第4章 言いたいことを言い切る

意見をぶつけ合う

――リッキーとの対話の翌日

「……と、今日はあくまで頭出しのみになりますが、このような商品のブランディングをお願いしたいと考えています」

僕は、新商品のパッケージデザインやネーミングなどのブランディングをお願いするアールスタジオに、赤井さんと共に来ていた。

「わかりました。素敵な商品にしましょう。それにしても、健太さんも、いよいよマネージャーですか」

向かいに座るのは、僕がずっとお世話になっているアールスタジオのディレクター、林さんだ。林さんには、僕が担当するオウンドメディアをはじめ、様々な仕事をお願いしている。物腰は柔らかいけど、モノ作りには強いこだわりを持っていて、頼りになる、僕にとってお兄さんのような存在だった。

「はい。まだ慣れないですけど。これからもよろしくお願いします」

「メディアの方向性でぶつかったのがつい最近のようです」

「いや、もう五年も前の話です。それに、ぶつかったなんて」

そうそう、初めてリッキーと会った五年前、僕は林さんから提出される、オウンドメディアの原稿の方向性について、すれ違いが起きていたことに悩んでいた。先輩から「目的をもう一度共有したら?」とアドバイスを受け、そこから林さんとより綿密にコミュニケーションを取るようになったことで、物事は一気にいい方向に向かったんだ。

思えば、その時はちゃんと自分の〝言いたいことを言えた〟ことがよかったのかもしれない。林さんもしっかりと意見を聞いてくれたし、自身の意見も、僕に〝ぶつけて〟くれた。

「いや、確かにあの時はぶつかってましたね」。僕は、さっきの言葉を取り消し、話を続ける。五年前の僕は、意見を言う大切さに気づいていたはずだった。それと同じ経験を、チームのメンバーにもしてもらう必要があるってことだよね、リッキー。

「高い成果を出すには、ぶつかり合いが必要だって、あの時、林さんから教わりました」

その時、ガチャッとドアが開き、見知らぬ異様な男が顔を覗かせた。真っ黒に日焼けし、胸元のボタンを開け、ゴールドのネックレスがブランブランと揺れている。

「いい話です、ソレ!」

男はそう言いながら、部屋の中に入ってくると、ドスンッと勢いよく林さんの隣の席に座る。

「なんだ、聞いてたの?」と林さんが男に顔を向け、親しげに話しかける。不審者ではないようだ。

「うん、入ろうかと思ってたけど、いい話っぽいし。腰折っちゃダメだと思って。アハハ」

男はそう言うと、ニカッと真っ白い歯を見せて笑う。そして、こちらを向くと手を上げて「どうも、本田です」と挨拶をした。僕はどうしていいかわからず、林さんに視線を向ける。

「ああ、今回のブランディングを担当する本田です。僕と同期で、変わったやつなんだけど、腕は確かですから、安心してください」

本田さんが、ぐっと体を前に倒し、満面の笑みでこちらに手を差し出す。僕はなんとか微笑みを顔に浮かべながら、握手をする。続いて、僕よりも怯えている様子の赤井さんの手をぎゅっと力強く握る。本田さんの胸ポケットに刺さったサングラスが、右に左に揺れる。

「すいませんね、前のミーティングが長引いて遅れちゃいました。話は後で林から聞いておきます。中味の開発はいい感じですか? 味、気になります」

不意の質問に、僕はたじろぐ。

「ああ、ぼちぼち。明日、消費者テストがあるので、その結果でおおよそ方向性が決まるかと」

「アハハ、その様子だと苦戦してるみたいですね。そのほうが、いい商品になりますよ」

その後、本田さんが過去に手がけた仕事なども紹介してもらい、ミーティングの時間が終わった。僕がよく食べるレトルトカレーのブランディングを担当したと聞いた時は、思わずテンションが上がったなぁ。確かに、変わった人だけど、実績は十分だ。

アールスタジオを後にし、赤井さんと肩を並べて駅まで向かう。そうそう、本田さんの登場で話が変わってしまったけど、意見を言うことの大切さを、五年前の僕は実感していたんだ。今度は、自分だけじゃなくて、チームのメンバーにもしてもらう番。

「あのさ、赤井さん」

「はい」

「例のグレープフルーツジュースの味なんだけど」

「ああ、はい」

この後、なんと言えばいいんだろう。素直に、自分の思っていることを言うしかないか。

「僕は、今の第一候補になっているオーソドックスな味がいいんじゃないかと思ってるんだけど。赤井さんはどうかな?」

どうだろう、言いづらいかな……。

「ああ、その……。僕も、それがいいかと思います」

うーん。どうも、喉に何かが引っかかってる言い方だな。

「そ、そう? なんで、それがいいと思う?」

僕は、もう一つ深掘りをする。

「え、なんでって……。みんな、それがいいと言ってますし……」

それでは、答えになってない。これまでの僕ならここでなぁなぁに終わらせていたかもしれないけど、今は違う。いい感じのチームにするために、前に進まないといけない。バッグの持ち手を、ぎゅっと強く握る。

「それは、そうなんだけど、赤井さんはどう思うかなって」

僕は心の中で一歩踏み出し、さらに深掘りをする。これだけだと言いづらいだろうから、もう少し意見が出しやすいように……。

「どんな意見も、いい商品を作るためには必要なんだ。このチームで、いい商品を作るために、メンバーの意見はしっかり聞いておきたくて」

この一言を、なんでもっと早く言えなかったんだろうと思う。藤田さんの背中が頭をよぎる。赤井さんの横顔が明るくなる。

「ああ、そうですよね。えっと……実は……」

そうそう、言っていいんだよ、赤井さん。

「オーソドックスな味の方向も悪くはないと思います。でも、それってあのグレープフルーツでなくてもいい気がして」

「なるほど。でも、あの苦味をそのまま活かそうとすると、さすがに刺激が強すぎないかな。オーソドックスな味でも、十分苦味は感じられるし」

僕は僕で、しっかりと自分の意見を〝ぶつける〟。僕だって、何も考えずにオーソドックスな案を推しているわけではない。「そうですよね……」と言いながら、赤井さんの歩くスピードが少し遅くなる。僕も、それに合わせて歩くペースを落とす。赤井さんが、手を額に当てながら、ゆっくりと、口を開く。

「僕もなんと言えばいいのかわからないんですけど……。この商品は、希望を創る商品、挑戦的な商品である必要があるんですよね。だったら、味だって尖ってていいんじゃないかと思うんです。万人受けはしないかもしれませんが、そもそもそれがあのグレープフルーツの持ち味です。全員の七〇点じゃなくて、誰かの一〇〇点を狙う。そういう商品であってもいいんじゃないでしょうか」

赤井さんの意見に、僕は開いた口が塞がらなかった。確かに、そうだ。そもそも、この商品自体、挑戦が求められている。そして、特徴のあるグレープフルーツに着目した。それにもかかわらず、僕はこれまでの商品開発の慣習に沿って、飲みやすい無難な味を選ぼうとしていたのではないか。赤井さんが、まだ話を続ける。その声には、熱がこもっていた。

「あ、あと、グレープフルーツを作っている、飯村さんのおじいさんは尖った味にして、気に入ってくれた人が町のことを少しでも好きになってくれればいいって、言ってたみたいなんです」

「え、そんなこと言ってたんだ」

「ああ、あの、いつかの打ち合わせで、健太さんと古田さんが少し遅れてきた時ありましたよね。それで、二人が来るまでの間に、飯村さんと話してた時に聞きました」

飯村さん、そんな大事な情報をなんで赤井さんだけに……。いや、そういう話を赤井さんができる環境を作れてなかったのは僕の力不足だ。赤井さんとのザッソウを通じて、僕の気持ちは、刺激を強めた味の方向性にシフトしてきていた。

「赤井さんの言うことはすごく理解できるし、正直、今の僕の気持ちは刺激強めになってる」

そう、僕は笑みを浮かべながら言う。

「え、本当ですか? でも、僕個人の意見なんで」

「大事な意見です。希望を創る商品にするために、赤井さんなりに一生懸命考えてくれていたんですからね。僕は、これまでの仕事のやり方に慣れすぎていて、ついつい無難なほうに傾いていたかもしれない」

僕は、自分がなぜ飲みやすい、無難な味を選ぼうとしていたかを素直に伝える。

「よかったです。でも、まだ決まりじゃないですよね」

「うん、明日の消費者テストでは一番刺激が強い味、つまり素材をそのまま活かしたものは出さない方向性だったんだけど、ちょっと方針を変えよう。でも、その前に部長にも一言入れておかないとな……」

「本部長は、無難な味をすごく推してるんでしたっけ」

「そうなんだよ。まぁ、僕もそれに乗っかっちゃってたんだけど」

その後、商品について二人で意見を交わしながら、会社に着く。僕はフロアに着くと、そのまま浜村部長のもとに行き、味の方向性について先ほどの議論を元に意見を伝えることにした。先に古田さんにも話を伝えておきたかったけど、あいにく席にはいなかった。浜村部長は、何かの資料に目を通していたけど、忙しそうには見えなかったので話しかける。頼りがいがない人だけど、気兼ねなく話せるのは、浜村部長のいいところなのかもしれない。

「……そのため、刺激の強い味も、消費者テストには出そうと思います」

「え? 大丈夫? もし、それが評価されちゃったら、本部長はどう言うかな。最近、本部長も副社長から発破かけられて余裕なさそうだし」

「でも、今回の商品は無難な味を選んだら意味がないと思うんです。ついさっきまで、僕も無難な味で……と思っていたんですけど、メンバーと話をして、考えを改めました」

「他のメンバーの意見も聞きたいな。ちょっと、あっちの部屋で話そうか」

僕は、赤井さんに声をかけ、浜村部長が先に待つミーティングルームに向かう。途中、古田さんがフロアに戻ってきたので、ついでに声をかける。ちょうど、この先の予定はないとのことで、急遽一緒にミーティングに入ってもらうことにする。

部屋に入り、全員が席に座ると、僕は赤井さんとの議論、赤井さんの意見、そして、明日の消費者テストの方針変更について、全員に向かって説明をした。古田さんも、飲みやすい味に賛同していたけど、この話を聞いてどう思うか……。

「他の二人はどう思う?」

浜村部長が赤井さん、古田さんに声をかける。赤井さんは、そもそもこの意見の発信者でもあるので、改めて赤井さんの口から同様の意見が話される。続く古田さんの表情は曇っていた。

「私は……」

口をモゴモゴさせながら、下を向く古田さん。

「古田さん、どんな意見も、いい商品を作るために必要だから、気兼ねなく言ってください。チームで、いいものを作るために、必要なことです」

赤井さんに伝えたことを、同じように伝える。古田さんの顔が明るくなり、口を開く。

「私は、刺激が強いのは反対です。希望を創ることと、刺激が強い味の商品を出すのは、必ずしも一致しないと思います。刺激をマイルドにしても、あのグレープフルーツの魅力は十分に伝わるのではないでしょうか。まぁ、消費者テストの一つに出すこと自体はいいかと思いますけど……」

「でも、マイルドにしたら、あのグレープフルーツでジュースを作る意味がないんじゃないですかね? 作り手である、飯村さんのおじいさんだって、あの刺激のある味を活かしてほしいって言ってるんですよ」

古田さんの意見に、赤井さんが反論する。さっき、僕と話していた時と同様に、その声には熱がこもっている。

「あのグレープフルーツの特徴を活かすことには賛成です。でも、だからといって、飲む人を変に驚かすのもどうかと……。普通、グレープフルーツジュースといえば、飲みやすくて、スッキリする味を求めるじゃないですか」

「だから、普通じゃダメなんですよ、今回は。普通の味にしたって、グレープフルーツにも、それが生み出される町にも注目は集まりませんよ」

二人の議論が白熱し始めた。だ、大丈夫かな……。これまでにない、意見のぶつかり合いに、少し不安になる。浜村部長はのんきな顔で二人の議論を眺めている。本当、頼りないな、この人は……。

「普通じゃダメだって赤井さんは言うけど、国産グレープフルーツで、こだわりのある数量限定品で、町おこしともコラボレーションするっていろいろ話題性はあるでしょ。マイルドにするからって、味にこだわらないわけじゃないし。あとさ、パッケージデザインを若い人に受けるようなものにするとか、まだいろいろ工夫はできるはず」

「若い人って言っても、いろんな好みがあるから、無難な味だと見向きもされないですよ。いくらパッケージデザインをよくしたって、中味がよくなければすぐに忘れられちゃいますって」

赤井さんと古田さんは仲がいい分、言葉にも遠慮がなくなってきた。ちょっと、このままいくと本当に喧嘩になっちゃうかも。いい加減、止めようか……。ちょっと、落ち着こうか、と喉まで出かかった時、「言いたいことを言い切る。それができるチームは強いですよ」というリッキーの言葉が頭に響いた。そうだ、ここで止めたら、言い切らないまま終わってしまう。それだと、チームとして強くなれない。

いや、待てよ。なんなら、僕も飛び込んじゃおう、この意見のぶつかり合いに。手元にあったペンをかざし、話に割って入る。

「僕も、ついさっきまでマイルドな味がいいと思っていました。でも、それってこの会社の常套手段で、それに頼っていては新しい希望は生み出せないって、赤井さんと話していて気づいたんです。だから、今は刺激のある味に心が揺れている」

ペンを左右に振りながら、迷いが生じていることを正直に伝えると、二人は大きくうなずいてくれた。

その後も、三人がそれぞれ自分の意見を出し合う時間が続く。浜村部長は、ずっとのんきな顔をして、時々うなずきながら聞いていた。いや、話を聞いているのかどうかすら怪しい表情をしている時もあった。それでもお構いなしに、三人で話し合いを続けた。

「私の言いたいことは全部言えました。これで、消費者テストの結果を受けて、刺激が強い味になっても後悔はありません。健太さんや赤井さんの考えも理解はできていますから。むしろ、今はどっちも同じぐらい、いいなという気持ちになっています」

古田さんが親指を立てながら、満足そうな顔でそう言ったところで、話し合いが終わった。

三人それぞれ、これまでにないぐらい、意見を出し合った気がする。

「赤井さんも、言い残したことはないかな?」

僕は、念のために、赤井さんに問いかける。

「はい。僕も、言いたいことを言えたので。どういう結果になっても、不満はありません」

僕も同感だ。これで、消費者テストの方向性は決まった。

「では、消費者テストには、刺激の強いものも入れるということで進めましょう。急に時間をもらってすいません。それぞれの仕事に戻ってください」

すぐに関係各所に連絡を入れないと。この後の段取りを考えながら、急いでノートパソコンをたたみ、席を立つ。古田さん、赤井さんも同じように荷物をまとめる。

「あ、あの……」

ん? 誰の声だ。ドアの方向に体を向けたまま、首をひねって振り返る。そこには、腕を組んで、目線を彷徨わせている浜村部長がいた。

あ、話し合いが面白くて、忘れてた。浜村部長に意見を聞くの。

「浜村部長は、どう思いますか?」

僕は、くるっと体を回転させながら、浜村部長に尋ねる。古田さん、赤井さんも浜村部長に視線を集める。

「う、うん。君たちがそれでいいなら、いいと思うよ。森沢本部長がなんて言うかわかんないけど。ま、まぁ、なんとかなるんじゃない」

「ありがとうございます。おかげでいい話し合いができました」

これは、本当のことだ。浜村部長の意図はわからなかったけど、メンバーと話せたのは本当によかった。僕がお辞儀をすると、赤井さん、古田さんも合わせてお辞儀をする。顔を上げると、浜村部長はまだ目線を彷徨わせていた。

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