第2章
最悪な未来、再び

眩しい光景

重たい気持ちを引きずったまま仕事を終えた僕は、自宅に帰るために、とぼとぼと地下鉄の駅に向かう。地下へ降りる階段に差し掛かろうとした時、胸ポケットのスマホがブルブルと震えた。スマホを取り出しながら、ゆっくりと階段を下っていく。前方に誰もいないことを確認すると、スマホの画面に目をやる。

通知センターという大きな文字の下に、見覚えのあるアプリのアイコン。その横には、「FVS 一件の通知」という文字。

ドクンッと心臓の音が大きく鳴る。FVSというのは、「Future Vision System」の略で、アメリカの企業が提供する、自分の未来の予測動画が見られる先進的なアプリだ。利用料が高額なため、使う人は限られているのだけど、五年前に運よくリリース記念キャンペーンに当選した僕は、一年間無料で使うという体験をしていた。

五年前の無料体験の中で、最初に見た未来の動画は、「冴えない中年男性になった自分がリストラされる」という最悪な内容だった。でも、その動画がきっかけとなって、僕は自分自身を変える一歩を踏み出すことになる。

……というと格好よく聞こえるかもしれないけど、僕にとっての最初の一歩は、公園で出会った不思議な男に、「どいてください」と声をかけられたことだった。

五年前のことを思い出しながら、改札を通り、ホームに降りていく。ちょうど、自宅の最寄り駅までの電車が来たところだった。スマホを胸ポケットに入れ、少し駆け足気味で最後尾の車両に乗り込む。帰宅ラッシュの時間帯なので、座席はすべて埋まっていた。最後尾だったので、車掌室の壁にもたれかかる。

電車の中はやけに湿度が高く、息がしにくい気がする。我慢できずに僕はネクタイを緩め、首元のボタンを外す。

ふと前を向くと、座席の一番手前側に座る、二人組のビジネスパーソンが目に入ってきた。一人は僕より少し年上で三十代半ばぐらいの無精髭が似合う男性、もう一人はおしゃれなパーマをかけた若い男性だった。

「課長、さっきの打ち合わせ、テンパってませんでした?」

パーマの若い男が、無精髭の男に話しかける。

「え、バレてた? だって、持ってきた資料間違えちゃったんだもん」

「だから、僕がプリントアウトして準備しておくって言ったじゃないですか」

「いや、だってあなたも今日は打ち合わせがたくさんあったでしょう。資料ぐらい、自分で準備しようと思って。そしたら、先週と同じの持ってきちゃった。まぁ、しゃべりでなんとかなったから、よかったけど」

「結局、お客さんは満足してましたしね。僕もとっさにあれだけ話せるようにならないとなぁ」

おそらく、上司と部下だろう。二人とも表情が明るく、仕事をやり終えたという、充実感が伝わってくる。

加藤さんとは、あんな風にフランクには話せないな。古田さんとも、無理だろう。赤井さんとなら……いや、でも、真面目で遠慮がちな彼だったら、もっと当たり障りのない話になりそうだ。

尊敬すべき上司だった藤田さんと、部下だった頃の僕だったら、きっと同じような会話が起きてたと思う。いや、実際に同じような会話をしてたような気もする。

ガタンと電車が揺れ、体が軽くよろめく。

いつもだったらなんてことないのに、今の僕には眩しすぎる光景だ。そんな光景から、目を背けるために、胸ポケットからスマホを取り出す。

ああ、そうだ、通知がきていたんだ。未来が見える、FVSから。何も考えず、僕は通知ボタンをタップする。

キャンペーンでの無料体験期間を終えてから、今日までのおよそ四年間で、通知がきたことなんて一度もなかった。それが、なんで、今日みたいなそっとしておいてほしい日に……。

FVSが開かれると、最初にメッセージが表示された。

「西原健太様 五年前のキャンペーンでは、無料体験を通じ私たちに貴重なフィードバックをいただき感謝しております。このたび、リリースから五周年を迎えるにあたり、サービス初期の開発に多大なる貢献をしていただいた西原様に、感謝の気持ちを込めて数本の未来動画をプレゼントさせていただきます。詳しくは、以下のページをご覧ください。それでは、未来の動画によって、再びあなたに刺激ある日々と幸運が訪れますように。Chief Development Officer/Melissa Miller」

どうやら、もう一度、未来の動画が見れるようになるらしい。このFVSはリリース当初は高額な利用料から、一部のセレブ層にしか手が出せないサービスだった。その後、少しずつ利用料は下がってきたんだけど、それでも一般人が手を出すにはまだまだ難しい金額だ。

ただ、それでも YouTuberが話題作りで手を出す程度の金額にはなってきているので、一般的な知名度は前よりも上がってきている。

そんなサービスを、また無料で利用できるというお知らせは、普通だったら嬉しいはずだ。半年前の僕だったら、無邪気に喜んで友達に自慢していたと思う。でも、気持ちが沈んでいる今の僕にとっては、余計なお世話以外の何物でもなかった。

メッセージの下にあるボタンを押すと、「データ登録」と大きく書かれたページに遷移する。そうだそうだ、ここで、最近の自分や周囲の人の写真と簡易的な情報を入力することで、未来の動画を生成できるようになるんだった。

どうしよう。なんというか、今、この状態で、未来の動画が生成されることに対しては、嫌な予感しかしない。やめておこうか。別に、無料で見れるからって、絶対に見ないといけないわけじゃない。拒否する権利はこっちにある。

もう、FVSのことは忘れようと、スマホから視線を外し、前を向く。すると、またさっきと同じ上司と部下による、眩しい光景が目に飛び込んできた。

さっと、スマホに視線を戻す。あっちを見ても、こっちを見ても、気分が落ち着かない。場所を変えればいいんだけど、どんよりとした心が重りとなって足が動かない。

はぁ……とため息をつき、やけくそ気分でFVSに情報入力をし始める。無心で、画面に表示される指示通りに、情報を入力していく。

自宅への最寄り駅に着いたと同時に、入力が終わり、「動画生成中」という文字が出てきた。電車を降りようと、視線を前に向ける。いつの間にか、あの上司と部下はいなくなっていた。

改札を出て、自宅へと向かっていく。自宅までは大通りを歩いて十分程度。大学卒業後、入社に合わせて引っ越して以来、ずっと自宅は変わってない。

ふと立ち止まり、空を見上げると、大きな満月が上っていた。コンソメ味のポテトチップスみたいだ。

そういえば五年前に、FVSで最悪な未来の動画を見た時も、満月だった気がするし、同じようにポテトチップスだと思って眺めていた気がする。

ブルル。立ち止まり、満月を眺めていると、胸ポケットの中で、スマホが震える。まさか、もう動画ができた?

スマホを取り出し、顔認証を終えると、パッとFVSの画面が映る。そこには、いくつかの動画のタイトルとサムネイルが並んでいた。どうする健太、きてしまったぞ、未来の動画が。

心では「見たくない」と思っていても、目が勝手に画面に並ぶ動画タイトルの文字を追っている。やめろやめろ、と心で唱えても、僕の目は止まってくれなかった。ざっと見る限り、心配していたような、最悪な未来のタイトルはなかった。

それでも、油断はできない。画面をスクロールすれば、下からまた動画が出てくる。おそるおそる、左手の親指で画面をスクロールする。鞄を持つ右手にグッと力が入る。

次の瞬間、さっきまで握りしめていた鞄の取っ手が手からすり抜け、ドンッと鈍い音を立てて地面に落ちた。

【チームの崩壊……】というあまりにもストレートなタイトルが目に入り、全身の力が抜けてしまったのだ。膝に力が入らず、今にも崩れ落ちそうだった。

新米マネージャー、最悪な未来を変える
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