ザッソウの効果
ザッソウを実践してみる……。そうリッキーからミッションを課せられた僕は、とりあえず飯村さんが普段どんなコミュニケーションをチームメンバーとしているかを、意識して見るようにしてみた。
するとひとつの発見だったのが、飯村さんはよく「壁打ちさせてください」とか「軽く話せますか?」など、チャットでメンバーに気軽に相談を持ちかけていたことだ。これまでは特に気にしていなかったけど、これこそまさにザッソウなのかな。
僕は相手に迷惑をかけてはいけないと思い、なるべく自分一人で解決しようとしていたけど、よくよく考えると飯村さんに対しては、みんな気兼ねなく相談に乗っている。
あともうひとつ大きな発見だったのが、藤田さんはミーティングがはじまって最初の五分ぐらいは、よく雑談をしていることだ。藤田さんは大好きなサッカーチームのことをよく話していたし、中村さんは野球にとにかく詳しいし、飯村さんはおいしいご飯屋さんの話、坂下さんは……、ずっと寝てたとしか言ってない気がする。
僕もみんなに合わせて最近みた映画の話とかをしていたけど、正直早くミーティングをはじめないの? とも思っていた。仕事の時間なんだし、効率的に話を進めたほうがいいに決まっている……と僕は思っていたのだけど、思い返してみると雑談の中からマーケティングのアイデアが浮かぶこともあった。
それにメンバーの人となりとか、藤田さんは大好きなサッカーチームが降格しそうだから落ち込んでいるんだな、といった相手の状況を理解することに実は繋がっているんだと気づいた。
「あの、藤田さん。ミーティングの最初によく雑談をしていますけど、あれってもしかしてわざとですか……?」
ある日、僕は藤田さんにこう質問をした。藤田さんは優しく答えてくれた。
「お、気づいた? うちらみたいな仕事って、ああいう雑談からアイデアが生まれたりするじゃん。効率ばっか追い求めてもしょうがないっちゅうか、ただの情報共有だけだったら、わざわざ集まらなくてもチャットで済むし。俺がおしゃべり好きなだけってのもあるけどね」
「そういう雑談が実は大事なんだって最近僕も知って……」
「お、いいじゃん。この会話もまさに雑談だからな。健太から仕事に直結しない質問がくるのは珍しいけど、すごくいいことだよ。そうそう、どこかの会社では雑談と相談を合わせて『ザッソウ』なんて言ってるそうだよ」
藤田さんもザッソウを知っていたんだ。藤田さんが、会社からもチームメンバーからも評価の高いマネージャーの理由が少しわかったかもしれない。
リッキーとの対話から数日が経ち、ザッソウについての観察は順調に進んではいたのだけど、僕が携わるオウンドメディアの運営で、少々やっかいな問題が起きていた。記事の制作をお願いしている制作会社から提出される原稿が、思い通りのものでないことが増えてきたのだ。僕が渡している依頼書通りに書いてくれればいいのに、なぜか変に手を加えて出してくる。明日はその制作会社とのミーティングがあるけど、どうすれば相手を説得できるか、ずっと悩んでいた。
「ザッソウを実践してみてください」
ふいにリッキーの声が頭に響く。そうだそうだ、こういう時こそ、ザッソウをしてみよう。相談するなら、坂下さんだな。坂下さんはメディア運営の経験が豊富で、制作会社との協働がすごく上手だった。いつか坂下さんにその経験談を聞きたいと思っていたから、ちょうどいいタイミングだ。まずは、チャットで……。
[坂下さん、相談したいことがあるんですけど、今日時間ありますか?]
[三十分後でもいい? 一本終わらせたい仕事があって]
[大丈夫です! 立ち会議用のテーブルにいます!]
[OK!]
みんな、メンバーの相談に対してこんなに協力的なのか……。ずっと仕事を一緒にしてきたけど、チームというものを感じたのは初めてかもしれない。いかに僕が「仕事は自分だけのもの」と思い込んでいたかがよくわかる。
三十分後、立ち会議用の丸テーブルで待っていると、坂下さんがのんびりと歩いてきた。
「ごめん、ちょっと遅くなった。なに? 相談って」
「ありがとうございます。それが、最近制作会社とのやり取りで問題があって……」
僕は悩みを坂下さんに共有した。坂下さんは「うんうん」とうなずきながら、話を最後まで聞いた後に、こう問いかけてきた。
「制作会社からの原稿に対してはなにかフィードバックしてる?」
「いえ、自分で手を加えて直してしまうので、特に相手にはなにも伝えてないです」
「まず、そこからじゃないかな。制作会社の担当者にしても、考えを持って作ってくれているはず。こっちの意図も伝えながら、相手の意図も聞いて、どういう記事が最適なのかを探っていくのがいいんじゃない?」
この坂下さんの言葉を聞いた時、僕は「問題vs私たち」という言葉を思い浮かべた。そうだ、いつの間にか「あなたvs私」のスタンスで制作会社の担当者と接していたかもしれない。
「パートナーとのつき合い方からも、学ぶことは多いと思うよ。俺なんて健太ぐらいの時に、制作会社の人にめちゃくちゃ怒られたことがあってさ。『坂下さん、流れ作業で仕事していませんか? そもそもこのコンテンツを作る目的から、もう一回整理しませんか?』って。ほら、うちみたいに大きい会社だと仕組みができてるからさ、考えなくてもなんとなく仕事できちゃうじゃん。でも、相手はそういうわけにもいかないんだよね。ちゃんとしたものを作りたいっていう想いと責任を持ってるわけだから。もしかしたら、健太が一緒に仕事してる人もそう思ってるかもよ?」
プロジェクトの目的を確認する。タスクばらしの時にも教わった、すごく大切なことだ。確かに思い返してみると、コンテンツを作る目的は自分の中では整理できていたけど、制作会社の担当者には共有できていなかったかもしれない……。
「あ、そうそうあと制作会社の担当者とのやり取りってメールでしてる?」
「そうですね」
「よければ、チャットでやり取りするといいよ。申請すれば、チャットツールのゲスト用アカウントを発行してもらえるはず。俺はパートナー会社とは全部チャットでやり取りしてる。リアルタイムでやり取りできるし、ちょっとした相談もお互いできるしさ。そのほうがコミュニケーションも楽だし、信頼関係も強くなるはずだよ」
「そうだったんですね。知らなかったです」
「案外こういう話ってしないもんな。またなんかあったら、聞いてね」
そう言うと、坂下さんはまたのんびりと歩きながら、自分の席に戻っていった。たった数分ザッソウをしただけで、いろいろなことがクリアになった。リッキーに今日の話をしたら、どんな反応するかな……。