「労働」から「技芸」へ 〜 久々の新刊『仕事技芸論』を9月に出します
「一番伝えたいことは何ですか」
新しい本をつくるにあたって、出版社の方からそう問われたことがあります。しばらく考えて出てきた答えは、とてもシンプルなものでした。
いい仕事をしたい。そして、いい仕事をすれば、仕事はおもしろい。
これが、私の本心です。
ここ数年、「仕事は必要悪だ」「なるべく減らすべきだ」という空気が強くなってきました。たしかに、消耗するだけの仕事もあります。それでも、仕事そのものを減らすしかないものとして扱うことには、どこか違和感がありました。
仕事には、おもしろい仕事もあります。人生の時間の多くを費やす活動が、ただ耐えるだけの時間になってしまうのは、もったいない。そう思うのです。
では、仕事がおもしろいとは、どういうことなのでしょうか。
「労働」ではなく、「技芸」として働く
私が行き着いた答えは、仕事を「労働」ではなく「技芸」として捉え直す、ということでした。
技芸とは、「技」と「芸」のあいだにあるものです。再現性を重んじる「技術」と、感性や自由を求める「芸術」の中間に位置する。型を磨きながら、少しずつ自分の表現へと育てていく営みです。
19世紀末のイギリスに、ウィリアム・モリスたちが起こした「アーツ・アンド・クラフツ運動」がありました。産業革命によって人が機械の部品のように扱われはじめた時代に、手仕事の喜びと美しさを取り戻そうとした運動です。
本書で書いた「仕事技芸論」は、その現代版のつもりで書きました。情報革命とAIの時代に、働く私たちが、ただの労働力として消費されるのではなく、技芸を磨く存在として生きていく。そのための提案です。
これまで書いてきたことの、底にある一本
私はこれまで、いくつもの実践を本にしてきました。「納品のない受託開発」、リモートワーク、セルフマネジメントで動く組織、そして「ザッソウ」。
それぞれ、別々の話題に見えるかもしれません。けれども、書いている本人からすると、底に流れているものはずっと一つでした。それが「仕事を技芸とする」という考え方です。
私たちはこの理想を、長いあいだ「遊ぶように働く」と呼んできました。仕事に没頭している姿が、傍から見ると遊んでいるように映る、という意味です。今回は、より仕事の側に重心を戻して、「技芸」という言葉を選びました。指しているものは、同じです。
『仕事技芸論』は、その底にあった思想を、一冊の本として書き下ろしたものです。
これは、システム開発の本ではありません
本のタイトルは『自分と社会をいい感じにする 仕事技芸論』。ミシマ社から、2026年9月18日に発売します。

装丁の地になっているのは、このブログのソースコードです。カテゴリの一覧に「仕事技芸論」が並んでいます。そこに、使い込まれた裁ちばさみが重なる。この本に書いたことは、このブログで書いてきたことでした。それが、そのまま一枚の絵になっています。
全部で五つの章があります。なぜ「技芸」なのか。「技芸」とは何か。「技芸」の磨き方。会社で「技芸」を磨くための仕組み。そして、AI時代に、それでも私たちが働く理由。
本の中では、ソフトウェア開発の話をたくさん例に出しています。私の本業がソフトウェアの会社の経営で、いちばん具体的に語れる領域だからです。
ただ、これはシステム開発の専門書ではありません。書いていることの本質は、考えて手を動かすあらゆる仕事に通じます。営業でも、教育でも、企画でも、医療でも。再現性のない、創造的な仕事に関わる人に向けて書きました。
予約が始まっています
発売は9月ですが、『自分と社会をいい感じにする 仕事技芸論』(ミシマ社)の予約はもう始まっています。
単行本のソフトカバーで、224ページ。定価は2,420円(税込)です。
そして、この本に書いた考えのもとになった文章は、実はこのブログでずっと書いてきたものです。連載「仕事技芸論」として、少しずつ公開してきました。本になる前の原型は、いまもここで読むことができます。
ただ、本は原型のままではありません。ミシマ社の編集の手が入って、見違えるほど面白くなりました。同じことを書いているはずなのに、順番が変わり、言葉が磨かれ、読み物として別のものになっています。自分で書いた文章を、一人の読者として面白く読んでしまうほどでした。編集という仕事もまた、ひとつの技芸なのだと思います。
いい仕事は、それ自体がおもしろい。仕事が技芸になったとき、働くことと遊ぶことの境目はなくなります。そのことを、一冊の本にしました。