第1章 新米マネージャー

希望を創る商品

本部長から発信された会社の方針をメンバーに伝え、納得してもらう。これも、マネージャーの大事な役割だ。まずは、本部長が言っていた内容をそのまま伝える。

「森沢本部長によると、主力商品頼みの現状を打破するために、今期は新商品の開発に力を入れていくとのことです」

ノートパソコンに書かれたメモをそのまま読み上げる。メンバーからは、特に反応はない。僕は、メモの続きを読む。

「それで……『希望を創る商品』。これが、新商品に求めるコンセプトだそうです。これは、今期がスタートすると同時に発表された、中期経営計画にも記載されています。その経営計画書で掲げられた、この会社の新しいパーパス『社会の希望に繫がる一杯を』を体現すべく、新商品の開発に力を注いでほしい……と、本部長が言っていました」

ひとまず、内容はすべて伝えた。

「パーパスって、会社の存在意義のことですよね」と、赤井さんが身を前に乗り出して反応する。

「そうそう。最近、大事だっていろんなところで言われてるよね。流れに乗って、うちの会社でもパーパス経営ってのを始めるらしいです」

加藤さんが腕を組み、「流れに乗ってね」と鼻で笑うようにつぶやく。古田さんはぽけーっとした顔で手元の手帳を見つめている。

「営利目的だけでなく、社会にどういう価値を提供するのかを、一言で指すのがパーパス。これからの企業は、社会との繫がりをより強く意識することが大切で、自分たちだけが儲かればいいという考えはもう古い。って、この前見た動画で言ってました」

赤井さんの解説を聞いて、古田さんが口を開けて、大きくうなずく。きっと、知らなかったんだろう、パーパスという言葉を。かくいう僕も、つい最近知ったんだけど。

「ということなので、このチームでも新商品の企画を積極的に行っていく必要があります。もし、何かアイデアとかあればぜひ僕に言ってください。ちなみに本部長からは、この第四グループはマネージャーをはじめ、若い人が多いチームだから、フレッシュなアイデアを求めてるよ、なんて言われたんだけど……」

「はい、頑張って考えてみます。いい商品を生み出しましょう!」……みたいなことを誰か言ってくれるのではと、淡い期待を抱いていたけど、予想を裏切らず、メンバーの反応は一様に薄かった。僕の言葉は、誰の耳にも入らずに、そのまま壁に吸い込まれてしまったかのようだった。

「まぁ、会社が勝手に言い出したことだし、みなさんは今の仕事に集中してもらえば問題ありません。企画は、ひとまず僕が考えておきます。他に何かありますか?」

三人はそれぞれのタイミングで首を横に振る。なんとも、静かな打ち合わせだ。かつての僕の上司であり、理想のマネージャーでもある藤田さんのチームでは、いつも打ち合わせは盛り上がっていた気がする。まだまだ僕のマネージャーとしての腕が足りないんだろうな……。

「では、定例のチームミーティングを終わりにします」

僕の一言をきっかけに、一斉に三人は立ち上がり、特に会話を交わすことなく、静かに部屋を後にした。

「さぁ、みんなでアイデアを出し合って、会社のパーパスを実現できるような素晴らしい新商品を考えましょう」

そう小声で唱えながら、屋上の休憩スペースのベンチに力なくもたれかかる。

リーダーである僕の熱い言葉に感化されたメンバーたち。まずはベテランの加藤さんからアイデアが出てきて、次に古田さんが独創的な発想を出し、赤井さんも頑張って考えを絞り出す。そして、僕がその場で思いついた斬新なアイデアを出し、メンバーから感嘆の声が上がる……はずだった。

はぁ……とため息をつき、缶コーヒーを口に運ぶ。

セルフマネジメントは身についた。仕事で成果を出せる自信もある。でも、チームのマネージャーとしてはうまくいかない。

まぁまぁ、まだマネージャーになって二ヶ月だし、と自分を慰めてみるけど、コーヒーの味はいつもより苦かった。

「……俺も聞いたよ、この前の管理職会議で。パーパスだなんだって、また流行り言葉に乗っかってさ」

ベンチの後ろにある喫煙スペースのパーテーションの向こうから、トゲトゲしい声が聞こえてきた。どこかのチームのマネージャーだろうか。

「俺も同じこと思った。新商品に力を入れなければって、これまで何回も言われてきたけどさ。うちらだって主力商品の面倒みるだけでもいっぱいいっぱいで、手を抜いてるわけじゃないっての」

もう一人の声も、随分トゲトゲしい。どこか、疲れてるような気もする。言っていることは、痛いほどわかる。

「能力とか経験値のある社員は、主力商品につけざるを得ないし。新商品まで手が回せるほどの余裕はないよね。それに、今だって、新商品がゼロなわけではないし」

「その新商品が、無難なものばっかになってるから、それも変えたいんでしょ? 上としては」

「だと思う。そりゃさ、手堅い、無難な新商品ばっかなのはわかるけど、リスクを冒す必要もないし。そもそも希望を創る商品って言われても、よくわかんないよなぁ。それに、そうやって要求するなら、人を増やしてほしいよ。あれやれ、これやれって。現場はひーひー言ってるのにさ。この前も、二人辞めたでしょ?」

「辞めた。うちの部下にも、一人怪しいやつがいる。まぁ、若いやつに適当にやらせておくしかないな」

「うーん、そうなるよね。何もしないわけにもいかないし、かといって主力にお願いできる状況でもないし」

森沢本部長は、若い、フレッシュなアイデアを求めてるよ、とことさら僕に期待をかけるようなことを言ってきていたけど……。

「半年もすれば、役員たちだってすっかり忘れてるよ。毎度のこと」

「そういえば、今回の方針って、新しく入ってきた副社長が言い出したんだって?」

「らしいね。強気な女性みたいだし、周りのおじさんたちが何も言えないんじゃない」

乾いた笑い声が起きる。

副社長と言えば、今期から新しく入ってきた人だ。ベンチャー企業で役員を務め、日本を代表するメガベンチャーに成長させた貢献者として、メディアでも名前が挙がるようなすごい人だって聞いている。社長とのコネとは聞いたけど、いくらコネがあるからって、なんでそんなすごい人がこの会社に入ってきたんだろう。

「行くか」

パーテーションから二人が出てくる音がする。僕はさっとスマホを取り出し、話を聞いていない素振りを見せる。背中越しなので、誰かはわからないけど、この会社にいる人の大半がああいう感じだから特に驚きはしなかった。

「若いやつに適当にやらせておくしかないな」という声が、頭の中で何度も繰り返される。

確かに、僕のチームは若い人が多いし、主力商品のリニューアルも担当しているとはいえ、三番手、四番手の商品ばかりだ。体よく、新商品に力を入れているように見せるには、僕のチームから企画を出させるのが一番いい。そう、森沢本部長も思っているのかもしれない。

「会社は新商品、新商品と言っているが、主力商品の売り上げを維持することが何よりのミッションだ。それだけは忘れないように」

そういえば、森沢本部長は、最後にそう言っていたな。森沢本部長も、新商品開発にはあまり乗り気じゃないんだろう。

希望を創る商品。僕は、正直この言葉を聞いた時に胸がときめいた。この会社に足りないのは、まさに希望を創ることだ。本当に、そう思ったんだ。でも、他の人たちはどうもそうじゃないらしい。

複雑な気分だけど、考えないといけないよな。若くて、フレッシュなアイデアってやつを。でも、今のチームからそんなにいいアイデアが出るとは思えない。僕が、頑張るしかない。リーダーの、僕が。

いつの間にか、どんよりとした雲が空を覆っていた。今日何度目かわからないため息が、梅雨どきの黒い風に混ざって、地面に落ちていった。

新米マネージャー、最悪な未来を変える
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