結果を目的にすると、手段はAIに代替されていく
なぜブログを書くのかと聞かれて、答えに窮した。結果を目的にすれば書くことは手段になり、速くて楽なものに代わられる。
倉貫義人による経営と仕事に関する思考のログ
なぜブログを書くのかと聞かれて、答えに窮した。結果を目的にすれば書くことは手段になり、速くて楽なものに代わられる。
エンジニアだけを集めると、共有できるゴールは作ることしかない。つまり納品だ。チームは、ゴールを決めてから組成する。
書くとはタイピングではなく、伝わるまで仕上げること。その力はAIの登場以前から必要で、誰でも書ける時代でも変わらない。
上司を共犯にし、メンバーには仕事ではなく役割を渡す。うまくやれている人ほど、自分ひとりで背負おうとしていなかった。
経営15年、うまくいったのは、やむにやまれず始めたことばかりだった。その理由が、ラジオ収録での一言で腑に落ちた話。
自分で書いた本なのに、面白く読めてしまった。編集者に委ねて生まれた、6冊目にして初めてのアジャイルな執筆体験。
仕事のできる人に任せても、領域そのものは動かないことがある。やりたいこと、持論、なんとかできること。三つに分けてみた。
AIで品質もスピードも上がるのに、少しも楽にならない。講演資料3本へのフィードバックを数えたら、300回を超えてい...
新刊の制作過程で気づいた。原稿を組版ソフトに流し込んだ瞬間から正本が消える。この工程をSSoTと冪等性で変えたい。
事業活動のすべてをMarkdownで保存する。全社でやって見えた壁の正体と、ソフトウェアが先にある会社のかたち。
AIをうまく使う人と振り回される人。その差は技術力だけではなく、経営者が日常の仕事で鍛えてきた動き方にあった。
そばに「手打ち」という言葉が生まれたように、コーディングにも同じ現象が起きてきた。手で打つことが、特別になった。