、「自己管理」のようなイメージを持つかもしれません。しかし、私が考えるセルフマネジメントの本質は、自分自身を「いい感じにする」ということにあります。自分を最大限に活かすために、自身のコンディションを整え、周囲と適切に協調していく。自分と自分の周りの状況を、最高の成果が出るようにしていく技術のことです。
したがって、どれほど高い技術を持っていても、周りを無視して独りよがりでいるようでは、セルフマネジメントができているとは言えません。技術はあってもセルフマネジメントができないと、プロフェッショナルとしての活動に影を落とします。
たとえば、パフォーマンスが安定しない人には周囲は安心して仕事を任せることができません。プロフェッショナルの仕事とは、気分や体調を整えて、常に一定以上の品質とスピードを維持し続けることであり、その安定感こそが信頼の源泉だからです。
また、組織や顧客と視座が合っていないと、違う方向に向かって頑張ってしまうという悲劇が起きます。本人は良かれと思って、技術的に高度なことや美しいコードに執着していても、それが今解決すべき問題の本質からズレていれば、その努力は徒労に終わります。自分のこだわりを優先し、全体の中での自分の役割を見失うようでは、成果には繋がりません。
さらに、結果は出せたとしても、見積もりができなければ共同作業は難しくなります。いつ終わるか分からない仕事は、頼む側からすればリスクでしかありません。時間の見通しを立て、約束した期限を守る。この当たり前のようなことが積み重ならないと、長期的な信頼関係を築くことは不可能です。
見積もりができず、約束も守れない人に、より大きな責任を伴う仕事が回ってくることはありません。どれほど優れた腕を持っていても、自分自身をマネジメントできなければ、成長はそこで止まってしまいます。
不確実性と向き合うためのセルフマネジメント
そもそも、なぜソフトウェア開発をはじめとする創造的な仕事において、セルフマネジメントが重要だと考えているのか。それは、これらの仕事が「不確実性」に満ちているからです。
ソフトウェア開発は、未来を正確に予言できない中で形をつくっていく行為です。作っていく中で気付くことや学びがあって、それを取り込みながら何度も軌道修正をしていくことで、本当に必要としていたソフトウェアを手に入れることができます。
そうした中で、もっとも気付きを得るのは開発している当人です。であれば、その人に任せた方がより良いものになるでしょう。指示する人・動く人という分類ではなく、動く人自身がマネジメントまで担う方が効率的です。
また、文章を書く仕事において「一文字目から最後の一文字まで、私の言う通りに書いてください」と指示できないのと同じように、開発の現場で起きる微細な判断のすべてを外部から指示することはできません。もし、どのようなコードをつくるべきかを細部まで指示し尽くそうとすれば、その指示自体がもはやコードそのものになってしまいます。
プロフェッショナルが成果を生み出すプロセスには、必ず本人の判断に任せる領域が発生します。特にソフトウェア開発の場合、その割合が非常に大きいのが特徴です。
この任された領域で、どのような品質のコードをつくるのか。それは、外部からの監視や強制によって担保できるものではありません。品質の良いコードをつくるということは、誰かに強制されてできるものではなく、最終的には本人がいいコードをつくりたいと思う内発的な動機づけが鍵となります。
そして、外部からコントロールしようとすることは、かえってこの内発的な動機づけを妨げることになりかねません。だからこそ、外部からの管理に代わって、自分自身にマネジメントを内面化させる必要があるのです。
セルフマネジメントの5段階のロードマップ
ではセルフマネジメントの熟達度を、どう測ればいいのか。そのステップを可視化する指標として、5段階のロードマップを定義しています。詳しくは以下の記事を参照ください。
セルフマネジメントで自由に働くまでの5段階ロードマップ 〜 自己管理だけではない

第1段階:新卒で身につけること。まずは社会人の基本として、また技術者として、最低限のルールを理解し、自身の行動を律する準備を整える段階です。安定してパフォーマンスを出すことを覚えます。
第2段階:仕事を任せられる段階。後述する「タスクばらし」をこの段階で身につけます。仕事の見通しを自分で立てられるようになることで、周囲が安心して仕事を任せられるようになっていく段階です。
第3段階:自律的に動ける段階。指示を待つのではなく、自ら目標を掲げ、状況を判断して動くことができる。一人のプロフェッショナルとして精神的にも自立した状態です。外部の管理は不要になります。
第4段階:周囲に影響を与える段階。自分自身が安定しているだけでなく、その一貫した振る舞いや成果によって周囲に安心感を与え、良い影響を波及させていく段階です。事業や人を伸ばしていきます。
第5段階:自由に働くことが価値になる段階。特定の組織や場所に依存せず、自分自身の特性を活かし、思いに向き合うことが、社会にとっての価値となるような段階です。自己中心的利他の境地です。
第1段階から第5段階へ進むにつれて、外から管理するためのコストはゼロに近づいていきます。この管理が不要になる度合いこそが熟達を示す尺度になります。たとえば全員が第3段階までいけば、組織から管理をなくすこともできるでしょう。
以降では、この5段階のうち、その管理をなくすことのできる第3段階に至るための大きなハードルとなる3つの技について解説します。
タスクばらし:頭の中でコードを組み上げる設計の技
セルフマネジメントを実践していく上で、第2段階の「仕事を任せられる」状態を支えるのがタスクばらしです。これは単にやるべきことをリストアップする行為ではありません。ゴールの確認、優先順位の決定、そして時間の見積もりまでを含む、極めて高度な知的な活動です。
ソフトウェア開発において、見積もりなしに仕事を進めることはあり得ません。何かを依頼する側にとっても、見通しがなければ判断ができないからです。ここで言う見積もりとは、単なるコスト計算ではなく、完成までの時間の解像度を上げることです。
見積もりを正確に出すためには、その機能をどうやってつくるのか、どのような順番で組み立てるのか、リスクは何か、といったことまで全てを見通せなければなりません。つまり、タスクをばらしている最中、頭の中では内部設計が完了し、完成されたコードまでが明確にイメージされている必要があります。
そうした意味で、タスクばらしとは実質的な設計行為そのものです。この設計が不十分なまま手を動かし始めても、途中で迷いが生じ、手戻りが発生することになります。迷いなく実行に移れる状態をつくることが、タスクばらしのゴールです。
この技が熟達してくると、扱う単位が大きくなり、精度を上げるスピードも速くなります。熟達した職人は、顧客と要件を詰めながら、同時に頭の中でタスクばらしを済ませてしまいます。
もちろん、この技を身につけるのは容易ではありません。経験したことのない未知の領域では、仕事の進め方自体が想像できないでしょう。そのためには現場での場数を踏み、自分の中に「引き出し」を増やしていくしかありません。
ザッソウ:「あなたvs私」から「問題vs私たち」へ導く関係性の技
自分をいい感じに動かすための技がタスクばらしであるなら、自分を囲む関係性をいい感じにする技がザッソウ(雑に相談する)です。セルフマネジメントとは自分一人で完結するものではなく、同僚や顧客との関係性も含めてマネジメントすることが求められるからです。
周囲と仕事を進める際、私たちはつい「あなたvs私」の構図で対話をしてしまいがちです。意見が食い違えば、どちらの正しさを通すかという対立構造になり、そこには勝者と敗者が生まれます。しかし、本来解決すべきは目の前にある問題のはずです。
そこで、お互いの顔を見合って対峙するのではなく、共に同じ問題に目を向ける構造をつくる。この「問題vs私たち」の構図へと状況をマネジメントするために、ザッソウが機能します。
ひとりで熟考して完璧な結論を出してから相談するのではなく、まだ生煮えの状態からあえて雑に相談を投げてみる。雑に相談するということは、まだ何も決まっていないことを開示し、相手に「一緒に考えてください」と手を差し出す態度です。
相談を受ける側も審判を下すのではなく、どうすれば解決できるか、歩み寄れる点はないかを一緒に探るようになります。こうした関係性が構築されている状態こそが、真の心理的安全性です。
対立構造を作るのではなく協力関係を築く、それもセルフマネジメントの一つです。
ふりかえり:改善と内省によって視座を高める技
最後に、これらの活動を支え、自分自身をアップデートし続けるための技がふりかえりです。
ふりかえりの目的は、単に仕事のミスを反省することではありません。起きた出来事に対して仕事のやり方の改善策を練ることはもちろん、その時の自分の思考や感情を客観的に見つめる「内省」が含まれます。この内省を繰り返すことでメタ認知が進みます。
ふりかえりを習慣にすると、自分の思考の癖や、つい陥ってしまう習慣、感情の揺れなどを客観的に把握できるようになります。客観的に自分が見えるようになれば、自分をどう行動させるとより良い成果に繋がるのかが分かるようになり、自ずから変えていこうという気持ちになります。自分というシステムを自分自身でアップデートし続けるためのフィードバックループを回すのです。
このメタ認知の力は、熟達とともにその適用範囲を広げていきます。最初は今日の自分の作業はどうだったかという狭い視点から始まりますが、セルフマネジメントの段階を登るにつれ、視座はどんどん高まっていきます。自分の行動がチームにどう影響したか、顧客はどう感じたか、このプロダクトは社会のどのような課題を解決しているのか。
最終的には社会と自分という極めて高い次元で、自分をどう機能させるべきかをマネジメントできるようになります。より広い範囲、より高い次元へとメタ認知を広げ続け、自分と社会の間にいい感じの調和をもたらすこと。それが、セルフマネジメントを磨き、第5段階の自由へと辿り着くための道です。
自由を使いこなすためのセルフマネジメント
セルフマネジメントは、自分を窮屈にするためのものではありません。むしろ、自由に働くために自分を活かす技術です。
ソフトウェア開発という、一言一句の指示がない中で、自分の美学で良いものをつくる。その自由を楽しむには、自分を整え、周囲を味方に変え、常に自分を客観視し続ける強さが必要です。
少しでも良いものをつくることに集中する。 タスクを適切にばらして、見通しを立てる。 ザッソウによって、対立ではなく協働の構造をつくる。 ふりかえりをして、自分を客観的に捉え直す。
こうした地道な積み重ねが、熟達の尺度になります。このセルフマネジメントを身につけることで、技術を活かすこと、仕事の幅を広げていくことができるようになります。