第2章
タスクばらし
── 仕事と作業の違い

再び現れた動画(1)

奇妙な一日の翌朝。僕の心の中は、まだ複雑な思いでいっぱいだった。FVSを信用したくないけど、どうも気になる。今の自分がこのまま年を重ねれば、あんな姿になってしまうのではという推測が、あながち間違いではないと思えるからだ。重たい体をなんとか動かし、着替えを済ませて定刻通りに部屋を出る。

昼休み、僕は相変わらず社員食堂の窓際の席に座り、さっとカレーを食べ終えると、時間つぶしだけが目的のパズルゲームに勤しんでいた。

「変えればいいんです」

ふと、昨晩の謎の男の一言が頭をよぎる。変えると言ったって、一体なにをどうすればいいのか。この椅子の座り心地は昨日と一緒だし、テーブルのシミも、ずっと前から変わらない。無心でパズルゲームを続けていると、FVSからの通知が表示された。「新しい未来の動画です」……だって。

もしかしたら、今度はいい未来かもしれない。淡い期待を抱きながら、僕は、通知をタップし、FVSの画面を開く。いくつか映像が並ぶなか「【4週間後】せっかく仕事をまかされたのに……」というタイトルが目についた。これは、きっと……。

「嫌な未来なら、変えればいい」

また、あの男の声が頭に響く。わかったわかった、とりあえず見てみよう。

――とある月曜日の朝。健太が所属するマーケティング部第一グループのチームミーティング

大柄な男が、ホワイトボードの前に立ち、席に座る四人に向かって話をしている。

「……以上が、今週のこのチームのタスクかな。これに加えて、新しいプロジェクトも動きはじめます。健太には、その新しいプロジェクトに参加してもらいたい」

あれ、マネージャーの藤田さんだ。藤田さんはマーケティング施策で数々の成果を出してきた敏腕社員。百九十センチの大柄な体がただでさえ目立つけど、声も大きいから余計に目立つ。大雑把なところもあるけど、上層部からも僕たち後輩からも信用されているマネージャーだ。

「はい。どんなプロジェクトですか?」

「炭酸水商品『Hours』の販促プロジェクトなんだけど、今試験的にメッセージアプリを使ったプロモーション施策を打ってるんだ。知ってる?」

「あ、第二グループがやってるやつですよね?」

「そうそう。三か月ぐらい試験運用してるみたいなんだけど、結構筋がいいんじゃないかという話で、今後もっと力を入れてやっていくそうだ。ただ第二グループは運用で手いっぱいらしくて、俺たち第一グループに分析やら企画の部分を担当してほしいって言われてる。俺もメッセージアプリを使ったキャンペーンは興味あったし、ちょうど手が空いてるから入ろうかと思うんだけど、もうひとりサポート役がほしいなと思って。健太にぜひお願いしたいんだけど、どう?」

「はい、ぜひお願いします。Hoursは、いつも家でハイボールを作る時に使ってる、好きな商品です」

「よかったな、健太。いい機会だし、藤田さんのもとで、いろいろ学ぶんだぞ」

そう言いながら健太の背中を、赤縁のメガネをかけた男がポンッと叩く。

これは先輩の中村さんだ。「データ分析のことなら、中村に」というのが僕らのチームの合言葉になっているぐらい、あらゆる分析ツールを使いこなすエキスパート。本人も分析ツールオタクを自称していて、業務で使うかどうかわからないものまで、時間を見つけては触っていると聞いたことがある。

中村はトレードマークの赤縁のメガネをクイッとあげると、時代錯誤なウインクを健太に送る。

「健太さん、Hoursが好きって前から言ってましたもんね。私、炭酸水の違いがいまだによくわからないんですけど」

「あの、飯村さん、もう少し自社製品への気遣いをしていただけませんかね」

「あ、すいません」

藤田さんからツッコミを受けたのは、僕が入社した翌年の新卒組で年齢も一つ下の後輩である女性社員の飯村さん。感性が鋭くて、斬新な企画をバンバン提案してはチームを盛り上げている。天然な一面もあって、無意識に毒舌を吐くたびに周りからツッコミを受けていた。くりっとした目で、全体的におっとりとした顔をしているおかげか、その毒舌はいくぶんか柔らかく聞こえる。

「いやいや、Hoursは名前に『アワ』が入っているように、炭酸水の中でも泡立ちが大きくて、強めの炭酸が売り。喉越しがよく、お酒の香りを引き立てるから、割り材としては最高なんだよ」

健太はここぞとばかりに、商品の特徴を飯村にプレゼンした。

「へえ。私はお酒を飲まないから知らなかったんですけど、そういう違いがあるんですね」

「相変わらず、お前たちの会話は面白いな」

最後に出てきたのは、先輩の男性社員の坂下さんだ。藤田さんのつぎに社歴が長く、メディア運営やコンテンツマーケティングの分野が得意。マイペースで、ひょうひょうとしているけど、藤田さんの手が届かないところをさりげなくサポートする副リーダーのような存在だ。藤田さんとは対照的に小柄で細身な体、少し不健康そうな青白い顔がいっそう「副リーダー」感を演出しているといつも思っている。

「飯村さんにも商品の特徴を理解していただけたところで、健太にやってほしいことを伝えてもいいかな?」

「はい、お願いします」

「健太にはこの三か月のHours公式アカウントの登録ユーザーの分析をしてほしいんだ。それをもとに俺のほうで企画を考えるから、今週中には資料にまとまってるとうれしいな」

「えっと……わかりました。今週中だったら大丈夫だと思います」

「他の業務は大丈夫? オウンドメディアの運営もいろいろやることあると思うけど」

「ああ、そうですね。大丈夫だと思います」

「そうか。メッセージアプリの分析ってやったことあったっけ?」

「いや、ええっと……。たぶん似たようなことならしたことあると思うので、大丈夫かと」

「そうか。ま、困ったことがあったらなんでも聞いてね」

「はい、わかりました!」

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