「コードを書く人」は消えても、「ソフトウェアを作る人」は生き残る。

コードを書く人は不要になっても、ソフトウェアを作る人はなくならない。かつてクラウドの登場でインフラとアプリの境界が溶けたように、AIは今、エンジニアの境界線を再び広げようとしている。

これから先、変化する部分と変化しない部分はどこにあるのか。

15年前、私が起業するタイミングでちょうどAWSが日本に上陸した。当時のクラウド革命は、インフラエンジニアの存亡が語られるほどの衝撃であった。しかし、実際に起きたのは「インフラエンジニアがアプリケーション開発も担う」という変化。

ソニックガーデンの起業当初にあったチームの境目は、クラウドによって消滅。インフラ担当のメンバーが自ら開発まで担う決断をしたことで、役割の壁は崩れてチームは大きく変わった。そのおかげで少ない人数で、今まで以上に大きなソフトウェアを作れるようになった。

けれど、変わらなかったのは「ソフトウェアを作る」という本質だった。顧客やユーザーがやりたいことを実現し、価値を形にする。その本質だけは、今も昔も変わっていない。

昨今のAIの登場も、これと同じ構図だと思う。単にコードを打つだけの役割は不要になるだろう。しかし、設計し、対話し、持続的に発展できるプロダクト全体を構築する「ソフトウェアを作る」その本質は変わらない。

なんだったら、作る過程が効率化されるのであれば、新技術は恩恵そのもの。提供すべき「価値」さえ明確であれば、変化を恐れる必要はないのではないか。

そして「ソフトウェアを作る人」をエンジニアと定義するなら、その役割が消えることはないだろう。

むしろ、ソフトウェアが事業の根幹を支える比重は高まり続けており、企業の規模や業態に限らず、どんな会社であってもソフトウェアが必要になってくる。需要は増すばかりだろう。

AIがすべてを解決するという極端な論調もあるが、現実はそう単純ではない。

スタートアップの初期段階ならAIだけで形にできるかもしれないが、事業が成長し、複雑性が増せば、経営者がすべてをこなすのは不可能だ。そもそも、事業が成長すれば経営者の仕事は増えるばかりで、そんな忙しい中で開発まではできない。

私はクラシコムの取締役CTOをしているけれど、AIがあるので社長や取締役が100億の企業のシステムの開発全部やれますか、というと、それは無理な話。経営者はあくまで「頼む立場」。AIを使いこなし、生産性を高めて事業を支えるのは、やはり「ソフトウェアを作る人」だろう。

そんなことすらAIで解決できる時代がくるかかも、なんてことを言い出せば、どんな大企業も社長一人でよくなる。いや、もはや投資家だけが必要で、社長すら要らないかもしれない・・・そんな風に「AIで未来はこうなる」と予測したがるけれど、予測など当たるとは思えない。

私たちがすべきは、当たらない未来予測に一喜一憂することではないはずだ。

10年、20年前の今を正確に予測できた者などおらず、予測をゴールに据えて突き進むのは、いわば「ウォーターフォール」な生き方と言える。しかし、人生には「リリースして終わり」のゴールはない。

未来が予測不能である以上、一つの未来に賭けるのはリスクでしかない。重要なのは、今この瞬間にできることを学び続け、変化に適応し続けること。

新しい機能やツールが出たら、すぐ試してみる。試せばまた何かがわかる。昨日までやっていたことが無駄になるかもしれないけれど、一歩は進んでいる。

こうした小さな変化の積み重ねこそが、どんな未来が来てもその瞬間ごとに適応できる力となるだろう。

遠くを見てジャンプするのではなく、足元から一歩ずつ。これは、開発手法としての「アジャイル」と同じ考え方。プロジェクトも、プロダクトも、そして個人の生き方も。アジャイルに変化を取り入れていくことこそが、結果として変化に強い状態を作るんじゃないかな。

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倉貫 義人

「納品のない受託開発」を提供する株式会社ソニックガーデンの創業者で代表取締役。アジャイル開発は原点。経営理念は「いいソフトウェアをつくる。」「一緒に悩んで、いいものつくる。」「いいコードと、生きていく」著書「ザッソウ」「人が増えても速くならない」など多数。「心はプログラマ、仕事は経営者」をモットーに、ブログ書いてます。

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