チームの仕事
「いやぁ、見ているだけで、胃がキリキリするような動画ですね」
最悪な未来の動画を見たリッキーは、眉間にシワをよせながらスマホを僕に返す。
「本人からすれば、たまったもんじゃないです。今日は映画でも見に行こうと思っていたのに。一気に気力が奪われました」
「それで?」
「で、出ましたね。それで……えっと……」
「どうしてこうなったか、理由は考えましたか?」
「いや、まだ、なにも」
予想通りへの字口で首をかしげるリッキー。どうしてって言われても……。
「ああ、あの、僕は企画とか考えるのがどうも苦手なんです。才能がないんでしょう、僕には」
「ずいぶん、ネガティブですね」
「だって、あの未来の動画では、僕が考えた企画は採用されていませんでした。あれだけたくさん資料を作っていたのに」
「それで?」
「いや、だから、あんなにがんばっていたのに」
「がんばれるのは立派な才能ですよ」
「え?」
「あるじゃないですか、才能が、西原さんには」
「そ、そんなこと言ったって。なんの役にも立っていなかったじゃないですか」
「なんでだと思いますか?」
僕は動画の内容を思い出しながら考える。企画の内容がよくなかったのか……でも、どうもそういうことではないような気がする。
「なにかが足りていない気はするんです。あの動画の僕の行動には。でも、それがなにか……」
「なるほど。なにが足りてなかったんでしょうね」
「うーん……」
「それにしても、西原さん、ミーティングの間ずっと黙っていましたね。自分がしゃべり終わった後」
「苦手なんですよ、僕、ブレストが」
「なんでですか?」
「なんか間違いを言ったら、わかってない人とか、それこそ変な人って思われるかもしれません。かといって、なにが正解かもわからないし」
「間違いってなんですか?」
「その、今回の企画と関係のないこととか」
「それは関係のないことであって、間違いではありません」
「えっと、よくない企画の案とか……」
「それはよくないだけであって、間違いではありません。それになにがいいか悪いかは誰が決めるんですか?」
「それは、藤田さん……じゃないですか。上司ですし」
「どうして、藤田さんがいいか悪いかわかるんですか?」
「だって、経験もあるし……」
「やったことあるんですか? 藤田さんは、このプロジェクトと全く同じものを、過去に」
「い、いや、そういう風に考えれば、ないですね」
「ということは、誰もわからないんじゃないですかね? なにが間違いで、なにが正解か。なにがよくて、なにが悪いか」
「まぁ……確かに……」
「いいですか、西原さん。今はね、変化の時代なんです。どんどん社会環境が変わって、過去に正解と思われた方法が、明日には通用しなくなっていてもおかしくない。とっくに正解なんてなくなっているんです」
「な、なるほど」
「……って、今朝見たネット記事に書いてありました」
リッキーは、またいたずらっ子のようにニヤリと笑い、少しだけ舌を出した。なんだ、それ。急にそれっぽいことを言い出したと思ったら、ただの受け売りか……。
「どう思います? 今の話」
「うーん、ピンとこないです。変化の時代っていうのは、よく聞くし、確かに技術はどんどん進歩しているのでしょう。でも、自分の仕事とは関係がないとは思っています。古い会社ですし」
「でも今回のキャンペーンでは、メッセージアプリなんて、すごく今っぽいもの使っているじゃないですか」
「そ、そりゃ、そうですけど」
「メッセージアプリは、数年前にはほとんど誰も使っていませんでした。一気に広まりましたね。確かに、あれは便利です。人々のコミュニケーションのあり方を大きく変えた」
「そうですね」
「だんだんとビジネスにも利用されるようになり、新たな顧客を獲得するための重要なマーケティングツールにもなっていった」
「詳しいですね」
「ありがとうございます。調べたんです、少しだけ。前回の西原さんの動画を見た後に。ってことは、つい最近ですよね。ビジネスでメッセージアプリが活用されるようになったのは。西原さんの会社は五十年以上の歴史がありますが、今回のプロジェクトはここ数年の流れを受けて、初めての取り組みです。だから古い会社かどうかなんて関係ない」
それは、確かにそうだった。もしかしたら僕は無意識のうちに、上司である藤田さんならなんでも知っているという考えを持ってしまっていたのかもしれない。
「なるほど。確かにリッキーの言う通りです。藤田さんなら、正解を知っているかもしれないって勝手に思い込んでいたのかもしれません。正解のない仕事に、僕は向き合っているってことですよね」
「いい発見ですね」
「藤田さんに間違っていると思われたくなくて、ブレストがどんどん苦手になっていった。でも本当は、藤田さんもわかっていない。正解なんて」
「ええ。だからこそ、彼はみんなからアイデアを募っていたんではないでしょうか」
「でも、それで言えば、僕だってアイデアを出したのと同じではないですか? 数は少なかったかもしれませんが、資料はたくさん作りましたし」
「ええ、そうですね」
「なにが違うんでしょうか」
「さぁ……なんででしょう。動画の最後で西原さんは、なんで不機嫌になっていたのでしょうね」
「自分の企画が、あまり受け入れられなかったからでしょうか」
「それだと、どうして不機嫌に?」
「僕のことを、認めてくれなかったからじゃないですか」
その言葉を聞いた瞬間、しかめっ面でリッキーがパンッと手を叩き、右手をあごに添えた。
「おかしいですね。なんか、ひっかかります。このプロジェクトの目的はなんでしたっけ?」
「一人でも多くの人に、Hoursでステキな時間を過ごしてもらうことです」
「それは西原さんだけの仕事ですか?」
「え?」
どういうことだろう? 仕事って、自分がするものなはずだけど……。でも、〝僕だけ〟のものと言われると少し違和感がある。
「うーん。この目的は、チームメンバーみんなで目指すものですね」
「ということは?」
「このプロジェクトは、チームのプロジェクトと言えますね」
「なるほど。ということは、このプロジェクトは西原さんだけの仕事ですか?」
「いえ、チームの仕事です」リッキーがニコリと笑う。
「いい発見ですね。さぁ、今の発見をもとに、なぜ不機嫌になっていたのかを考えてみると……」
「僕は企画することを、『自分の仕事』だと思い込んでいた。チームの仕事なんて発想を持たず」
「なるほど、なるほど。それが、どう不機嫌に繋がりますか?」
「自分の仕事だと思っていたから、企画への反応が悪いことに対して、『自分が認められていない』と思ってしまった。えっと、ということは……どこかで目的が変わってしまっていたのかもしれません。いつの間にか、いや、企画会議と聞いた瞬間に『自分を認めさせる』ことが目的になっていた」
「西原さんvs藤田さん、飯村さん」
「え?」
「そういう構図になっているように見えました」
「ああ、そうですね」
「チームの仕事なのに、チーム内で対立関係を起こしても仕方ありません」
「全く、その通りです」
「だからといって、意見を闘わせなくていいというわけではないですよ。違う考えがあるなら、お互い出し合って、しっかり話し合えばいい」
「そういうのが、苦手なんでしょうね、僕は」
「問題vs私たち」
「えっと、どういうことでしょう。なんとなく、わからなくもないですが」
「目的に向かうために、いろいろな問題が生まれますよね。そうした問題に対して、〝私たち〟で向き合う。そういう構図を意識すれば、メンバー同士の対立関係は生まれないはずです」
「ああ、そういうことか。たとえ誰かと違う意見だったとしても、それは〝私たち〟が議論を深めるための、貴重な意見ということになる。決して相手を否定するための意見ではない」
「すばらしい理解力です」
「きっとタスクばらしを覚えて仕事が楽しくなって、ちょっと調子に乗っていたのかもしれません。そんな時に苦手意識のある企画の仕事に手を挙げて、肩に力が入ってしまった。なぜなら正解のない仕事に向き合っていたり、仕事はチームのもので問題vs私たちの構図が大切だ……こういう前提が抜けていたから。ってところでしょうか」
「すごいじゃないですか。この数分の対話で、そんなことまで発見できるなんて。まぁ調子に乗るのは、必ずしも悪いことだとは思いません。出る杭は、私は好きですよ」
リッキー自身が出る杭みたいだと思いながらも、口に出すのは止めておいた。まだ、そこまで言える仲ではない気がする。
「確かに、リッキーはそういう人好きそうですね」
「ザッソウっていうみたいですよ」
「え?」
「ザッソウ」
「この公園のそこら中に生えている草ですか? そんなこと知ってますよ」
「いえ、雑談と相談を組み合わせた造語です。雑談のように、相談し合う。正解のない仕事をチームで進めていくためには、ザッソウがなによりも大切だ。以前どこかの社長のブログに、そう書いてありました。なるほどな、と思いませんか?」
「ちょっとわからないです。それがなんなのですか?」
「今の西原さんに必要なものかもしれないと思って。そうだ、つぎのミッションはこうしてみませんか? あの未来を変えるため、明日からザッソウを実践してみる。うん、いいかもしれませんね。そうしましょう」
「あの、ザッソウっていうのが、まだよくわかっていないんですけど……」
「きっと西原さんのチームでは、みんなやっていると思いますよ。気づいていないだけで。あの動画でも、飯村さんはまさにザッソウしていました」
「立ち話はしていましたけど……。あんな雑談が意味あるんですか?」
「そう、あれは雑談です。でも相談でもある。それがザッソウではないでしょうか」
「うーん、わかったようなわからないような……」
「まずは、やってみることです。この手の知恵は、実践しないと意味がありません。……あ!」
リッキーが突然大きな声を出し、ビクッとする。
「もうこんな時間だ。いけない。今日はウォーキングファンタジーの限定イベントの日なんです。あと二十分で二千歩も歩かないといけません。そうじゃないと、せっかくここまで歩いたのに『ドラゴンソード』がもらえない。ギリギリですね。絶対ほしいんですよ、ドラゴンソード。ブランコなんて漕いでいる場合じゃなかった」
そう言うとリッキーは立ち上がり、「じゃあ、一週間後に」とだけ言うと、風になって去っていった。