第3章 ザッソウ ── 雑談のように、相談し合う

肩を並べて

「ちょ、ちょっと……待ってリッキー。な、なんで歩くの」

僕はリッキーの後ろを、必死でついて歩いていた。リッキーが歩くのが早いのは知っていたけど、いざ一緒に歩いてみると、そのスピードは尋常じゃなかった。

「すみませんが、あと十分で千五百歩も歩かないと、もらえないんです『星屑のステッキ』が」

「ほ、ほしの……なにって?」

すでに、僕はかけ足気味になっている。五分前、僕は公園のベンチに座りリッキーを待っていた。リッキーはほどなくして現れたのだけど、こっちに来てというジェスチャーをして、公園に入ろうとしない。リッキーのもとまで歩いていくと「今日は、歩きながら話しましょう」と言われ今に至る、というわけだ。

「それで、どうでした、ザッソウ」

「ああ、あの、すごい役に立ってます」

「実践したのですね。すばらしい」

「はい。それで、まず一つ発見だったのが、飯村さんはすごくザッソウが上手だということです。ちょっとしたことでもすぐにメンバーに相談して、仕事を進めていました。全く気づいてなかったです」

「へぇ、そうなんですね」

「あとオウンドメディアの仕事で、パートナーの制作会社との間でちょっとした問題が起きたんですけど、すぐに先輩にザッソウしました。たった数分で、いろいろなことがクリアになりました」

「そうですか」

リッキーは気のない返事をすると急に立ち止まり、スマホを見る。「もうちょっと……」とつぶやくと、また歩きはじめる。おいおい、思っていた反応と違うぞ。というか、人の話、聞いてるのか……?

「ほら、リッキーが言っていた問題vs私たちになるように、制作会社とのコミュニケーションを意識するようにしたんです。チャットで細かくやり取りできるようにしたり、改めて仕事の目的を整理して共有したり」

「いいですね」

僕は、ずっとリッキーの背中に必死に話しかけていた。一応、返事はあるから聞いてはくれているのだろう。

「ザッソウ、これからもどんどん使っていきます。ありがとうございます、いいことを教えてくれて」

「だから、教えたつもりはないですよ。思いついたことをただ話しているだけです。西原さんが自分で気づいて、ものにしているんです。しっかり実践しているのも、すばらしいです」

「そ、そうですか。でも、お礼ぐらい言ってもいいでしょう」

「もちろんです」

「そういえばリッキーとの会話も、ザッソウみたいなものかもしれませんね。考えようによっては」

リッキーが顔だけこちらに向け、微笑む。

「はは、確かに。いい考え方ですね。あ、そうそう」

「なんですか?」

「最初に会った時に、〝考える〟と〝悩む〟の違いを話したと思います」

「ああ、目的があるかないかってやつですね」

「そうそう。あれ、もうひとつ捉え方があると思ったんです。一人で抱え込んで、ぐるぐると思考を続けるのが〝悩む〟。みんなで知恵を出し合って、思考を前に進めることを〝考える〟。そうとも言えるなと」

「確かにそうですね」

「西原さんと話をしながら、そう思いました。ただ、みんなで知恵を出し合うにしても、目的がないと意味がない。目的がなくて漫然と話し合うのは、〝チームで悩んでいるだけ〟と言えるかもしれない」

「そんなことを考えていたんですね」

「私にも発見があるんですよ、西原さんとのザッソウには」

「だとしたら、うれしいです」

「暗黙知」

「え? あんもく……?」

「暗黙知、です」

「なんですか、それ。ウォーキングファンタジーのアイテムですか?」

「いえ。個人の経験にもとづいた、マニュアルなどの形になっていない知識のことです。【暗い・黙った】知識と書きます」

「暗黙知……。初めて聞きました」

「一方、マニュアル化され、共有しやすくされたものが形式知」

「ああ、それはイメージつきます」

「ザッソウすると、暗黙知を引き出せることが多いみたいです」

「確かに、先輩に相談した時に聞いたアドバイスは、マニュアル化はされてないですね。先輩の経験があるからこその知識です。暗黙知か……」

「そういった暗黙知は、世の中にたくさん転がっているんです。でも、残念ながら多くの暗黙知は共有されないままのことが多い」

「うん」

「そういう暗黙知をどうチーム全体で共有するか、というテーマで研究をしている方もいらっしゃいます」

「そんなテーマで……」

「いろんな理論があるんです。まぁ、もし興味があったら調べてみてください。あ、あと」

「な、なんですか?」

よくこれだけ話しながら、スピード落とさずに歩けるな……。こっちはもう息が上がってきてるんだけど……。

「ザッソウは雑談と相談を組み合わせた言葉と言いましたが、もうひとつの意味があるみたいです。なんだと思いますか?」

「もうひとつ?」

「ええ、似ていると言えば似ているのですが」

「なんでしょう……はぁはぁ」

こっちはついていくのに必死で、なにも考えられないって。

「雑に相談する」

「雑に、相談?」

「そうです。これ、案外難しいみたいなんですよね」

「雑に相談なんてしていいのかって思っちゃいますけど」

「ええ。でも、本来相談って雑にするものなんじゃないでしょうか?」

「どういうことですか?」

「一人で必死に考え抜いて相談したところで、相談された側はなにを言えばいいかわからないですよね」

「ああ、それは、あの動画の僕ですね。一人で考え込んで、資料まで作って」

「そうとも言えますね。あの未来の西原さんがしていたことは、相談でもないし提案でもなくて、ただの報告だったんじゃないでしょうか」

「報告?」

「報告ってされた側は、さほど言うことないんですよね。もし報告のような相談が、あまりいい内容でなかったら、否定せざるを得ないし、ちゃぶ台返しのようになっちゃうんです」

「ああ、藤田さんも困ってましたもんね。あれは、僕がブレストなのに報告みたいなことをしていたからか……」

「いい発見です。今度、意識してやってみてください。タイミングが大事かもしれませんね」

どうして、リッキーはそんなこと知ってるんだろう。かつてどこかの会社で働いていたのは間違いない気がする。そうでないと、ここまでいろいろなことを知らないはずだ。でも、定年退職するにはまだ若い気もする。そうだ、年齢ぐらいは聞いてもいいかな?

「あの、リッキー、ひとつ聞いていいですか?」

「どうぞ」

「リッキーって何歳なんですか? その……単純に気になって」

「ああ。五十四歳です。来月で五十五歳になります」

あっさり教えてくれた。ということは、やっぱりまだ定年退職する年齢ではない。

「西原さんは?」

「僕は二十四歳です。今年で二十五歳です」

「じゃあ、ちょうど三十歳離れているんですね」

「そうですね。覚えやすくていいですね」

その時、リッキーが握っているスマホから楽しげな音が流れた。リッキーは立ち止まり、スマホを見る。

「やりましたよ、西原さん。ゲットです、星屑のステッキ」

リッキーがこちらにスマホの画面を見せながら、ニコリと微笑んだ。その顔は五十四歳とは思えないほど無邪気だった。普段の無愛想な顔とはすごいギャップだ。

「はぁ、はぁ……よかったですね」

僕は手を膝について、必死で息を整えていた。

「うーん、キラキラしていいですね。これがあれば、きっと倒せるはずです、ブラックゴーレムを」

「よ、よかったですね。はぁ……」

少しずつ、息が落ち着いてきた。というか、僕からすれば、ただすごいスピードで歩いただけで、なんの得もないんだけど……。まぁ、リッキーとザッソウできたから、よしとするか。

「また、変えられるといいですね、未来」

そうだそうだ。せっかく覚えたザッソウを使って、未来を変えないと。

「大丈夫だと思います。ザッソウすれば、きっと変わるはずです」

「私も、そう思います。それにしても、西原さん、割と体力あるんですね。だいぶ歩いたのに」

「ああ、毎週、趣味でバドミントンをやっているので。ハードなんですよ、ああ見えてバドミントンって。学生時代から、ずっと続けています」

「そうなんですか。いい趣味ですね」

「そんなことより、リッキーだって、すごい体力ですよ。僕より三十歳も上なのに」

「登山が趣味で。足腰は鍛えています」

「なるほど。それにしても、いい運動になりました」

僕は息を整えるために腕を回しながら、大きな深呼吸をした。リッキーも僕にあわせて腕を回しながら、大きく深呼吸をする。

「戻りましょうか。今度はゆっくり歩いて」

リッキーはそういうとまた歩きはじめた。宣言通り、ゆっくりだ。さっきとは違い、肩を並べて歩く。

「すっかり、リモートワークが浸透しましたね。西原さんの会社も?」

「ああ、そうですね。僕の会社では、どちらでもいいということになっています。僕も、ときどき在宅勤務しますよ」

「便利な世の中ですね」

「そうですね」

「でも、たまにはこうやって肩を並べて話すのも、大事だと思いませんか?」

「うん、そう思います」

「特に若い人は、いきなりのリモートワークだと、苦労することも多いのではないですか?」

「はい。最初はかなり不安でした。でも今思えば、藤田さんが雑談をいっぱいしてくれたおかげで、いい関係性ができて、安心して働けるようになったと思います」

「なるほど。ということは、ザッソウは、信頼関係を築くのにも使えるのかもしれません」

「言われてみると、この一週間でメンバーへの信頼度は増したように思います。もっと頼っていいんだなって」

「こうやって一緒に歩いたり、一緒にご飯を食べたりしながら、ザッソウをして、少しずつ、じっくりと信頼関係を築いていく」

それって、僕とリッキーが今までしてきたことじゃない? と思ったけど、それは言わないほうがいい気がした。リッキーだったらきっと、はぐらかすような気がしたからだ。

「焦ってはいけないんですよね、信頼関係は」

リッキーのその一言が、なぜか僕にはひっかかった。声のトーンがいつもと違って少し暗い気がしたからだ。でも、このことは聞かないほうがいい気がした。なんというか、リッキーの過去に足を踏み入れそうな気がしたから。

「そうですね。難しいですよね、人間関係って」

僕は無難な相槌を打つ。しばらく沈黙が続くなか、僕とリッキーは同じペースで歩き続ける。ただ一緒に歩いているだけの時間。遠くから虫の声が聞こえてくる。リッキーは、変わらず無愛想な顔のままだ。 ……ふいにリッキーが交差点の前で立ち止まる。

「私の家は、ここを右に曲がったところです。西原さんの家はまだまっすぐですか?」

「ああ、そうです。じゃあ、ここで」

「ええ。ありがとうございました。未来、変わりますように。その……応援してます」

「え? ああ、はい。こちらこそ、ありがとうございました」

「じゃあ」

そう言うと、リッキーは歩くスピードをあげ、風のように暗闇に消えていった。なんで、リッキーがお礼を言うのかよくわからなかったけど……。それに恥ずかしそうに、応援してますって。相変わらず謎の多くて不思議なリッキーだけど、少しずつ、距離が近づいているような気がした。

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