投資としての「抽出」から、耕作としての「注入」へ〜2026年の年頭所感の代わりとして
倉貫 義人
2026年、あけましておめでとうございます。
新年を迎え、改めてソニックガーデンの歩みを振り返ってみると、ある共通点に気づきます。ハッカソンやビジョン合宿、ハッケーションなど、これらはすべて、経済的な合理性(ROI)だけで測ろうとすると、説明がつかない活動ばかりだということです。
2025年は、さらに一般社団法人での中学生向けのプログラミング部の立ち上げまで取り組んできました。これもまた、短期的な利益とは無縁の活動です。
これまで私たちは、こうした活動を「未来への投資」と呼んできました。しかし、どこかで「投資」という言葉の持つ「回収しなければならない」というニュアンスに、小さな違和感を抱えていたのも事実です。
そこで2026年の年頭所感の代わりとして、「投資」という見方から一歩進めて、「耕作(Cultivation)」という言葉を大切にしながら、社員、お客さま、パートナーの皆様と共に歩んでいきたいと考えています。私たちが社会に届ける価値の源泉はどこにあるのか。大切にしたい「土壌」の話をさせてください。
文化・関係・経済の階層
今、改めて私たちが大切にしている「三つの資本」の階層について考えています。
私たちソニックガーデンでは、組織が持つ財産を考える際に三つの資本の階層で捉えています。 最上位に「文化資本」があり、その次に人との繋がりである「関係資本」、そして最後に「経済資本」がくるという順序です。
一般的には「経済」がピラミッドの頂点に置かれ、利益を出すための手段として関係や文化が語られがちです。しかし、私たちはその逆です。まず自分たちが信じる「文化」に注力する。すると豊かな「関係」が築かれ、その結果として「経済」が循環し始める。この順番を何より大切にしています。
ここでいう「関係資本」は、社内のメンバー同士だけを指すものではありません。私たちの考え方に共感してくださるお客さまや、共に歩んでくれるパートナーの方々との間に築かれる「信頼」こそが、何よりの大切な資本です。
しかし、この最上位にある「文化資本」を積み上げていく活動を語る際、どうしても拭いきれない違和感がありました。それが「投資」という言葉です。
「投資」という言葉に潜む「抽出」の論理
「この活動は未来への投資だ」 ビジネスの世界ではよく使われるフレーズです。しかし、「投資(Investment)」という言葉には、どうしても逃れられない二つのニュアンスがつきまといます。
- 回収(ROI)が前提であること: 投じたものに対して、いつ、いくら戻ってくるかを計算する。
- 対象を管理しようとすること: 効率よくリターンを得るために、対象をコントロール下に置く。
文化資本を積み上げようとするとき、この「回収を急ぐ」「管理する」という姿勢は、むしろ文化を痩せさせてしまうのではないか。そう考えて、AIとの対話を通じてしっくりきたのが「耕作(Cultivation)」という言葉でした。
投資(Investment)と 耕作(Cultivation)
「Culture(文化)」の語源は、ラテン語で「耕す」を意味する言葉です。文化とは設計されるものではなく、土壌を耕し続けた結果として「醸成されるもの」です。この二つには、決定的な姿勢の違いがあります。
- 投資は「抽出」: 畑から何を引き出せるか(収穫量)を計算する。「リターン(収穫)」を目的とする。
- 耕作は「注入」: 土壌に何を与えられるか(豊かさ)に注力する。「コンディション(土壌)」を目的とする。
「投資」と考えると「早く芽を出せ」と焦りますが、「耕作」と考えれば、今は土を肥やし、環境を整える時期だと割り切れます。良い土壌さえあれば、花(成果)は無理に引っ張らなくても、自ずと咲くはずです。
経済合理性では説明がつかない活動の正体
ソニックガーデンでは、創業以来、一見すると経済合理性(ROI)では説明がつかない活動を数多く続けてきました。
- 毎月のハッカソン
- 半年ごとのビジョン合宿
- 一ヶ月間のハッケーション月間
- 毎月のオンライン全体会
これらを「経済資本を増やすための投資」として説明しようとすると、途端に苦しくなります。「ハッカソンをやったから、翌月の売上がいくら増えるのか?」という問いに、経済的な解を出すことはできません。
しかし、これらを「私たちの文化資本への耕作である」と捉えれば、すべてに明快な説明がつきます。
これらの活動は、土に酸素を入れ、栄養を注ぎ、微生物を活性化させる行為そのものです。ふかふかの豊かな土壌(文化資本)さえ維持できていれば、そこから生まれるプロジェクトや成果は、私たちが無理に管理しなくても、自律的に、かつ力強く育っていくのです。
人材育成もまた「耕作」である
この考え方は、人材育成にも当てはまります。 人を「人的資本」と呼び、教育コストを「投資」して生産性を引き出す。それでは人は「資源(リソース)」になってしまいます。
私たちがしたいのは、人が育つ「場」をつくることです。 人は本来、自ら育とうとする生命力を持っています。会社がすべきなのは、その成長を管理することではなく、良質な情報や挑戦の機会という「栄養」を与え、「勝手に育つ土壌」を維持すること。
しっかりと土壌を耕作した結果として、人が育つことになると嬉しいけれど、いずれ刈り取るために育てているわけではないのです。だから、人が増えた・減ったということで一喜一憂してはいられません。うまく育たないなら、育つような土壌に耕作していくしかありません。
耕作の目的は、単に目の前の作物を育てることだけではありません。作物が育つプロセスを通じて、土壌そのものをより豊かにし、次なる命が芽吹きやすい環境を未来へ繋いでいくこと。一人が育つことで組織という土が肥え、また次の人が育つ。この「循環」こそが、人を育むという営みの本質なのだと気付きました。
競争のためではなく、文化を広げるために
ここで私たちが重要だと考えているのは、この「耕作」は単に自社の「組織風土」を良くするためだけのものではない、ということです。
もし「他社に勝つための競争力」として文化を捉えてしまうと、それは結局「経済のために文化を利用する」という元の発想に逆戻りしてしまいます。そうではなく、自分たちが「良い」と信じる振る舞いや知恵を体現し、それを社会に向けて発信していくこと自体に価値を置いています。
私たちが社会に対して文化を発信することも、お客さまやパートナーの皆様と良い関係を結ぶことも、広い意味での「耕作」です。社会という大きな庭の土壌を耕し、自分たちが信じる文化を広げていく。その結果として、多くの人と良い関係が結ばれ、経済が回っていくのだと考えています。
文化という土壌から、本質的な価値を生み出す
「投資」はリターンという結果を求めますが、「耕作」はプロセスそのものに価値を置きます。 良い土作りには時間がかかります。土が肥えるのを急かすことはできません。この考え方はまさしく、結果よりも過程に重きを置く「仕事技芸論」に通じます。
私たちの文化の軸にあるものは「仕事を技芸とする文化」であり「遊ぶように働く文化」です。
経営者としての私の役割は、目先の利益という「花」を無理に引っ張り上げることではありません。一人ひとりが伸び伸びと自らの技芸を磨き、主体的に挑戦できる「文化」という名の土壌を、丁寧に、じっくりと耕し続けることです。
それは、お客さまやパートナーの皆さまとも良い仕事をして、良い成果に繋がるように一生懸命に努力していくこと、その様子さえも社内か社外かどうかの垣根を超えて、一体となって楽しそうに取り組んでいけるような土壌を耕していくことでもあります。
単に「依頼されたものを作る」という関係を超えて、プロジェクトを進めるプロセスそのものを、お客さまやパートナーの皆様と一緒に楽しみ、共創していく。そんな風に、みんなで「仕事という技芸」を楽しみながら、より大きな価値を社会へ届けていきたいのです。
豊かな土壌さえあれば、素晴らしい成果は後から自然についてくる。 そう信じて、2026年は目先の収穫に一喜一憂せず、私自身も楽しみながら「耕作」を続けていきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。