肩を並べて
「ちょ、ちょっと……待ってリッキー。な、なんで歩くの」
僕はリッキーの後ろを、必死でついて歩いていた。リッキーが歩くのが早いのは知っていたけど、いざ一緒に歩いてみると、そのスピードは尋常じゃなかった。
「すみませんが、あと十分で千五百歩も歩かないと、もらえないんです『星屑のステッキ』が」
「ほ、ほしの……なにって?」
すでに、僕はかけ足気味になっている。五分前、僕は公園のベンチに座りリッキーを待っていた。リッキーはほどなくして現れたのだけど、こっちに来てというジェスチャーをして、公園に入ろうとしない。リッキーのもとまで歩いていくと「今日は、歩きながら話しましょう」と言われ今に至る、というわけだ。
「それで、どうでした、ザッソウ」
「ああ、あの、すごい役に立ってます」
「実践したのですね。すばらしい」
「はい。それで、まず一つ発見だったのが、飯村さんはすごくザッソウが上手だということです。ちょっとしたことでもすぐにメンバーに相談して、仕事を進めていました。全く気づいてなかったです」
「へぇ、そうなんですね」
「あとオウンドメディアの仕事で、パートナーの制作会社との間でちょっとした問題が起きたんですけど、すぐに先輩にザッソウしました。たった数分で、いろいろなことがクリアになりました」
「そうですか」
リッキーは気のない返事をすると急に立ち止まり、スマホを見る。「もうちょっと……」とつぶやくと、また歩きはじめる。おいおい、思っていた反応と違うぞ。というか、人の話、聞いてるのか……?
「ほら、リッキーが言っていた問題vs私たちになるように、制作会社とのコミュニケーションを意識するようにしたんです。チャットで細かくやり取りできるようにしたり、改めて仕事の目的を整理して共有したり」
「いいですね」
僕は、ずっとリッキーの背中に必死に話しかけていた。一応、返事はあるから聞いてはくれているのだろう。
「ザッソウ、これからもどんどん使っていきます。ありがとうございます、いいことを教えてくれて」
「だから、教えたつもりはないですよ。思いついたことをただ話しているだけです。西原さんが自分で気づいて、ものにしているんです。しっかり実践しているのも、すばらしいです」
「そ、そうですか。でも、お礼ぐらい言ってもいいでしょう」
「もちろんです」
「そういえばリッキーとの会話も、ザッソウみたいなものかもしれませんね。考えようによっては」
リッキーが顔だけこちらに向け、微笑む。
「はは、確かに。いい考え方ですね。あ、そうそう」
「なんですか?」
「最初に会った時に、〝考える〟と〝悩む〟の違いを話したと思います」
「ああ、目的があるかないかってやつですね」
「そうそう。あれ、もうひとつ捉え方があると思ったんです。一人で抱え込んで、ぐるぐると思考を続けるのが〝悩む〟。みんなで知恵を出し合って、思考を前に進めることを〝考える〟。そうとも言えるなと」
「確かにそうですね」
「西原さんと話をしながら、そう思いました。ただ、みんなで知恵を出し合うにしても、目的がないと意味がない。目的がなくて漫然と話し合うのは、〝チームで悩んでいるだけ〟と言えるかもしれない」
「そんなことを考えていたんですね」
「私にも発見があるんですよ、西原さんとのザッソウには」
「だとしたら、うれしいです」
「暗黙知」
「え? あんもく……?」
「暗黙知、です」
「なんですか、それ。ウォーキングファンタジーのアイテムですか?」
「いえ。個人の経験にもとづいた、マニュアルなどの形になっていない知識のことです。【暗い・黙った】知識と書きます」
「暗黙知……。初めて聞きました」
「一方、マニュアル化され、共有しやすくされたものが形式知」
「ああ、それはイメージつきます」
「ザッソウすると、暗黙知を引き出せることが多いみたいです」
「確かに、先輩に相談した時に聞いたアドバイスは、マニュアル化はされてないですね。先輩の経験があるからこその知識です。暗黙知か……」
「そういった暗黙知は、世の中にたくさん転がっているんです。でも、残念ながら多くの暗黙知は共有されないままのことが多い」
「うん」
「そういう暗黙知をどうチーム全体で共有するか、というテーマで研究をしている方もいらっしゃいます」
「そんなテーマで……」
「いろんな理論があるんです。まぁ、もし興味があったら調べてみてください。あ、あと」
「な、なんですか?」
よくこれだけ話しながら、スピード落とさずに歩けるな……。こっちはもう息が上がってきてるんだけど……。
「ザッソウは雑談と相談を組み合わせた言葉と言いましたが、もうひとつの意味があるみたいです。なんだと思いますか?」
「もうひとつ?」
「ええ、似ていると言えば似ているのですが」
「なんでしょう……はぁはぁ」
こっちはついていくのに必死で、なにも考えられないって。
「雑に相談する」
「雑に、相談?」
「そうです。これ、案外難しいみたいなんですよね」
「雑に相談なんてしていいのかって思っちゃいますけど」
「ええ。でも、本来相談って雑にするものなんじゃないでしょうか?」
「どういうことですか?」
「一人で必死に考え抜いて相談したところで、相談された側はなにを言えばいいかわからないですよね」
「ああ、それは、あの動画の僕ですね。一人で考え込んで、資料まで作って」
「そうとも言えますね。あの未来の西原さんがしていたことは、相談でもないし提案でもなくて、ただの報告だったんじゃないでしょうか」
「報告?」
「報告ってされた側は、さほど言うことないんですよね。もし報告のような相談が、あまりいい内容でなかったら、否定せざるを得ないし、ちゃぶ台返しのようになっちゃうんです」
「ああ、藤田さんも困ってましたもんね。あれは、僕がブレストなのに報告みたいなことをしていたからか……」
「いい発見です。今度、意識してやってみてください。タイミングが大事かもしれませんね」
どうして、リッキーはそんなこと知ってるんだろう。かつてどこかの会社で働いていたのは間違いない気がする。そうでないと、ここまでいろいろなことを知らないはずだ。でも、定年退職するにはまだ若い気もする。そうだ、年齢ぐらいは聞いてもいいかな?
「あの、リッキー、ひとつ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「リッキーって何歳なんですか? その……単純に気になって」
「ああ。五十四歳です。来月で五十五歳になります」
あっさり教えてくれた。ということは、やっぱりまだ定年退職する年齢ではない。
「西原さんは?」
「僕は二十四歳です。今年で二十五歳です」
「じゃあ、ちょうど三十歳離れているんですね」
「そうですね。覚えやすくていいですね」
その時、リッキーが握っているスマホから楽しげな音が流れた。リッキーは立ち止まり、スマホを見る。
「やりましたよ、西原さん。ゲットです、星屑のステッキ」
リッキーがこちらにスマホの画面を見せながら、ニコリと微笑んだ。その顔は五十四歳とは思えないほど無邪気だった。普段の無愛想な顔とはすごいギャップだ。
「はぁ、はぁ……よかったですね」
僕は手を膝について、必死で息を整えていた。
「うーん、キラキラしていいですね。これがあれば、きっと倒せるはずです、ブラックゴーレムを」
「よ、よかったですね。はぁ……」
少しずつ、息が落ち着いてきた。というか、僕からすれば、ただすごいスピードで歩いただけで、なんの得もないんだけど……。まぁ、リッキーとザッソウできたから、よしとするか。
「また、変えられるといいですね、未来」
そうだそうだ。せっかく覚えたザッソウを使って、未来を変えないと。
「大丈夫だと思います。ザッソウすれば、きっと変わるはずです」
「私も、そう思います。それにしても、西原さん、割と体力あるんですね。だいぶ歩いたのに」
「ああ、毎週、趣味でバドミントンをやっているので。ハードなんですよ、ああ見えてバドミントンって。学生時代から、ずっと続けています」
「そうなんですか。いい趣味ですね」
「そんなことより、リッキーだって、すごい体力ですよ。僕より三十歳も上なのに」
「登山が趣味で。足腰は鍛えています」
「なるほど。それにしても、いい運動になりました」
僕は息を整えるために腕を回しながら、大きな深呼吸をした。リッキーも僕にあわせて腕を回しながら、大きく深呼吸をする。
「戻りましょうか。今度はゆっくり歩いて」
リッキーはそういうとまた歩きはじめた。宣言通り、ゆっくりだ。さっきとは違い、肩を並べて歩く。
「すっかり、リモートワークが浸透しましたね。西原さんの会社も?」
「ああ、そうですね。僕の会社では、どちらでもいいということになっています。僕も、ときどき在宅勤務しますよ」
「便利な世の中ですね」
「そうですね」
「でも、たまにはこうやって肩を並べて話すのも、大事だと思いませんか?」
「うん、そう思います」
「特に若い人は、いきなりのリモートワークだと、苦労することも多いのではないですか?」
「はい。最初はかなり不安でした。でも今思えば、藤田さんが雑談をいっぱいしてくれたおかげで、いい関係性ができて、安心して働けるようになったと思います」
「なるほど。ということは、ザッソウは、信頼関係を築くのにも使えるのかもしれません」
「言われてみると、この一週間でメンバーへの信頼度は増したように思います。もっと頼っていいんだなって」
「こうやって一緒に歩いたり、一緒にご飯を食べたりしながら、ザッソウをして、少しずつ、じっくりと信頼関係を築いていく」
それって、僕とリッキーが今までしてきたことじゃない? と思ったけど、それは言わないほうがいい気がした。リッキーだったらきっと、はぐらかすような気がしたからだ。
「焦ってはいけないんですよね、信頼関係は」
リッキーのその一言が、なぜか僕にはひっかかった。声のトーンがいつもと違って少し暗い気がしたからだ。でも、このことは聞かないほうがいい気がした。なんというか、リッキーの過去に足を踏み入れそうな気がしたから。
「そうですね。難しいですよね、人間関係って」
僕は無難な相槌を打つ。しばらく沈黙が続くなか、僕とリッキーは同じペースで歩き続ける。ただ一緒に歩いているだけの時間。遠くから虫の声が聞こえてくる。リッキーは、変わらず無愛想な顔のままだ。 ……ふいにリッキーが交差点の前で立ち止まる。
「私の家は、ここを右に曲がったところです。西原さんの家はまだまっすぐですか?」
「ああ、そうです。じゃあ、ここで」
「ええ。ありがとうございました。未来、変わりますように。その……応援してます」
「え? ああ、はい。こちらこそ、ありがとうございました」
「じゃあ」
そう言うと、リッキーは歩くスピードをあげ、風のように暗闇に消えていった。なんで、リッキーがお礼を言うのかよくわからなかったけど……。それに恥ずかしそうに、応援してますって。相変わらず謎の多くて不思議なリッキーだけど、少しずつ、距離が近づいているような気がした。