「エフェクチュエーション」という起業〜成功を追わず、ありたい姿を続ける

「エフェクチュエーション」という起業〜成功を追わず、ありたい姿を続ける

「成功したら、幸せになれる」。そう信じて走っている人は、多いのではないでしょうか。事業がうまくいったら、目標を達成したら、そのときようやく報われる。裏を返せば、成功するまでは幸せではない、ということになります。

でも、その順番は本当に正しいのでしょうか。

先日、岡山県津山市の起業家コミュニティに招かれて、「成功を追わない起業と経営」というテーマで話をしてきました。起業の場で「成功を追わない」とは、挑発的に聞こえるかもしれません。でも、これは私が15年、会社を経営してきて、振り返った先にある実感です。

「成功を追わない起業」は、矛盾ではない

いま、私はソニックガーデンという会社を、16期目まで続けてきました。社員は70人ほど、売上は11億円ほど。あわせて、上場企業の取締役CTOも務めています。こうして並べると、それなりに成功しているように見えるかもしれません。でも、成功を目指してここまで来たかというと、そうではありませんでした。

起業というと、大きな志を掲げ、退路を断ち、未来から逆算して一発を狙う。そういうイメージがあります。周りにいる起業家も、裸一貫で、銀行から融資を受けて、仲間もいないところから立ち上げた、という人が多い。まぶしく見えます。

私は、そうではありませんでした。始まりは、社内ベンチャーで一緒にやってきた仲間を、会社の都合で失いたくない、というだけのものでした。壮大なゴールから逆算したわけではない。いまあるものを受け入れて、目の前のことに手を打ち続けてきた。そうしていたら、いつの間にか15年が経っていました。

だから「成功を追わない」というのは、努力しないとか、投げやりだ、という話ではありません。追いかけるゴールを先に決めて、それだけを目指す、というやり方をとらなかった。それだけのことです。

「成功したら幸せになれる」の順番を疑う

新しい事業は、1000に3つしか成功しないと言われます。もしそれが本当で、成功して初めて幸せになれるのだとしたら、残りの997は不幸になってしまう。そんな世の中には、あまり希望がないように思います。

成功を目指すこと自体は、悪くありません。ただ、成功するまでは幸せじゃない、と自分で決めてしまうと、道のりがずっと苦しくなる。ゴールに着くまで、耐え続けることになるからです。

幸せは成功しないと手に入らない、というのは、違うのではないか。成功するかしないかの前に、今すでに幸せであるかどうか。そちらのほうが、よほど大事なのではないでしょうか。

起業には「成したい」と「ありたい」の二種類がある

自分のやってきたことを振り返って、起業には二種類あるのではないか、と考えるようになりました。

一つは、「成したい起業」。大金持ちになりたい、有名になりたい、あるいは、こういう社会問題を解決したい。何かを成し遂げたいという強い目的から始めるもの。今どきの起業には、この形が多い。立派だし、社会を前に進める力になります。ただ、成し遂げるまでは「まだ足りない」と言い続けることになる。成せないうちは、どうしてもしんどい。

もう一つは、「ありたい起業」。いい状態であり続けたい、この関係を続けたい、というところから始めるもの。私は、こちらでした。5人で始めた会社で、その5人と楽しく働けている。その状態を、手放したくない。だから、続けたい。「ありたい」から始めると、ビジョンは、いつか達成して終わるゴールではなく、続けることで実現していくものになります。起業した当時から今にいたるまで、不幸だと感じたことはありませんでした。

「成したい」を否定するつもりはありません。合っている人は、それでやればいい。ただ、「ありたい」から始める起業が、あってもいいのではないか。この「ありたい姿」のまま続けていくという話は、別の記事にも書きました。

私の始まりは、仲間を守りたい、それだけだった

私がソニックガーデンを始めたのは、35歳の頃に立ち上げた社内ベンチャーがもとになっています。上場企業の中で、新しい事業をやらせてもらった。少人数の小さなチームで、喧嘩しながら、なんとか単月黒字にこぎつけたところでした。

ところが、いよいよこれからだ、という時に、会社がグループ内で次々と合併していく方針になりました。私たちの小さな事業も、鶴の一声で統合されたり、やめさせられたりしてもおかしくない。せっかくできたいいチームを、どうやったら守れるのか。考えた末に出た答えが、事業ごと買い取って独立する、というものでした。

さすがに怖かった。起業したこともない人間が、安定した上場企業の立場を捨てて出ていく。踏み切れずにいたときに、2011年の東日本大震災が起きました。人はこんなに簡単に死ぬのか、と多くの人が思った。私も思いました。数年待てばまたチャンスがある、と大人たちは言ってくれたけれど、その数年のうちに終わってしまうかもしれない。だったら、やろうと。

借金をして会社をつくり、事業と社員を買い取って、ソニックガーデンが始まりました。5人での創業です。その5人は、15年経った今も、まだ一緒に働いています。壮大なビジョンがあって起業したわけではない。目の前の仲間と、この働き方を、守りたかった。それだけでした。

ありたい姿は、変わり続けないと保てない

いい状態を続けたい、と言うと、今のままでいい、変わらなくていい、と聞こえるかもしれません。でも、実際は逆でした。ありたい姿を保つために、私たちは変わり続けてきました。

変えたくて変えたことは、ほとんどありません。たいていは、やむを得ず変えてきた。地方に住む社員が増えたので、東京の本社オフィスをなくして、みんなリモートワークにした。全員が離れて働くと管理しきれないので、管理をやめて、一人ひとりがセルフマネジメントで働くようにした。若い社員を採用し始めたら、育てる場所が要るので、徒弟制度をつくって、親方の家の近くに拠点を建てた。

一つ何かが起きるたびに、頑なに守るのではなく、現実を受け入れて、手を打つ。その繰り返しでした。オフィスをなくしたのに、地方に拠点を建てる。ちぐはぐに見えるかもしれませんが、目の前の状況に合わせていったら、そうなった。

面白いのは、これだけ変わり続けてきたのに、やりたかったことは何も変わっていない、ということです。仲間と楽しく良いソフトウェアをつくり続けたい。その一点だけは、15年前からずっと同じです。変わり続けたからこそ、変わらずにいられた。

私のやり方は、エフェクチュエーションと呼ばれていた

こういう進み方を、自分では特に意識したこともありませんでした。ただ「いいソフトウェアをつくる」ことに一生懸命だっただけです。ところが、そのやり方にはちゃんと名前がついていたと、あとから知りました。「エフェクチュエーション」という理論です。

経営学者のサラス・サラスバシーが、優れた起業家たちに共通する思考様式を研究して見つけたものだそうです。日本では、神戸大学の吉田満梨先生たちが紹介されています。

一般的な起業論は「コーゼーション」、因果論と呼ばれます。目標を決めて、そこから逆算する。夢に日付をつけて、足りないものは、お金でも人でも外から調達してくる。未来を予測して、計画通りに進める考え方です。

エフェクチュエーションは、その逆です。未来から逆算しない。まず手元にあるもので始める。動いてみて、できたことを見て、次の一手を決める。チャレンジはするけれど、一か八かはしない。失敗しても致命傷にならない、許容できる範囲で試していく。

こうした考え方に、いくつかの原則があります。手元にあるものから始める「手中の鳥」。損しても大丈夫な範囲で試す「許容可能な損失」。酸っぱいレモンしか手に入らなくても、工夫すればレモネードになるように、予期せぬ出来事さえ味方に変える「レモネード」。思ってもみなかった人と出会い、一緒に何かをつくっていく「クレイジーキルト」。そして、目的地を決めて一直線に進むのではなく、飛行機の操縦のように、風が吹けば舵を切りながら進んでいく。呼び名はいろいろですが、どれも、今あるものから始めて、変えながら進む、という同じ姿勢の現れです。

理論を知らずにやっていたことが、優れた起業家の思考様式と同じだった。しかも津山で話したとき、逆算しないやり方に共感する、今まさにそうしている、という声が何人もの人から返ってきました。名前を知らないままやっていたことが、誰かの実感と重なる。面白いものです。吉田先生たちの本は、黄色い表紙の『エフェクチュエーション』。読むと、自分のやってきたことに名前がつくようで面白いので、おすすめです。

成功を追わなくても、幸せに働き続けられる

起業に、大きな志も、退路を断つ覚悟も、綿密な逆算も、必ずしも要りません。もちろん、それが合う人は、そのやり方でいい。でも、今あるものに満足して、小さく始めて、少しずつ良くしていく。そういう起業も、経営も、あっていいはずです。

今のままでいい、という話ではありません。いい状態を続けるためには、変わり続ける必要がある。ただ、その変化は、遠くのゴールのためではなく、今ある手元のもの、周りにいる人たちを大事にした結果として、起きていく。

成功を追わなくても、幸せに働き続けることはできる。私は、そう考えています。そしてこの15年、変わり続けるなかで手放さなかったものが一つだけあるとしたら、それは「遊ぶように働く」という、始めたときからの願いでした。

その「遊ぶように働く」を、もう少し自分の言葉にできないかと考えて、仕事を「労働」ではなく「技芸」として捉える、という見方にたどり着きました。その話は、9月にミシマ社から出る『自分と社会をいい感じにする 仕事技芸論』に書いています。

津山で話したときの資料も、あわせて載せておきます。

倉貫 義人
倉貫 義人
ソニックガーデン 創業者
クラシコム 取締役CTO

「納品のない受託開発」の実践者。著書多数。心はプログラマ、仕事は経営者。

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