環境や立場を活かす戦略と自分の実力の捉え方

環境や立場を活かす戦略と自分の実力の捉え方

起業でも独立でも何かに挑戦するとき、裸一貫から自分の力だけで成し遂げる方が立派だと思われがちだ。いや確かに立派だが、もっと苦労やリスクを減らして、うまくやっても良いのではないだろうか。

今はサラリーマンでも、いずれ独立して自分の力で生きていきたいと考える人も多いだろう。そうした時の「自分の力」とは一体なんだろうか。スキルや経験だけが自分の力だと考えてはいないだろうか。

私は、さほど大きなリスクも取らず堅実にやってきたが、それなりに自分の理想とする会社と働き方が実現できている。これは本当に運良く周りに恵まれたおかげだ。ただ、恵まれた環境を活かしてきたことも大事だったように思う。

そこで本記事では、自分の実力をどう捉えるか、そして環境や立場を活かした戦い方について考察してみた。

自分を取り巻く環境さえも自分の実力のうち

私も若い頃に勘違いしていたことがある。それは、自分の能力とは、ただ自分一人で出来ることがすべてだ、という思考だ。今、そう考えている若者も多いのではないだろうか。しかし、実はそうではない。

これはとても大事なことだが、自分の本当の力とは、自分一人で出来ることだけではなく、自分を取り巻く環境も含めて自分の力だということだ。

人間が一人でできることなどたかが知れている、という言葉はよく聞くが、それは謙遜ではなく本当にそうなのだ。もし大企業の社長になって、大きな投資をすることになったとしても、それはその立場にいるから出来るからに過ぎない。もちろん、その立場を得るまでの努力も運もあったからだが、その瞬間を切り取った時に、自分一人の力で出来る訳ではない。

つまり、その環境を活かすことで実現できることなのだ。そして、その与えられた環境は人によって違う。そこまでの環境を作り上げることこそが、それぞれの人に与えられた可能性と言える。

フリーランスになったり起業をすることに比べて、企業で働くことに窮屈さを感じている人もいるだろう。しかし、その企業で働いているという環境も、自分の力だと考えれば、それは強みに変わる。フリーランスでは得られない安定した給料があるなら、それを得ながら新しいことに挑戦しても良いだろう。起業して資金調達に追われるよりも、企業内で企画を通して予算を得た方が楽かもしれない。

私が社内ベンチャーから起業できたことはラッキーだったと思うが、社内ベンチャーを始めるまで、その会社で10年以上も働いてきたし、社内でそれなりの信頼を得てきたから出来たことだ。逆に言えば、せっかく大企業にいて立場があったのだから、活かさなければ勿体ない。それだけのことだ。

それまで培った経験はもちろん自分の実力だが、それだけでなく、それまでに出会った人たちとの関係、今いる自分をとりまく環境、そこに至るまでの努力、そのすべてが自分の実力なのだ。それこそが本当のキャリアなのだ。

環境は1日にして成らず。勝負は始まる前に決まっている

私たちの会社では、お問い合わせを頂くところから仕事は始まる。自分たちから営業をすることはなく、100%お問い合わせと紹介だ。意識していないが、一般的にはインバウンドマーケティングと呼ばれる手法だろう。この会社を始めた時からずっと今のスタイルでやってきた。

どうすれば、そんなことが出来るのか、最初からそうだったのかと、よく聞かれるが、特別なノウハウなどなくて、地道に自分たちのことを知ってもらう活動を続けてきただけだ。さほど資本力もない小さな会社で出来ることは、自分たちが取り組んでいることを、世の役に立てばと公開していくこと位だろう。

「納品のない受託開発」という事業を始めたときも情報発信を続けてきた。ただ、その事業のために、いきなり情報発信を始めた訳ではない。

もともと私は、アジャイル開発を日本に広める活動をずっとしてきた。そのためにブログを書き、本を出して、講演なども積極的にやってきた。アジャイル開発の普及活動を10年以上も地道に続けてきたおかげで、私のことも多くの人に知ってもらうことができた。そうした下地があって、私が新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」を始める時には、それなりに注目をしてもらうことができた。

何も、いきなり注目を集めた訳ではないのだ。それまで下積みのような期間があったわけだ。そう言うとがっかりされるが、魔法のような一発逆転の秘訣などないのだ。

人材についても同じだ。優秀な人材を一体どうやって集めてきたのか?という質問。確かに、今でこそ良い人材がいるから、また良い人材が集まってくるという好循環になっているが、最初はどうだったのか。最初から優秀なベテランが集まってできた会社ではない。

社内ベンチャーからMBOする際に、一緒に独立して取締役になってくれた全員が、実は前職時代で彼らが新入社員のときからの私の部下たちだった。彼らにしてみると最初の上司が私だった訳だ。しかも大企業だったから、私が採用したわけではなく、彼らの希望でもなく、ただ人事部が決めた配属だった。

もちろん、その巡り合わせはラッキーだったが、そうは言っても新入社員である。そこから考え方やカルチャー、仕事の取り組み方に技術など、しっかり育てたからこそ、一緒に独立する際には、本当に頼りになる仲間になっていた。5年も10年もかけて育てたから、頼れる仲間になったのだ。

これもマーケティングと同じで、即効性のある話ではない。じっくりと時間をかけてきたから実現した仲間なのだ。真似してすぐに出来るようなことではないから、聞いた人はがっかりするが仕方ない。

ラッキーだったこともあるにせよ、実際に起業をする前に、それだけの時間と労力をかけてきたからこそ、恵まれた環境で始めることができた。そこまで培った環境も自分の力だと思って、せっかくの環境を活かした戦略を立てたという訳だ。

独立に焦る私がもらった助言「有名になれ、仲間を作れ」

そんな私も、社会人2年目くらいの頃、プログラマとして腕に自信を持っていた。今にして思えば、さほど大したことはなかったが、自分の力を過信してしまう程度には若かった。そんな勘違いをしていたので、ここはひとつ会社を辞めて、フリーランスとして独立しようと考えたことがある。

SIerにいてはプログラマとしては評価されにくいし、フリーランスの方が稼げそうに思えたし、自分の力を試したいという気持ちもあった。そこで、当時その会社の専務で採用の時から、とてもお世話になった方がいて、相談をしたことがある。

「辞めても良いが、今のまま独立して辞めるのは勿体無いぞ」と、その方は言った。

辞めても今すぐに仕事はないだろう。そうすると、この会社の下請けの仕事をするしかない。それで始めると、ずっと下請けの仕事になるし、それしか出来なくなってしまう。発注側になる同期たちは出世しても、自分の立場は変えることはできない。それに一人で始めると、ずっと一人だ。そんなようなことを言ってもらった。

そして、私は妙に納得してしまった。では一体、自分はどうすれば良いんだろうか。

今のままでは嫌で、何かを変えたいという思いはあるが、どうすれば良いかわからない。もっとプログラマとして腕を磨くためにも、早く独立をしたいという焦りもあった。その方は、そんな私に2つのアドバイスをくれた。

1つは「有名になりなさい」と。下請けをしないためには、自分の名前で仕事を取ってこれる位に有名になれば良い。今は何者かも知らない、ただの若者で、そんな人に誰も仕事は頼まない。だけど、向こうから仕事を頼んでくるようになれば、自分で仕事を選ぶことだってできるようになるはずだ。

そして、もう1つが「仲間を作りなさい」。一人きりの仕事はつまらないし、何かあったらそれでおしまいだ。一緒に働いてくれる仲間、信頼できる仲間を作ると良い。仲間を作ってから一緒に独立すれば良いんだ。この2つができたら、独立してもやっていけるんじゃないか。

有名になること、仲間を作ること。それが私の行動指針の一つになった。そのために会社を辞める必要はない。むしろ会社というフィールドを活かすことで、それらは達成しやすくなると考えた。アジャイル開発を大企業で取り組むことは、むしろ珍しいので注目を集めるには良い立場だということもあるし、自分の考え方やカルチャーを伝えるにはまっさらな新入社員から教育する方が良くて、それができる立場にもあるということもあった。

つまり、その大企業で働いていた環境を活かして、次のステップに至るための環境を作ることにしたのだ。それからは、ただひたすらにプログラマとしてだけ過ごすのではなく、対外的な活動を続け、若者を育てることにも取り組んできた。

そうして、社内ベンチャーから独立するチャンスが巡ってきた時には、それなりの知名度と信頼できる仲間、つまり自分にとって活かせる環境が整っていた。

何か新しいことに挑戦する時に、リセットボタンを押すように何もかも捨てて始める方がスッキリして頑張れそうに思えるけれど、環境という自分の力で活かせるものがあるなら、活かした方が合理的だと私は考えている。環境に頼り、環境を活かすことは、恥じることではない。

それまでの過去の積み重ねが今であり、未来から見て過去である今を、どう積み重ねていくのか考えること、それが戦略となる。そして、いずれ過去になる今を、一生懸命に生きることも、未来への投資になるに違いない。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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