第2章 タスクばらし ── 仕事と作業の違い

仕事と作業の違い

「そうか、目的をちゃんと確認していなかったから」

「この手のプロジェクトのスタートにはよくある話です」

リッキーは過去にどこかで働いていたのだろうか? 今の身なりを見る限り、どうも会社員っぽくは見えない。なんと言っていいかわからないけど、ただ者でない不思議な雰囲気が漂っている。

「ちょっと雑談でもしましょうか。仕事と作業の違いって、なんだと思いますか?」

「さぁ……わかりません」

リッキーが、またこちらを向いて口をへの字に曲げながら、首をかしげた。あ、またあの癖が出た。

「えっと。作業はなんというか、やらされているようなイメージがあります」

「確かにそうですね。これは、さっきの話の続きでもあります」

「目的……ですか。あ、もしかして目的があるのが仕事で、目的がないのが作業、とか?」

「それです」

「なるほど」

「未来の西原さんは、どちらをしていたと思います?」

「作業ですよね。目的がなかったので。だから楽しくないし、やる気を失っていった」

「Hoursで一人でも多くの人に素敵な時間を過ごしてほしい、そのためにキャンペーンを成功させる必要があり、自分の役割はメッセージアプリの分析だと考えている西原さん。藤田さんに言われたから、分析をしなきゃと悩んでいる西原さん。どっちの西原さんになりたいですか?」

「前者です。後者は、ただ作業をするだけ。さっきの動画の僕です」

「ロボットは、どっちだと思いますか?」

ロボットと聞いて、僕はドキッとする。あれ、ロボ健と呼ばれていることって話したっけ? さっきの動画でも、ロボ健とは言われていなかった気がするけど……。

「西原さんも聞いたことありませんか? AIが人の仕事を奪うだなんだと」

「ああ。えっと……ロボットがしているのは作業ですよね。指示がないと動かないですから」

「なるほど。……ああ、ところで、なんだか急にカレーを食べたくなってきました」

「え?」

「といっても、ここには台所がないですね。困った。まぁ、シミュレーションということで。カレーが食べたいのですが……西原シェフ」

え、なにがはじまったの……? よくわからないけど、とりあえず、乗ってみるか……。

「ああ、えっと……食材をまず、買わないと。あの、お肉の好みはありますか?ビーフ、ポーク、チキン」

「チキンがいいですね。ジャガイモは、あまり小さくしないでください。溶けるのが嫌なので。逆にタマネギは、トロトロに溶けるぐらい煮込んでほしいです。辛いのは、あまり好きではありません。あと、化学調味料不使用のルーがいいですね。そうだ、揚げナスも乗せてほしいです、ルーの上から。ニンジンは嫌いなのでいりません。ご飯は固め、少なめで。くれぐれも、揚げナスにルーはかけないでくださいよ」

「ああ、えっと……わかりました。時間はかかると思いますが、作れると思います」

「すばらしい」

リッキーは、そこでまたパチンと手を叩いた。そして口をぐっと固く結び、しばらく間を空けてから、また話を続けた。

「西原さん、ジャガイモを切ってください」

「え?」

「ジャガイモを切ってください」

「な、なんでですか?」

「いいから、ジャガイモを切ってください。今日中に、千個。お願いします」

「嫌ですよ、そんなに。なんの意味があるんですか」

「さぁ。私も言われてるんです。今日中に千個のジャガイモを切らなきゃいけない。でも、私も暇でないので」

「僕も、そんなに暇ではないですよ」

「そうですか。じゃあ、あっちにいる人に頼んでみます」

「そ、そんなの、機械にやらせればいいじゃないですか」

リッキーがまた微笑みながらパチンと手を叩き、話を続ける。

「これからAIやロボット技術が、どこまで進化するかわかりません。ただ現時点では、先ほどのような細かなリクエスト通りにカレーを作ってほしい時は、きっと人間にお願いするでしょう。あんな器用なロボットはまだいません。いたとしても、あそこまで複雑なプログラムを書くぐらいなら人間にお願いするほうが早いし、バグも少ないでしょう。逆にジャガイモ千個を切るのは、ロボットのほうが得意なはずです。疲れないですし、きっと均一な大きさで切ってくれます。どちらにもジャガイモを切るという工程があります。同じ工程ですが、前者が仕事、後者が作業とも言えませんでしょうか」

「ああ……なるほど。前者には『シェフとしてお客様に喜んでもらうためにカレーを作る』という目的がありますもんね。その目的のためにジャガイモを切る。後者はただ『ジャガイモを切って』と言われて切っているだけ」

突然、西原シェフと言われた時は、びっくりしたけど、終わってみると仕事と作業の違いがより明確になった。

「今の話を聞いて思いました。最近の僕は、ジャガイモ千個をなんの疑問も持たずに切っていたような日々だったのかなって」

「よかったですね」

「え?」

「そんな、すばらしいことに気がついて」

「そうですね。それにしても、リッキーの奥さんは大変ですね。あんなに細かいリクエストを毎回……」

「勘違いしないでください。さっきのは、私の妻の好みです。おっしゃる通り、大変です。ちなみに、私は妻と違ってビーフしか認めませんし、ジャガイモは小さくしたいし、タマネギの食感を味わいたいし、ニンジンが大好きです。結果的にいつも二つの鍋で作っています。揚げナスはどちらにも乗せます。ルーの上から」

僕はその光景を思い浮かべ、頬を緩める。

「お似合いの夫婦みたいですね」

「よく言われます。おや、もうこんな時間だ。さて西原さん、ひとつミッションに挑戦してみませんか」

「ミッション?」

「あの動画の出来事が起きるまでは、まだ時間があるでしょう。その間に、西原さんが携わっている仕事……ええっと、動画で言ってましたよね。オウンド……」

「オウンドメディアの運営です」

「ああ、それです。その仕事の目的を改めて考えて、そのために必要なタスクをざっと書き出してみてください。そして、それぞれのタスクにどれくらいの時間がかかるかを考えてみる」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。スマホにメモします」

「できそうですか?」

「わ、わからないですけど、やってみます」

「いい心構えです」

僕はリッキーが言ったことを、必死にスマホに打ち込む。そのわずかな間にリッキーはすっと立ち上がり、「一週間後にクロワッサンを食べましょう」と言うと、一歩前に足を踏み出した。

「ああ、あの、なんでそんないろんなこと知ってるんですか……?」

そう問いかけたのもむなしく、リッキーは風のように公園からいなくなってしまった。

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