リストラ第一号(1)
「ビジネスパーソンの多くが思考を放棄しているこの現状に、とても危機感を抱いています。国際的な競争力においても、この国は先進国の中では大きく後れをとっています。会社の言う通りにしか働けない、ロボットのようなビジネスパーソンが……」
もはや指定席になっている社員食堂の窓際の席に座り、僕はワイドショーの音をぼんやりと聞いていた。流れているのは、今大騒ぎになっている政治家の記者会見の様子だ。スタジオに切り替わったのか、つぎはアナウンサーらしき人の声が聞こえてくる。
「ご覧いただきました、白田菜美・経済産業副大臣の発言が、大きな物議をかもしています。賛否両論、様々な意見が飛び交っていますが、社会派お笑い芸人として活躍中のモンちゃんさんはどのように感じていますか?」
「白田さんの発言には、全面的に同意します。僕は、かつて死んだ魚の目をしたサラリーマンでしたから。朝の満員電車で、毎日暗い顔をしてましたよ。そんないやいや働いてたら、創造的な仕事なんてできませんよね。やっぱり、ワクワクした気持ちがないと」
「どうやったら、今のモンちゃんさんみたいに楽しそうに働けるのでしょうか?」
「うーん……難しいですね。ひとつ言えるのは、他人まかせじゃなにも変わらないってことです。自分で変わろうとするしかない。白田さんも、そう言ってましたよね。みんなに問いたいですね。変わりたいですか? 変わりたくないですか? って」
せっかくの昼休みなのに、なんでこんな説教臭い話を聞かなきゃいけないのか。会社の言う通りに働くって、当たり前のこと。ワクワク働くなんて、夢のまた夢。創造的な仕事は、限られた天才だけがやるもの。変わりたいかどうかと言われれば……それは、まぁ……。
「よ、ロボ健!」
ポンッと肩を叩いてきたのは、同期の内田だった。手には、食べ終えた食器を乗せたトレー。内田は、テレビを指しながら話を続ける。
「聞いたか、今の。お前に向かって言ってんじゃないか。ロボ健」
内田は同期の中で、一番仲のいい友人だ。最初の一年は下の名前で「健太」と呼ばれていたが、二年目の途中から突然「ロボ健」と呼ばれるようになった。ロボット健太、略してロボ健。前にその理由を聞くと、「だって、どんどんロボットみたいに会社の言いなりになって働くようになったからさ。それに、あんまり楽しそうじゃないし」と言われた。最初はロボ健と言われるたびに悔しくなって、「そんなことないよ」なんて言い返していたけど、気づけば、なんとも思わなくなってしまっていた。
なんで悔しくなくなったかなんてことは、考えようともしなかった。それに、会社の言いなりになっているのは、内田だって一緒だ。だから、ここ最近はロボ健と言われるたびに、「内田犬」と言い返すようにしている。
「お前に言ってるんじゃない? 内田犬」
「犬のほうがかわいげがあるだろ」
内田は会うたび、いつもエネルギーに満ちていた。ロボットか犬か、どちらも褒められたあだ名ではないけど、元気に走り回る内田犬のほうが、会社には貢献できているように思えた。
「忙しそうだね。まだ昼休みが終わる前なのに、もう戻るの?」
「来週大きいプレゼンがあってさ。今大詰めなんだよ。すぐにでも仕事に戻らないと」
その時、内田が首からぶら下げているスマホがぶるぶると震え出した。
「やべ! 早く戻らなきゃ。じゃあな、ロボ健。同期がそんなんじゃ、張り合いがないんだ」
そう言うと、内田は小走りで食器を返し、食堂から出ていった。
昼休憩が終わるまで、あと二十分。食事はとうに済ませ、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。コップに注がれた水は氷が溶け、すっかりぬるくなっている。
オフィスに戻ったら、また業務がはじまる。ワクワク働くとはほど遠い、つまらない単純作業。それをまた数時間続けると考えるだけで、頭が重くなってくる。上司も、先輩も、同僚も、みんないい人たちだ。人間関係で悩むことはほとんどない。でも、仕事だけはどうしても楽しめない。
「もう一度、なぜ今の会社で働いているか、考えてみたらどうでしょうか」
テレビからは、まだ偉そうな御託が聞こえてくる。なんで、この会社で働いているのか……? なんでだっけ。
最初は、学生時代に知ったブランディングという仕事に好奇心を刺激されたのが、スタートだった気がする。商品のコンセプトを考え、言葉やデザインを通して形にして、世間に広めていく。そういう創造的な仕事への憧れが、大学で学ぶうちにどんどんと膨らんでいった。
調べていくと、ブランディングの仕事にもいろいろな役割があることが、わかってきた。アートディレクターのように、コンセプトをデザインや言葉にしてアウトプットする仕事。あるいは実際に商品を作るメーカーで、企画を考えたり、アートディレクターと協業してブランディング施策を進める人。僕がなるなら、後者だなと考え、就職活動ではブランディング業務ができそうなメーカー企業を、片っ端から受けていった。
そして今、僕は国内でも五本の指に入る、老舗の飲料水メーカーのマーケティング部にいる。入社してすぐに、幸運にもブランディング業務を手掛けるマーケティング部に配属された時は、天にも昇る気分だった。
しかし、いざ仕事がはじまると地道な調査やレポート作成が続く毎日。創造的な仕事はどこへやら。次第に胸に抱いていた希望は薄れていき、創造的な仕事は一部の有能な人間だけのもの、なんてことまで考えるようになっていった。そういえば、その頃からだっけ、内田にロボ健なんて呼ばれるようになったのは。そして、三年目の春を迎えた今、状況はたいして変わらなかった。
なにがやっかいって、すごく忙しいわけではないこと。ここ数年、働き方改革とか、業務のデジタル化などが進み、残業をしないと仕事が終わらない……なんてことはまずない。むしろ、会社からは「残業しないで帰ること」という通達が、耳にタコができるぐらい出されている。
だから、家に帰ってのんびりする時間は十分にあった。映画を見てから帰ったり、趣味のバドミントンの練習に行ったり、同僚と飲んだり……。充実しているといえば、充実しているのだろう。でも、どこか心の中には穴が空いているような感覚が、ずっとあった。
そんな特別悪くはないけど、特別よくもない日々が、ずっと続いている。こういう日々を過ごす僕を見て、「あなたはロボットみたいだ」とテレビに映っているあの人たちも言うのだろうか。
「……続いてのニュースです。先月リリースされた、個人の未来をAIが予測し、映像化するサービス『Future Vision System』、通称『FVS』が大きな話題を呼んでいます。非常に高額なサービスであること、そしてその映像の真偽性への疑問などから、まだごく限られた人にしか使われていないようですが、世界中のSNSでトレンド入りをするなど、注目を集めています」
このFVSについては、僕の周りでも話題になっている。月にウン百万もかかるそうだけど、本当に使う人なんているんだろうか。そういえば、この前友人たちと飲んでいる時に、面白半分で一年間無料で F V S が使えるキャンペーンに応募したな……。リリース記念のキャンペーンで、世界中でわずかな人数しか当選しないそうだ。
僕はスマホを取り出し、メールを開く。確か、そろそろ抽選した人にはメールが届くはずだけど……。さすがにないか。当たったら、また話のネタが増えるのにな。
昼休みが終わるまであと十五分。暇つぶしに、パズルゲームのアプリを開く。たいして面白くないけど、時間つぶしのためだけに遊んでいるゲームだ。課金はもちろんしていない。無心でタップを繰り返しながら、ただただ時間が過ぎるのを待つ。五回やり終えたのに、まだ三分も経っていなかった。
小さくため息をつき、もう一度ゲームをしようとした時、メールの通知が表示される。そこには、『 F V S 無料キャンペーンの抽選結果について』の文字。見た瞬間、心臓がドクンっと大きく鳴る。
え? どういうこと? まさか……いや、外れた人にもメールが来ているだけかもしれない。僕は少しだけドキドキしながら、メールを開いた。
西原健太様
ご当選おめでとうございます。このたびは『Future Vision System』リリース記念 一年間無料キャンペーンに応募いただき、誠にありがとうございました。
多数の応募をいただき厳正なる選考を行った結果、西原健太様がご当選されました!
ご利用方法については以下のサイトをご確認ください。
FVSが提供する未来の映像と共に、これまで人類が体験したことのない刺激的な毎日を!
ウソでしょ? いやいや、よくある詐欺メールかもしれない。……けど、メールアドレスやサイトのURLはどうも本物っぽい。一応Webマーケティングは本職だし、よくある詐欺サイトの見わけぐらいはつくつもりだ。半信半疑でメールに記載されているサイトにアクセスしてみると、FVSの登録画面が出てきた。英語で書かれているけど、だいたい理解はできる。念のためFVSを開発している会社のオフィシャルサイトを見てみると、登録画面のURLと途中まで一致している。さらにオフィシャルサイトのニュースリリースには、「抽選結果を送付した」という意味合いの英文が載っていた。つまり、このメールは本物ということだ。
僕はおそるおそる、登録フォームに情報を入力していく。登録フォームは、丁寧に日本語に訳されている。メールアドレス・パスワード・住所などを入力し、「つぎへ」を押すと、画面が切り替わった。
私はロボットではありません。
画面の表示を見て、思わず肩がビクッとはねる。あまり見たくない文言の下に「自転車をチェックしてください」との指示がある。な、なんだ、よくあるセキュリティ対策の認証システムか。それにしてもこれ、自転車なのかバイクなのかよくわからない画像もあるから、ときどき間違えるんだよな……なんてどうでもいいことを考えて、気持ちを落ち着かせる。
自転車を選び〝ロボットではない〟ことを証明したら、つぎの画面に。自身が映っている写真や動画が多いほど、生成される動画の精度がより上がる……だって。適当にスマホの中にある写真や動画を、アップロードしていく。プロフィールも、やけに詳細に入力を求められた。なんだか履歴書を作っているみたいだな……。やっと、入力が終わった。あとは、最後に登録ボタンをタップするだけだ。深呼吸をして、いったん心を落ち着かせる。よし、と誰にも聞こえないように小さくつぶやき、登録ボタンをタップした。
数秒すると、動画配信サイトのようなサムネイルが並んだ画面に切り替わった。だがサムネイルはいずれも真っ黒で、タイトルもない。画面の上部には、「未来動画を生成中です。数時間お待ちください」と英語で書かれていた。うーん、どうも本物っぽいな。SNSで流れてきていた、FVSの実際の画面と全く同じだ。本当に、当たったの……?
ピーンポーン。十三時を告げるチャイムが社員食堂に響いた。あれ、もう時間か。とりあえず今はまだ未来の映像は見られないし、オフィスに戻るしかない。そして、またはじまるのだ、あの退屈な〝仕事〟が……。