師匠と弟子という関係を選んだ理由〜技芸の育成と徒弟制度

師匠と弟子という関係を選んだ理由〜技芸の育成と徒弟制度

本記事は、仕事を労働ではなく「技芸」として捉え直す「仕事技芸論」シリーズの記事です。

前回の記事の末尾で、こう書いた。「まだセルフマネジメントに至っていない人をどう迎え入れるか」。創業から十年、セルフマネジメントできる人だけで組織をつくってきた私たちが、次に向き合うことになった問いである。

技芸を磨き続けるコミュニティを維持するには、新しい仲間を迎え入れなければいけない。しかし、最初からセルフマネジメントできる人だけを待っていたのでは、いつか限界が来る。未経験の若い人たちを迎え入れ、技芸を伝えていく仕組みが必要だった。

その答えとして私たちが選んだのが、「徒弟制度」だった。

技芸の育成は可能なのか

そもそも、技芸は育成できるのだろうか。

以前の記事で書いたように、技芸は勉強して身につくものではない。「わかる」と「できる」は違う。知識を得ただけではできるようにならない。練習や鍛錬を重ねて、身体で覚えていくものだ。ソフトウェア開発で言えば、状況に応じた判断、設計の美しさに対する感覚、お客さまとの対話から本質を見抜く力。こうしたものは、研修で教えられるものではなく、実践の中で磨いていくしかない。

とはいえ、自己流の鍛錬だけで育つには、よほどの才能か、膨大な時間と努力が必要になる。多くの人にとって、独学で一人前になるのは現実的ではない。早く上達するには、先達からのフィードバックが欠かせない。自分では見えないところを指摘してもらうことで、鍛錬の質が変わる。

鍛錬が必要だが、自己流では育ちにくい。フィードバックが必要だが、誰がそれを担うのか。では、どうすればいいのか。

この問いに対する私たちの仮説が、徒弟制度だった。

なぜ「徒弟制度」なのか

技芸の腕を磨くために必要なことは、突き詰めると三つだと考えている。

一つ目は、できる人のプロセスを間近で見ること。成果物だけを見ても、技芸は伝わらない。どう考え、どう迷い、どう判断したか。そのプロセスにこそ技芸が宿る。

二つ目は、自分で実践すること。見ただけではできるようにならない。自分の手で試行錯誤し、プロセスを体験することで、初めて身についていく。

三つ目は、実践を見てもらい、フィードバックをもらうこと。自分では気づけない癖や盲点がある。良いのか悪いのか、どこを直すべきか。技芸には審美眼が必要であり、審美眼を鍛えるには「いったん絶対の正解とする存在」が欠かせない。自分なりの判断基準を持つのは大切だが、最初からそれができる人はほとんどいない。まずは師匠の基準を内面化し、その上で自分の審美眼を磨いていく。

この三つを実現するには、教える側が弟子より高い実力を持ち、弟子の仕事のプロセスを観察してフィードバックできる関係が必要になる。一般的な会社における上司と部下の関係では、これが難しい。

上司と部下の関係では、「成果を出させること」が目的になる。プロセスに時間をかけることは、短期的な生産性と衝突する。上司に求められるのは部下の話を「聴く」ことだが、技芸の育成に必要なのは仕事のプロセスを「見る」ことだ。結果ではなく、仕事の仕方そのものに対して、実力のある先達がフィードバックする。

この関係は、上司と部下ではなく、師匠と弟子だった。師匠と弟子の関係なら、プロセスそのものが育成の場になる。成果が出るまでに時間がかかることも、当然のこととして受け入れられる。

宮大工の『棟梁』からの着想

徒弟制度という言葉を使い始めたのには、きっかけがある。宮大工の小川三夫さんが書いた『棟梁』という本を読んだことだ。小川さんは、薬師寺金堂の再建を手がけた西岡常一棟梁の最後の内弟子である。西岡棟梁のもとで学んだ後に独立し、自ら「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」という工房を立ち上げ、若い宮大工を育ててきた。

良いプログラマが育つ環境とは何か。その問いを考えていたとき、この本に出会った。宮大工の世界では、親方が弟子に技を伝え、弟子は親方の仕事を間近で見て学ぶ。知識を教えるのではなく、仕事そのものを通じて技を伝承していく。「言葉で教えられないから弟子に入ってくるんや」という小川さんの言葉が印象的だった。

小川さんは「育てる」と「育つ」は違うと言う。自分で自分を育てる。その環境と機会を与えるのが人育てだ、と。弟子たちは共同生活をしながら、寝ても覚めてもそのことしか考えない時期を過ごす。そうやって技が身体に染み込んでいく。

プログラミングと宮大工の仕事は、一見まるで違う。しかし、技芸を身につける構造は同じだと感じた。「上司と部下」ではなく「親方と弟子」。その言葉の方が、私たちがやりたいことにしっくりきた。

実際、呼び方を変えただけで関係性が変わった。もともとは「マネージャー」と呼んでいたが、どこまで強くフィードバックしていいのか迷いがあったし、部下の側もどんな心構えでいればいいのかわからなかった。「親方と弟子」にしたことで、弟子は「まず学ぶ」つもりになったし、親方も「まず育てる」つもりで向き合えるようになった。名前が、期待と認識を揃えたのだ。

再発明した徒弟制度

ただし、従来の徒弟制度をそのまま取り入れたわけではない。従来の徒弟制度には問題があった。親方に責任も権力もすべてが渡され、育て方もわからないまま弟子が潰れていく。それが、伝統的な徒弟制度が敬遠されるようになった原因の一つである。

私たちが導入したのは、現代に合わせて再発明した徒弟制度だ。従来との違いをいくつか挙げてみたい。

「背中を見て学べ」とは言わない。教えるべきことは教える。放置はしない。ただし、最初から自分なりのやり方を求めるのではなく、まずは親方と同じやり方を身につけてもらう。一つの流派として教えられる型があるからこそ、徒弟制度が成り立つ。

親方に最も求められるのは「見る」ことだ。弟子が実践したものを見て、フィードバックする。口を出しすぎると親方のアウトプットになってしまう。口を出さずに見ることで、弟子のボトルネックが発見できる。この「見る」が、親方の核心的な仕事である。

仕事に通じない雑用はない。私たちはソフトウェアの会社だから、デジタルでできる雑用はすべて自動化されているか、必要であれば自動化すること自体が仕事になる。下働きで修行するような構造ではない。

そして、親方ひとりに責任を負わせない。親方が弟子を育てられるように、会社全体で支援する。私自身が親方たちの棟梁のように寄り添い、一緒に悩む。従来の徒弟制度の失敗を繰り返さないための、最も大切な設計だと考えている。

セルフマネジメントへの道

前回の記事で描いたのは、セルフマネジメントできる人たちが自由に働く世界だった。弟子たちの現実は違う。親方の近くに引っ越す。毎日オフィスに通う。仕事の進め方を見てもらう。自由とは言い難い環境である。

しかし、それはセルフマネジメントの思想を捨てたのではない。

セルフマネジメントできる人たちで組織をつくると、誰かが個々人をマネジメントする必要がない。しかし、セルフマネジメントがまだ足りない人もいる。足りていない部分を誰かが補ってあげることで、パフォーマンスが出る。一般的な会社では、それがマネージャーの役割だ。ソニックガーデンでは、それが親方の役割である。

マネージャーと親方の違いは、目的にある。マネージャーは管理して成果を出させることが目的だ。親方はセルフマネジメントできるように育てることが目的である。だから、親方の仕事は、自分の役割をなくすことだとも言える。弟子がセルフマネジメントできるようになれば、前回描いた自由な世界に合流する。

弟子にとっての不自由は、永遠ではない。「いつかセルフマネジメントできるようになって、自由を得る」ためのプロセスなのだ。前回の記事で描いた世界は、ゴールとして存在し続けている。

親方ハウスというプロセスを見るための場

技芸の育成にはプロセスを見ることが不可欠だと書いた。しかし、ソニックガーデンにはオフィスがない。全員がリモートワークで働いている。オンラインミーティングはできるが、その前後の様子まではわからない。

そこで、一度オフィスをなくした会社が、今度は育成のために改めてオフィスを用意した。ただし本社ではない。親方が住んでいる家の近くにオフィスを構えた。これを私たちは「親方ハウス」と呼んでいる。

なぜ親方の家の近くなのか。親方たちはもともとリモートワークで在宅勤務をしていた。親方になったからといって、公共交通機関を使った通勤が発生するのは、私たちの思想にはあわない。だから親方が会社に通うのではなく、弟子が親方のもとに引っ越す形にした。親方は自宅から徒歩圏内のところにオフィスを構える。沖縄から愛知県瀬戸市に移住してきた弟子もいる。

同じ時間と空間にいることの効果は大きい。軽い雑談がしやすい。親方と弟子の会話を、別の弟子が自然と耳にする。弟子同士が同じ場所にいることで、親方との関係だけに閉じない。一緒にランチを取ることで信頼関係が築かれる。定量的な効果を示すことは難しいが、実感として大きい。

では、弟子はいつまで親方ハウスに通うのか。セルフマネジメントができるようになれば、リモートワークに移行できる。リモートへの移行時期は画一的なルールではなく、親方が見極める。ただし、物理的な近さを卒業しても、師弟の関係そのものは続く。弟子が四十歳になっても五十歳になっても、自分の師匠は誰か、自分の弟子は誰かという関係は連綿と続いていくものだと考えている。

なぜジュニアを育てるのか

ここまで読んで、「なぜわざわざ未経験の若い人を育てるのか」と疑問に思う人もいるだろう。経済合理性だけで考えれば、未経験者を一人前に育てるには五年から六年かかる。即戦力を採用した方が、はるかに効率がいい。

実際、多くの会社はそう判断している。特にAI時代に入り、コーディングがAIで代替できるようになると、ジュニアの育成に投資する経済合理性はさらに低下する。

私たちも、創業から十年ほどは中途採用だけで会社を運営してきた。しかし、社員が辞めずに腕を磨き続ける会社なので、社内の水準がどんどん上がっていく。すると中途採用で求める基準も一緒に上がり、市場で採れる人が少なくなっていった。

振り返ってみれば、他社が時間とコストをかけて育てた人たちを、私たちが採用してきたということでもある。育成のコストを自分たちでは負担してこなかった。業界全体を見ても、実践経験を積める場は圧倒的に不足している。

であれば、今度は自分たちでしっかりお金をかけて人を育てるべきではないか。それが若い人を採用しようと考えた最初のきっかけだった。

しかし、理由はそれだけではない。

技芸の伝承がなければ、コミュニティは一代で終わる。今いるメンバーだけで回し続けることはできても、技芸を次の世代に伝えなければ、文化は途絶えてしまう。技芸を伝え、文化を育てることは、コミュニティとしての社会的な使命だと考えている。

そして、実際に育成を始めてみると、思わぬ副産物があった。若い人がいることで組織は不安定になる。不安定になるということは、制度や仕組みをしっかり考え直す機会が増えるということだ。それが組織を強くする。

そして何より、弟子を育てるという一筋縄ではいかない仕事に日々向き合うことで、親方たち自身が人間的にも技術者としても成長していく。育成は、コストではなく投資だった。

経済合理性だけでは説明しきれない。しかし、経営者として人生の後半に差しかかり、「得るより、与える」ことに意味を感じるようになった。「いいソフトウェアをつくる」という理念に基づけば、次の世代を育てることは自然な選択だった。

次の記事では、徒弟制度の中で具体的にどう育てているのか。全体と部分の育て方、親方たちが実践の中で得た学び、そしてうまくいかないケースも含めて書いてみたい。

参考記事

アイコン

倉貫 義人

「納品のない受託開発」を提供する株式会社ソニックガーデンの創業者で代表取締役。アジャイル開発は原点。経営理念は「いいソフトウェアをつくる。」「一緒に悩んで、いいものつくる。」「いいコードと、生きていく」著書「ザッソウ」「人が増えても速くならない」など多数。「心はプログラマ、仕事は経営者」をモットーに、ブログ書いてます。

新着記事をお知らせするメールマガジンを配信中です。今後の記事も読みたい方はぜひ登録ください。

購読する
Social Change!

仕事を技芸とする文化を広げるメディア