自立した人が「ここがいい」と思える会社〜人事の専門家に話した経営スタンス

自立した人が「ここがいい」と思える会社〜人事の専門家に話した経営スタンス

人事の専門家の方からインタビューを受けて、採用・評価・労務・組織のことをひと通り話した。聞かれて答えているうちに自分でも整理がついた感じがあったので、まとめてみることにした。

長期雇用と「自立」のスタンス

Q:ソニックガーデンは長期雇用前提で動いている?

基本的にはそう。若い人に限らず、全員「辞めない前提」でやっている。

ただ「辞めないでいてね」と言って大事にしすぎる、みたいなスタンスでもない。大企業だと「力をつけさせすぎると辞めちゃうから、あんまり自立させないほうがいい」みたいな考え方もあるけど、うちは真逆で、めちゃくちゃ自立させたい。「自立した人たちの集団」でありたいというのが大前提。

経営としてやるべきは、めちゃくちゃ自立した集団を作った上で、その自立した人たちが「なおここで働きたい」と思える環境を作ること。依存させて囲い込むのでもなく、自立させて「いなくなってもいい」でもなく。自立しているけど依存していない、けど「ここがいいな」と思ってくれている——その状態を作るのが経営の難しさであり、面白さだと思っている。

AI時代にプログラマーはどうなるか

Q:AI時代にプログラマーはいらなくなるのでは?

2つの話がある。

まず人数の話。1つのソフトウェアを作るのにかかる人数は減ると思う。でも、ソフトウェア自体の総数はもっと求められるようになる。今まで大企業が300人で1個のシステムを作っていたのが、3人でできるようになるかもしれない。100分の1。けど3人は残る。一方で中小企業は今まで1人さえ雇えなくて作れなかったのが、作れるようになってくる。1人のプログラマーで10社見れるかもしれない。トータルで見たらニーズはむしろ増えるんじゃないか。

次に「誰でも作れるようになるか」という話。技術的にはそうなるかもしれない。でも「作れる」と「作りたい」は別。私も経営者だから自分で作れるけど、自分のところのシステムを全部AIでやりますかと言ったら「いやそれは作れる人に任せたい」と思う。任せたいという人がいる限り、プログラマーは必要。

これは料理と一緒。各家庭にコンロも冷蔵庫もキッチンもあるのに、みんな外食に行く。普段の日常的なことはAIで効率化できるようになるかもしれないけど、「親戚20人呼んで法事やるからお母さん家庭料理で作りますか」となったら「お店行こう」となる。だから全部なくなるかというと、そこまで悲観していない。

職種で採用しない——仲間と農業しても楽しいか

Q:本当にプログラマーという職がなくなったらどうする?

うちは社員を職種で採用していない。ジョブ型ではない。ジョブ型は業務委託で外部の方にお願いしている。

社員の場合、職種の前に「ソニックガーデンの仲間であること」が先に来る。その職がなくなったとしても、別の職をみんなでやろう、という考え方。この世からあらゆるテクノロジーの仕事がなくなって「農業しかないぞ」となったら、今いる仲間と農業をやる。それは私たちなら楽しめるんじゃないかと思っている。

逆に「職を固定で行きたい」という人には「業務委託にしませんか」と提案する。社員として雇用するなら、ソニックガーデンに入ってほしい。やることは変化していくかもしれないけど、それをみんなでやろう、と思える人たちを入れている。

採用のスタンス——歓迎はするが迎合はしない

Q:師匠と弟子の採用プロセスで、途中で離脱するケースは?

1年半とかかけてお付き合いする中で「やっぱり違うかもね」となるケースはある。でも長くやるからこそ、そこでわかってよかったねとなる。

最近もあったのが、半年くらいいろいろやってみて、ご家庭の事情もあって「今じゃないね」とお互いなった。でも「今じゃないね」であって「合わないね」ではないから、「友達でいましょう」となって、今でも友達。

うちの採用はグラデーションで進む。友達から真剣交際に行って、同棲して、籍を入れるのはその先、くらいの感覚。一方的に会社が選ぶ・選ばないでもないし、応募者が一方的に選ぶ・選ばないでもない。

葛藤としては、こんなまどろっこしいことやっているので会社がすぐ大きくならないし人も増えない。でもハードルは絶対に下げない。うちの採用の言葉として「歓迎はするが迎合はしない」というのがある。来てくれる方はみんなウェルカムだけど、条件変えますとかお給料上げますね、みたいなことはしない。「違うね」ということは「違うね」となる。

会社の規模はコントロールできない

Q:人数を増やさなくていいという考え?

「増やさないでいい」とも思っていない。仲間が増えたらいいし、困っているお客さんも多い。人が増えて売上増えたらできることも増える。だから仲間集めるための取り組みはやる。けど結果増えなかったら「残念だったね」で終わる。

会社の規模はアンコントローラブルだと思っている。「来年100人行くぞ200人だぞ」と言ってできるなら、みんなやる。できないから悩んでいる。

これは子供の身長と同じで、「来月まで10cm伸びろ」と言って伸びるもんじゃない。できることは、健やかに寝て、ご飯食べて、勉強して、運動すること。それでも遺伝でそんなに伸びないかもしれないけど、しょうがない。コントロールできることだけにフォーカスする。

KPIもないわけではなくて、売上もコストもお客さんの数も全部見えるようにはしている。ただ、それを「目標の数字」にはしていない。

結果よりプロセスを大事にする

私たちが見るべき指標はいくつかあるけど、それを目標設定にしない。前提にあるのは「結果をコミットするために仕事しているわけではない」ということ。

ベストエフォートで頑張る。その結果はついてくるだろうし、ついてこなかったらしょうがない。順番として、やることの方を大事にしている。しかも結果よりも大事にしているのは「やることのプロセス」。プロセス自体が楽しく、やりがいがあるいいものでないといけないと思っている。

「結果ありきで手段は問わない」となると最悪のケースでは不正会計みたいなことが起きる。やっている人たちも「結果さえ出せば飲み会とか行かなくていいでしょ」となったら、本当にそれ楽しいか、という話。

私たちは「仕事をやっていること自体、仲間とコミュニケーションを取ること、仕事を通じて人生を豊かにすること」を価値観として大事にしている。仕事は面白いもんだという考え方でやりたいし、面白さのために腕を磨く。仕事を通じて知り合いも増える、友達も増える、助けてくれる人も増える。経済的にも豊かになれる。リッチであることではなくて、いろんなものが手に入っている状態こそが本当に豊かだろうと。この仮説を証明したくて会社をやっている、というところはある。

Tシャツピチピチ理論——等級は後追いでつける

Q:評価や報酬差はどうしている?

4〜5年前までは評価も報酬差も完全になし、フラットでやっていた。中途採用だけだったし、一定基準を超える人しか入れていなかったから。一定以上であれば、細かく差をつけるよりフラットにしたほうが運用上いい。

ただ弟子を採用するようになって、さすがに一緒にするのはおかしいだろうとなった。ベテランはコストよりパフォーマンスが上回っている。弟子はまだ逆。足りない部分は親方が補っていて、その分のコストがかかっている。だから弟子のところには階段を作った。

等級の考え方は「キャリブレーション」と呼んでいる。「今この人にどういうことができるのか」の期待値を見て、実態に合ったロールを決め、ロールに紐づいた報酬を出す。

大事にしているのは「先に上げない」こと。よくある会社だと、ここができるようになったら「じゃあ次に上げましょう」となる。でもそれがピーターの法則を生む。上がったけどできない、みたいなことが起きる。

うちは逆で、「ここができるなら、ここの報酬でずっと行きましょう」とする。放っておいても人は成長する。仕事の機会はどんどん増やすし、どこにいても仕事の制限はない。どんどん難しいことをやっていった結果、できることが大きくなる。それを見て「この人こんなに大きくなっているのにこの等級に置いておくのはアンバランスだね」となったら、実態に合わせて等級を上げる。後追い。

これを「Tシャツピチピチ理論」と呼んでいる。子供にぴったりの服を着せて、体が大きくなってピチピチになってきたら、ワンサイズ上げる。最初からブカブカの服を着せない。

弟子の階段は、若い人ほど細かく刻んでいる。ゲームでもレベルが低いうちは上がりやすいのと同じ。多分4〜5段階はある。最先端の弟子に合わせて階段を伸ばしていく感じだけど、まだフラットなベテラン水準には到達していない。

一人残業禁止

Q:リモートワークでオーバーワークは起きない?

ベテランはほぼ在宅でご家族と一緒にいるので、実は働きすぎにくい。6時過ぎになると「ご飯なので終わります」と言ってみんないなくなる。通勤がないからすぐ家族と過ごし始めて、そこからまた仕事に戻る人はほぼいない。一人暮らしリモートだと危ないかもしれないけど、ベテランはそういう人が多い。

弟子は親方が見ている。どれくらい働いているかのダッシュボードがあるし、残業するなら親方に許可を取るルールにしている。あと「ラクロー」という仕組みを入れていて、GitHubやGoogle Docsなどのログから夜中働いていたら「あなた残業してたでしょ」とコンピューターが教えてくれる。もともとうちの社内新規事業から生まれたサービスで、変なサービス残業が発生しない仕組みにしている。

で、もう一段やりたいと思っているのが「一人残業禁止」。残業するなら必ず二人以上で。クライアントワークなのでどうしても残業が発生するタイミングはある。その時に一人でやるとただ辛い。でも二、三人で「大変だね」と言いながらZoomで繋いでやって、終わった時に「お疲れ様」と言い合えたら、それは思い出になる。

自分の過去を振り返っても、一人で残業してた記憶はほぼないけど、先輩と徹夜して深夜に部長が差し入れ持ってきてくれた、みたいなことは思い出になっている。コストは残業代が二倍になるけど、得られるメリットを考えたら大した額じゃない。

思い出に投資する

豊かさとは何かと考えた時に、BSがめちゃくちゃいい会社は「儲かっている」とは言うけど「豊か」とは言わない。個人でも資産をめちゃくちゃ持っていても、誰とも話ができない状態になったら「金持ちだけど豊かではない」。

豊かさのいくつかある要素の1つが「思い出がいっぱいあること」じゃないかと思っている。思い出がたくさんあるほうが「まあこういう人生だったな」と思えるし、もっと良いのは「思い出を共有できる相手がいる」こと。

だから今、会社で思い出をいっぱい作ろうとしている。そのためにけっこうお金をかけている。

全社員合宿を年2回やるようにした。うちは沖縄から各地に散らばっているので、交通費だけで目玉が飛び出る額になるけど、やったほうがいいと判断した。

去年は「ハケーション」もやった。ハッカソンとバケーションを合わせたやつで、5〜6人のグループで好きなリゾート地に行って、ハッカソンした翌日にバケーションで遊ぶ。全部経費。一緒に働いている人たちの思い出が増える。

BSは傷つくしPLにも影響するけど、まあいいかと思っている。

いいソフトウェアとは何か

Q:組織の中を豊かにすることと、外向きの成果の両立はどう考えている?

お客さまのことはとても大事にしている。経営理念に「一緒に悩んで、いいものつくる」と入れているぐらいだし、月額定額モデルなので成果出せなかったら翌月切られる。ちゃんとパフォーマンスは出す。

ただ、お客さまのために私たちがすり減ることはしない。「良い仕事をする」時に、お客さまとは一緒に悪巧みしている仲間みたいな関係でやっている。社内でやっている遊びや合宿を、お客さんにも拡大してやることもある。

私自身は直接クライアントワークしているわけではなくて、社員の皆さんと仕事している。私からすると社員はお客さまみたいなもの。「倉貫株式会社」が一人でやっているんだとしたら、この会社の顧客はソニックガーデンの社員の皆さん。その人たちを幸せにしたいと思っている。

経営理念に「いいソフトウェアをつくる」というのがあるけど、いいソフトウェアとは何か。機能がいいとか品質がいいとかいろいろあるけど、私が考えている本当にいいソフトウェアは「作る人と使う人が幸せであること」。

ユーザーが不便だと思っているならいいソフトウェアじゃない。でもユーザーが喜んでいても、作る人がめちゃくちゃ疲弊していたら、それもいいソフトウェアとは言えない。作る人——私たちのお客さんと私たち自身——と、使う人の両方が幸せじゃないといけない。

この定義がすべてに繋がっている。迎合しない話も、すり減ることをしない話も、全部ここから来ている。自分たちが幸せじゃないとダメなんだから。

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倉貫 義人

「納品のない受託開発」を提供する株式会社ソニックガーデンの創業者で代表取締役。アジャイル開発は原点。経営理念は「いいソフトウェアをつくる。」「一緒に悩んで、いいものつくる。」「いいコードと、生きていく」著書「ザッソウ」「人が増えても速くならない」など多数。「心はプログラマ、仕事は経営者」をモットーに、ブログ書いてます。

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