第2章 タスクばらし ── 仕事と作業の違い

再び現れた動画(2)

動画の半分ぐらいだったけど、僕は一度再生を止めて深呼吸をした。この動画が本当だとしたら、藤田さんと同じプロジェクトに参加できるのは、すごくうれしい。だけど、メッセージアプリのデータ分析はしたことがない。それなのに、動画内の自分はあいまいな返事をして仕事を受けてしまっている。大丈夫かな……と思いながら、もう一度腹にぐっと力を入れて、再生ボタンをタップする。

――チームミーティングから二日後の水曜日、昼過ぎ

「健太、お願いしていた分析レポート、進捗はどんな感じ?」

藤田は肩を回すストレッチをしながら、のんびりした様子で健太に尋ねた。健太の顔は、ややこわばっているように見える。

「あ、あのーそうですね……七十パーセントぐらいでしょうか」

「お、結構進んでるじゃん。いいね。大変なところない?」

「あ、いや特には」

「そうか。じゃあ今週中には終わりそう?」

「そうですね。今日、少しだけ残業して、一気に終わらせちゃおうかなと思ってます。早いほうが、藤田さんが考える時間も増えますもんね」

「おお、助かる。けど無理しなくていいよ。もともと今週中でお願いしてた仕事だし」

「はい、ありがとうございます。でも気分が乗ってるので、やりきっちゃいますね」

「頼りになるなぁ。あ、残業届だけ忘れないようにねぇ。それじゃ、打ち合わせに行ってきまーす」

藤田は大きなあくびを一つすると、席を立ちフロアから出ていった。他のメンバーも全員打ち合わせで席を外しているのか、健太が一人だけ席に残っている。健太は背もたれに体をあずけ、天を仰ぎながら独り言を話しはじめた。その顔に、生気はない。

「ああ、やばい。全然出口が見えない……。結局どういうデータが必要で、どうやってまとめればいいんだっけ。もう今さら誰にも聞けないし……。メッセージアプリの分析画面は初めて触るから、操作もよくわからないし」

健太はぶつぶつとつぶやいた後、大きなため息をつく。

「はぁ……。藤田さんのサポートって言うけど、結局これって雑用じゃないのか……? なんのためにデータが必要なのかもイマイチわからないし、俺じゃなくてもいいじゃん。ああ、やる気なくなってきた。でも、残業するなんて言っちゃったしなぁ」

気だるそうに背もたれから体を起こした健太は、あてもなくマウスを操作しはじめた。

――さらに二日後の金曜日、夕方

打ち合わせから戻ってきた藤田が、健太の肩をポンッと叩きながら話しかける。

「そういえば、Hours案件の分析、終わった? 水曜日、結構遅くまで残業してたみたいだけど大丈夫だった? 昨日は急なトラブル対応でずっと出ずっぱりだったからさ、せっかくがんばって早く終わらせたのに、受け取れなくて悪いなと思って」

「あ、あのそれが……」

「ん? どうした?」

「もう少しで、終わるんですけど。ちょっと手間取ってて」

「え、なにに?」

「Excelにデータを打ち込んでいるんですけど、結構時間がかかっちゃってて」

「え? Excelにデータなんか打ち込まなくていいよ。メッセージアプリの分析画面をスクリーンショットで撮って、PowerPointかなんかにテキトーに貼っつけてもらえばいいよ」

「あ、そうなんですね。えっと、スクリーンショットは撮ってるので、ぱぱっと終わらせちゃいます」

「お、おう……。ちょっと、スクリーンショット見せてみ」

「このフォルダにストックしてます」

藤田は健太のパソコンを操作して、何枚かの画像データを開いていく。一枚一枚開くごとに、徐々に顔つきが曇っていった。

「あの、健太、これ全部必要な情報が見切れちゃってるよ。これとか、なんのデータなのかがわからないし……。それに、もうちょっと年齢層を幅広く見たいかな。まだ絞る段階ではないから……、パッと見、若年層のデータしかなさそうだけど」

「あ、ごめんなさい……。そ、そうですね……」健太の額に、じんわりと脂汗が滲んできた。

「ごめん、俺ももう少し細かく確認すればよかった。来週の火曜まででいいから、今言った形でまとめてくれる? 俺しか見ないから、綺麗な体裁でなくてもいいよ」

「わ、わかりました……。すみませんでした。すぐに、とりかかります」

健太が立ち上がりながら、藤田に頭を下げる。その時、慌てて動いた健太の手がコップに当たり、ガシャンと床の上に落ちた。コップは砕け、中に入っていたコーヒーが床に飛び散る。コップの柄は、健太のお気に入りの漫画のキャラクターだろうか。無残にも顔がバラバラになっていた。

「ああ、すいません! すぐに片づけます」

青ざめた健太はティッシュを手にとり、床をふきはじめる。一連の様子を向かい側の席から眺めていた飯村が「なんだか、できの悪いロボットみたい」と、誰にともなくとぼけた顔をしてつぶやいた。

動画が終わった。いい内容ではないのは予想していたけど、想像以上に嫌な未来を見てしまった。僕って、こんなに仕事ができない奴だったの? こんなにやる気のないやつだったの? でも、確かに最近仕事に前向きになれていなかったし、仕事を期限通りに終わらせることができなくてよく周りに迷惑をかけていた。改めてこうやって客観的に見ると、こんなやつに大きな仕事はまかせられないなと思う。

動揺を隠しながら、なんとかその日の仕事を終えた僕は、昨日と同じように用賀駅の改札を出るとコンビニでサンドイッチとコーヒーを買った。ストローに口をつけながら、大通りを歩きはじめる。あの動画が本当なら、僕はせっかくのチャンスを棒にふることになる。でも、どうしたらよかったんだろう。まさか、せっかくの仕事を断るわけにはいかないし……。

ふと空を見上げると、コンソメ味のポテトチップスみたいな月は右側が少しだけ欠けていた。誰が食べたんだろう。そんなくだらないことを考えていると、気づけばまた昨日のあの公園の前に立っていた。それとなく、ライトに照らされたベンチを見たけど、誰もいなかった。そりゃ、まぁ、いないよな。歩き出そうとしたその瞬間。

「ちょっと、そこ、どいてくれませんか」

驚いた僕は、バッと後ろをふりかえる。そこには不機嫌そうな顔で紙袋を抱えた、パーカー姿のあの男が立っていた。僕はなにも言わずに、右に一歩ずれる。男がすごいスピードで歩き出し、昨日と同じベンチの同じ位置に座った。そこから一連の動きも、昨日と同じだ。紙袋に手を入れさっとクロワッサンを取り出し、スマートウォッチを見た後に口に運ぶ。昨日とは距離が離れているから、パリッという音は聞こえなかったけど、きっとあの男の耳には届いているだろう。幸せそうな表情を男が浮かべる。

まぁ、僕には関係ない。あの人は、きっと昔からああやって人生を楽しんでいるんだろう。はぁっと大きなため息をついた僕は家に帰ろうと思い、一歩前に足を踏み出そうとした。そのとき、あの男が手を伸ばしながらこちらを見ているのが、視界の中に入った。足を止めベンチを見ると、男が無愛想な顔で新しいクロワッサンをこちらに差し出していた。

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