長く続けたチームは、難しい仕事に手が届く〜弟子とベテランがはじめて一堂に集まった合宿

長く続けたチームは、難しい仕事に手が届く〜弟子とベテランがはじめて一堂に集まった合宿

同じ会社に長くいることは、停滞なのでしょうか。

転職を重ねてキャリアを積むのが当たり前になりました。一つの場所に留まっている人は、機会を逃しているように語られることもあります。私はもう15年、同じ会社で、同じ仲間とやってきました。

先週、熱海で社内の合宿をしてきました。木曜の午後に集合して、金曜のお昼に解散。まるまる24時間を一緒に過ごす一泊二日です。集まったのは、プログラマだけで約50人。

私たちはこれを「ビジョン合宿」と呼んでいます。パソコンを開かず、開発もせず、会社のことをひたすら話す場です。創業まもない頃から続けてきて、進め方は11年前に公開しました。仕事は止まるし費用もかかるので、利益だけを考えれば合理的ではありません。それでも続けているのは、組織のケアになっているからだと考えています。

15年やっても、芯は変わっていなかった

初日は、私が90分ほど話しました。使ったのは、創業したときのスライドです。15年分を順に辿ったのではなく、あのころ何を考えていたかを、そのまま話しました。

話してみて自分でも意外だったのは、芯の部分が思った以上に変わっていなかったことです。やり方はずいぶん変えてきたつもりでいましたが、何のためにやるのかというところは、あのときのままでした。

いまの会社には、社歴が10年を超える人もいれば、入って1年経たない人もいます。過去を懐かしむためではなく、同じ時間の流れをみんなで感じてほしかった。

そのうえで、いまの私の考えも話しました。AIで仕事がどう変わっていくのか、この会社をこれからどう続けていくのか。

当日使った資料を、置いておきます。どちらも2011年、創業した年のものです。

技術者からベンチャー企業経営者へ

スライドを開く(SlideShare)

「納品のない受託開発」にみるソフトウェア受託開発の未来

スライドを開く(SlideShare)

分けずに集まったから、視座の階段が渡った

今回の合宿には、これまでと違うことが一つありました。弟子とベテランが、同じ部屋にいたことです。

これまでは、二つに分けて合宿をしてきました。育っている途中の人と、長くやっている人では、話すべきことが違うからです。

分ける必要がなくなったのは、みんなが育ったからでした。弟子のうち一番年次が上の人は5年目に入り、開発責任者の仕事に近づいてきました。30代の人たちも、ベテランの仕事に手が届くようになってきています。弟子から大ベテランまで、きれいなグラデーションができていました。

それが効いたのは、トークのあとの質疑でした。年代別に4人ずつのグループで話し合って質問を考えてもらい、若い人のテーブルから順に受けていきます。

テーブルが進むにつれて、質問の視座が上がっていきました。はじめはコードの書き方の話。それが「納品のない受託開発」の価値は何かという話になり、やがて組織として提供できるものは何か、というところまで上がっていく。

その行き先には、心当たりがありました。「納品のない受託開発」の価値は何か。この日に使ったスライドの、もう一本がまさにそのテーマでした。15年前に自分が立てた問いに、若い人たちの質問が戻ってきたことになります。

視座は、説明して渡せるものではありません。でも、質問が並ぶのを聞いていれば、自分の少し先に何があるのかは見えたはずです。分けて合宿をしていたら、これは起きませんでした。

翌日の午前は、一人ずつ話して場を締める時間にあてました。3つのグループに分ける予定でしたが、前日の一体感を分けてしまうのが惜しくなって、急に全員でやることに変えました。50人が車座になって、一人ずつ話す。時間はかかりましたが、前日に感じた一体感は私の思い込みではなかったとわかりました。

50人が車座になって、一人ずつ話した

新卒から大ベテランまで、立っている場所は違います。それでも、同じありたい姿を見ている仲間でした。会社をチームではなくコミュニティとして考えてきたことが、この日はよく見えました。

長く一緒に働くと、難しい仕事に手が届く

その一体感は、ただ長くいるから生まれたものではないと思っています。

一緒にやってきた仲間のなかから、経営を担う取締役が出ました。若手を育てる親方をしている人もいるし、お客さまの会社でCTOのような立場を担っている人もいます。

肩書きは増えましたが、みんなプログラマのままです。私たちにとってプログラマとは、コードを書く人ではなく、ソフトウェアを作る人のことだからです。

なぜそうなったのか。ソニックガーデンは、技芸の場だからだと考えています。そして技芸には、型があります。たい焼きの型のように同じものを抜くための型ではなく、武道や芸事の流派でいう型のことです。共通の型を土台にして、その上で一人ひとりが個性を発揮していきます。

その型を受け渡すために徒弟制度があります。そして型が身についた先には、ベテランになるほど難しい仕事に挑戦し続ける気概と、そうできる環境があります。

私たちが大事にしてきたのは、遊ぶように働くこと、つまりフローの状態で働くことです。フローは、自分の能力と仕事の難易度が釣り合っているときに入る、没頭して時間を忘れるような状態のこと。簡単すぎれば飽きるし、難しすぎれば手が止まります。

だから続けるには、難易度を上げ続けなければなりません。長く一緒にやってくるなかで、私たちはこれをずっとチューニングしてきました。

ただ長くいるだけでは、こうはなりませんでした。長くいながら、一生懸命に挑戦を続けること。そして会社の側も、挑戦できる機会を出し続けること。その両方が要ります。

15年前に一緒に起業した仲間と、「いいソフトウェアをつくる」「プログラマを一生の仕事にする」を変えずにやってきただけです。ありたい姿のまま続けてきたら、手が届く仕事が増えていました。

一つの場所に長く留まることは、停滞と呼ばれがちです。でも、同じ場所で挑戦を続けることには、それだけの価値があるのではないかと考えています。

倉貫 義人
倉貫 義人
ソニックガーデン 創業者
クラシコム 取締役CTO

「納品のない受託開発」の実践者。著書多数。心はプログラマ、仕事は経営者。

新着記事をお知らせするメールマガジンを配信中です。今後の記事も読みたい方はぜひ登録ください。

→購読する
シェア ポスト
前の記事
「エフェクチュエーション」という起業〜成功を追わず、ありたい姿を続ける