第3章 問題vs私たち

部下が仕事を全然してくれなくて⋯⋯

昼過ぎに浜村部長からかけられたプレッシャーを感じながらも、古田さんの資料の修正やマネージャーとしての会議の準備に追われ、結局そのまま一日が終わってしまった。

最近、こんな毎日の繰り返しだ。もっと、リーダーとしてスキルを伸ばさないといけないのかな。キャパシティってやつを、増やさないと……。

帰り道、疲れ切った僕は好きなお笑い芸人のポッドキャストを聞き、コンビニで買ったチキンナゲットを食べながら自宅へととぼとぼと歩いていた。ふと見上げた空は、一面分厚い雲に覆われている。

もしかして、できるリーダーだったら、こういう帰り道の時間でも有効活用して、企画を考えたりするのかもしれない。でも、どうもそんな気になれなかった。頭が、回らない。しばらく歩くと、いつもリッキーと話す公園が目に入ってきた。リッキーは、すぐにでもまた会うことになるなんて言ってたけど、本当かな。もう二週間経つけど。

最後のチキンナゲットを口に運び、手を拭くために鞄からポケットティッシュを取り出そうとすると、一枚のポストカードがヒラヒラと飛び出してきた。

ポストカードは風で飛ばされ、公園の入口にある木の根元にふわりと着地した。僕は急いで追いかけて、ポストカードを拾う。そのポストカードには、四つのQRコードが並んでいた。

そうだ、リッキーからもらった、FVSの動画が見れるQRコードだ。公園を見ると、薄明かりに誰も座っていないベンチが照らされている。

僕はポストカードを手に、ベンチに向かう。見よう、未来の動画を。このまま、今日みたいな一日を繰り返したら、どんな未来がくるのか。見れる権利があるのに、それを放棄するのはもったいない。

胸ポケットからスマホを取り出し、QRコードを読み込む。ついこの前、最新の情報を入力したばかりなので、そのまま動画の生成がスタートする。

鞄からペットボトルのお茶を取り出し、一口飲む。そして、大きく深呼吸した。

ほどなくして、動画の生成が終わり、いくつかの動画が並ぶ。その中の一つに【部下が全然仕事してくれなくてさ……】というタイトルのものがあり、ギクッとする。ワイヤレスイヤホンをつけ、もう一度深呼吸をして、お腹にグッと力を入れると、その不穏なタイトルの動画の再生ボタンをタップした。

――とある水曜日の午前中 マーケティング部第四グループのデスク

「古田さん、またか……」

健太が頭を抱え、うなだれながら小さい声でつぶやく。

「はぁ……まぁ、マネージャーとして、資料を直すのはいいんだけど、こう……」

……って、あれ? 急に音が聞こえなくなった。Bluetoothが切れたか、イヤホンのバッテリーが切れたか……。ふと顔を上げると、目の前に満月が現れた。あれ、今日は曇り空のはずだけど……いや、これは、満月じゃなくて……。

「ズルいですよ、独り占めは」

後ろから、馴染みのある声がする。

「リッキー?」

そう言いながら、後ろを振り返ると、ニコリと微笑むリッキーがいた。右手に満月を抱え、左手はジャケットのポケットに突っ込んでいる。

リッキーは満月……じゃなくて、多分グレープフルーツを右手でポンポンと軽く投げ、「いい感じではなさそうですね」と言いながら、ベンチに座る。左側のポケットから手を出すと、イヤホンを僕に差し出してきた。

「はい、お察しの通りで」と言いながら、イヤホンを受け取る。

口をヘの字にしたリッキーは、グレープフルーツのようなものを高く上に投げると、胸元でキャッチした。

「見ましょうよ、一緒に。せっかくですから」

僕は少し強がるようにしてグーサインをすると、スマホの音量を上げ、再生ボタンをタップした。

――とある水曜日の午前中 マーケティング部第四グループのデスク

「古田さん、またか……」

健太が頭を抱え、うなだれながら小さい声でつぶやく。

「はぁ……まぁ、マネージャーとして、資料を直すのはいいんだけど、こうも何度も続くとなると……」

ぶつぶつとつぶやきながら、カチャカチャとノートパソコンのキーボードを叩く健太。

「提案書、見たけど、どうしようかね」

同じようにぶつぶつとつぶやきながら、のそっと浜村部長が健太のもとに近づいていく。

「ああ、とりあえずいくつか企画案としてまとめてみましたけど……」

「うん、いや、悪くはないんだけどさ」

「よくもないですよね」

「うーん……森沢本部長の好みではあるんだけど。『希望を創る商品』かと言われると、そうでもないというか」

「そうなんですよね……」

「まぁ、いったんこれで出してみようか。出さないよりはマシだし。どうせ、森沢本部長も何が希望なのかなんて、判断つかないよ」

「はい、出しちゃいましょう。なんとか、やり過ごせることを祈るしかないですね」そう、吐き捨てるように言うと、健太はまたすぐにノートパソコンをカチャカチャし始める。浜村部長は無言でうなずきながら、のそっとその場を後にする。

健太の眉間にどんどんとシワが寄っていく。

赤井がそんな健太の様子をチラッと横目で見る。心なしか、怯えているようだ。その隣の加藤は、我関せずといった表情で、仕事をしている。

少しすると、古田がノートパソコンを片手に、自分のデスクに戻ってきた。

「古田さん、ちょっといいですか?」

健太が、古田にトゲトゲしく声をかける。

古田は何も言わずに健太のもとに近づいていく。赤井はその様子を見て、さらに怯えているようだった。加藤は、変わらずそしらぬ顔をしている。

「ちょっと、単純なミスが多すぎるかもしれないですね」

健太は感情を抑え込むように、冷静なトーンで話そうとする。ただ、トゲトゲしさを完全になくすことには、失敗していた。

「す、すいません……。気をつけます」

「もっと、集中して仕事しましょう。そうすれば防げるはずです」

「はい。あの、自分で直しますので」

「いや、僕がやっておきます。そのほうが早いので」

「わかりました」

肩を落とした古田は、軽くお辞儀をすると自分の席に戻っていく。赤井が苦虫を潰したような顔で、一連の流れを見つめている。加藤は自分の仕事が終わったのか、さっさと荷物をまとめて、「お先に」と言ってフロアを出て行った。

古田は席についた途端、「はぁ……」と大きなため息をつく。そのため息に触発されたのか、赤井も「はぁ……」と、周りに聞こえないように小さくため息をつく。

健太はそんなメンバーたちの様子を気に留めることなく、ゴホンッと、大きな咳払いをすると、また眉間にシワを寄せてキーボードをカチャカチャ叩き始めた。

―― とある居酒屋のカウンター席

健太がジョッキに注がれたビールを、うなだれた様子でぐいっと口に流し込む。隣では、同期の内田が、健太とは対照的に意気揚々とビールを口に流し込んでいた。

「マネージャーって大変だよね」

健太が濁った緑色の枝豆を口に運びながら、内田に愚痴をこぼす。

「だよな。まぁ、でも、これを乗り越えないと、出世できないから」

「出世なぁ……」

健太が頭を抱える横で、「リーダーが人一倍仕事しないと」と内田が力強い言葉を発する。

「そうだよね。俺も、自然とそうなってるよ。今日だって、部下が作った資料を直して、リーダー会とかの資料を準備してたら、あっという間に時間が過ぎてた」

「同じようなもんだよ。でも、俺は案外楽しんでるよ。なんか、働いてるって感じがするじゃん」

「もうちょっと、部下がちゃんと働いてくれれば楽になるんだけどな……。どうやって指導したら、変わるかな……」

「大変そうだな。うちのメンバーはみんな頑張ってくれてるから。俺も一層頑張らないと」

「それは、いいね。一人さ、やる気があるのかないのかわかんない子がいて。どうすれば、変えられるかな……」

「注意するしかないんじゃないか」

「してるんだけどね。はぁ……本当に大変だよ。部下が仕事してくれなくて……」

開くたびに愚痴が溢れる口に、ひたすらビールを流し込む健太を、内田は憐れむような目で見ていた。

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