「頭がいい」だけでは、仕事はできない〜IQ・EQを成果に変える「SQ」という出口

「頭がいい」だけでは、仕事はできない〜IQ・EQを成果に変える「SQ」という出口

「頭がいい」ことと、「仕事ができる」ことは、別のもの。

的確な分析も、筋の通った正論も、それだけでは人は動きません。頭の中にある正しさは、人を通って外に出てはじめて、成果に変わります。

頭の良さとは別の何かが、仕事の成果を分けている。その差は、どこから来るのか。

「頭がいい」は、知性の一部でしかない

「頭がいい」と言うとき、たいてい思い浮かべるのは一種類の能力です。論理的に考え、難しいことを理解する、いわゆるIQ(Intelligence Quotient、知能指数)の高さ。大事な力ですが、知性の一部でしかありません。

もう一つ、よく知られた知性にEQ(Emotional Intelligence Quotient、心の知能指数)があります。自分の感情を扱い、相手に共感する力です。ただ、IQもEQも、自分の内側で完結している。正しく考えられること、相手を思いやれること。どちらも大切ですが、そのままでは、まだ外には出ていません。

IQもEQも、SQを通らないと成果にならない

その内側の知性が外に出て成果になる、その出口がSQ(Social Intelligence Quotient、社会的知能指数)です。他者を認識し、組織の力学を読み、人と協働する力。いわば、内面の知性を人に向けて差し出すインタフェース。特に現代において、成果を直接左右しているのは、このSQではないでしょうか。

IQは内面のエンジンのようなものです。性能が高くても、エンジンだけでは車は進まない。タイヤに繋がってはじめて前に出る。EQも、それだけでは足りません。共感できるだけでは「いい人だね」で止まってしまう。気持ちを汲めることと、人を動かせることは、別のことです。

IQの論理も、EQの共感も、SQというインタフェースを通って、はじめて成果に変わります。誰に、いつ、どの順番で話すか。そもそも、どんな場面でも通じる唯一の正解などありません。同じ中身でも、相手や状況によって効くやり方は変わります。

正論が通らないのは、偶然ではありません。仕事の問題の多くが「技術的な問題」ではなく「適応課題」だからです。技術的な問題は正しい知識で片づくけれど、適応課題は、関わる人の考えや関係が変わらないと動かない。IQで片づくのは前者まで。後者に効くのがSQです。

SQを駆動するのは「理性」ではないか

では、SQは別の新しい知能なのか。そうではなく、SQを動かしているのは「理性」ではないか、と考えています。

理性とは、論理だけを押し通さず、感情だけにも流されず、相手と目的に応じてどちらをどう使うかを見極める力です。IQが「何が正しいか」を、EQが「相手がどう感じているか」を教える。それをどう混ぜるか判断するのが理性です。つまり、論理と感情のどちらも使いこなし、場面に合わせてバランスをとる。その働きが、SQの高さに繋がります。

これは仮説ですが、IQが高くてEQが多少弱くても、理性が効いていればSQは成り立つように思います。共感が得意でなくても、「ここは論理で押さないほうがいい」と判断できれば、人は動かせることもあるかもしれない。

SQは、後天的に鍛えられる

偉そうに書いていますが、私がSQの大切さに気づいたのは、ずいぶん経ってからでした。

20代の私は、典型的な「正論モンスター」でした。正しいことを言っているのだから動いて当然だと思い、相手のメンツを潰していることにも気づかない。IQだけで仕事をして、インタフェースがひどい状態だったのです。

転機は、立場の違う人たちと組む仕事を任されたとき。読んだ『ピープルウェア』の一文が刺さりました。「われわれの抱える主要な問題は、そもそも技術的ではなく社会学的なものである」。技術の問題だと思っていたものが、人と人の問題だった。

そこから、やり方を少しずつ変えました。たとえば「提案」をやめて「相談」にする。「こうすべきだ」ではなく「困っているので一緒に考えてほしい」と。中身は同じなのに、入り口を変えただけで、身構えていた相手が味方になる。

正論を捨てたわけではありません。届け方を覚えただけ。IQの答えを、理性を駆使して適切に出力する。それだけで、同じ自分のまま仕事の進み方が変わりました。SQは生まれ持った才能ではなく、後天的に鍛えることができる。このあたりは以前、正論だけでは届かないにも書きました。

知性は、身体を土台にした五つの層でできている

IQ、EQ、SQは、内から外への階層になっています。その内側と外側には何があるのか。AIと考えを行き来させながら整理してみたのが、次の五層です。完全な自説ではなく半ば言葉遊びですが、知性を眺める補助線にはなります。

知性の5層モデル。中心の身体(PQ)から、内面(IQ・EQ)、社会(SQ)、時間(TQ)、実存(XQ)へと外へ広がる同心円

中心は身体、PQ(Physical Quotient、身体的知能)。問いは「どう生きるか」。いつの時代も、人の土台は身体にあります。心身が健やかでなければ、どんな知性も発揮できない。一番地味で忘れられやすい層ですが、すべての土台です。

その外が、内面のIQとEQ。さらに外が、他者と関わるSQ。

SQのさらに外にも、層は続きます。一つはTQ(Time Quotient、時間の知能)。「いつ動くか」、時流やタイミングを読む力です。SQが目の前の「空間」を相手にするなら、TQは「時間」を味方につける力。そして一番外がXQ(Existential Quotient、実存的知能)。「なぜやるか」、利害を超えて意味や大義を問う力です。

この五つのうち、土台として欠かせないのがPQ、成果を直接分けるのが出口のSQだと考えています。

IQが底上げされる時代に、差がつくもの

SQが大事なのは、今に始まった話ではありません。昔から、知性を成果に変えてきたのはSQでした。ただ、AIの時代になって、その重みはいっそう増しています。

AIは、IQを増幅する道具です。分析も整理も調べものも、IQ寄りの作業の多くを引き受ける。誰もが、これまでより速く深く考えられるようになりました。とはいえ、IQが要らなくなるわけではない。何を問い、出てきた答えをどう見極めるかは、こちらの頭次第です。けれど、誰もがIQを底上げできるようになれば、差がつくのはその先になります。

以前、「頭がいい」が武器にならなくなる時代で、腕力が相対化されたように知力も相対化されていく、と書きました。それが現実になりつつあります。では、何が残るのか。昔から変わらず、人を相手に成果へ変えてきた力、SQです。正しい答えはAIが出してくれても、それを誰にどう届け、人をどう動かすかは、人間に残り続けます。

頭がいいだけでは、武器にならない。AIと働くほど、その実感は強くなっています。

* * *

人を動かすことには、古くからの定番があります。デール・カーネギーの『人を動かす』。1936年の本がいまも読み継がれているのは、SQが時代を問わず仕事の核心にあり続けてきた証でしょう。

倉貫 義人
倉貫 義人
ソニックガーデン 創業者
クラシコム 取締役CTO

「納品のない受託開発」の実践者。著書多数。心はプログラマ、仕事は経営者。

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