第4章 言いたいことを言い切る

言いたいことを言えない

えっと、急にリッキーと出会って、ヘンテコな議論が始まって混乱してしまったけど、確か、ついさっき僕は、調子がいい時に未来の動画を生成したらどうかと思いFVSを触っていたんだ。それで、今、その動画が生成されて、きっと、最高の未来の動画が見られる……はずだった。でも、これまでリッキーと出会う時は決まって、最悪な未来を見た後だった。つまり、リッキーが現れたということは、最悪な未来の動画が生成されている可能性がとても高いということだ。

いや、でも、今日は動画を見る前に出会った。つまり、いつもと違う展開だ。ということは、動画の内容も、いつもと違って、最悪ではなく、最高な未来だという可能性もある。そうだ、そうに違いない。

リッキーは、前傾姿勢になりながら、浦島太郎の頭を撫でている。僕はリッキーに気づかれないように、そっとスマホをタップしたり、スクロールしたりしながら、生成された動画を確認する。

「にらめっこしましょう、あっぷっぷー」

リッキーは、浦島太郎とにらめっこを始めた。僕は、サムネイルとタイトルを一つずつ確認していく。いつも通り、何気ない日常の動画が続く。お、サムネイルにスーツを着て、デスクに座る僕が出てきたぞ。ちょっと、元気なさそうにうなだれてるのが気になるけど、タイトルは……。【言いたいことを言えない】。あれ、なんかあんまりポジティブじゃないけど、大丈夫か。いやいや、タイトルだけで判断するのは早い。タイトル詐欺の場合もある。ほら、YouTubeだって、あえてネガティブなタイトルにして、見てみると実はいい内容だったみたいな流れもよくあるじゃん。

どうしよう、今、ここで見るか。後で見るか。もちろん、最悪な未来の動画の可能性もゼロではない。せっかくだから、リッキーと見るか。でも、自分から見ようと言うのは、かなり勇気がいることだった。前は動画を見ている途中に、突然リッキーが現れたけど、今回は違う。どうしよう、どうしよう。

リッキーはさっきから一言もしゃべっていない。ずっと浦島太郎と戯れているのだろうか。ちらっと右を見ると、ぶふっと、僕は思わず吹き出してしまった。リッキーがパンパンにほおを膨らませ、眉間を指で釣り上げながら、僕のほうを見ていたからだ。

「ちょ、ちょっと、何してるんですか」

思いがけず大きな声が出る。ピクッと、寝そべったままの浦島太郎が反応した。

「何って、にらめっこしましょうって言ったじゃないですか」

「ぼ、僕に言ってたんですか?」

「当たり前でしょう。犬とにらめっこする人なんてどこにいるんですか」

いや、リッキーならやりそうだなと思ってたんだけど。急に常識人ぶられても、困る。

「厳しい意見ばかりだね」

スマホから、僕の声が聞こえてきた。最大音量になっていたから、公園中にスマホの音が響き渡る。当然、リッキーの耳にも入っただろう。リッキーの顔に驚いた時に、再生ボタンをタップしてしまったようだ。僕は急いで動画を止めた。

「あれ、それは?」

「いや、その、FVSの動画です。ここ最近、チームもいい感じで、仕事も順調だったので。たまには、いい未来も見ようかなと思って、さっきQRコードを使ったんです」

「ああ、なるほど」

「でも、どうも怪しくて」

「ええ、出だしから怪しい匂いがプンプンしてますね。見てもいいですか?」

結局、こうなるのか。でも、自分から見てくださいと言うよりはマシか。僕は大きくうなずいて、お腹にぐっと力を入れると、再生ボタンをタップした。

――とある日の、マーケティング部第四グループのデスク

ノートパソコンをじっと見つめる健太。その横には、赤井が立っている。

健太が、「厳しい意見ばかりだね」と誰にともなくつぶやくと、「でも、これが消費者の正直な意見なんですよね」と赤井が弱々しい声で応えた。

「『飲みやすいグレープフルーツジュースだが、よくある味だ』『わざわざこれを買わなくてもいつも飲んでいるものでいい』『こだわりと言う割には、ベタな味。飲みやすいので子供にはいいのかな』……」

健太が、ノートパソコンに表示された、消費者からのコメントを読み上げていく。

「やっぱり……」と赤井が聞こえるか聞こえないかギリギリの声を出す。

「ん?」と尋ねた健太だったが、「ああ、いや、なんでもないです」と首を横に振る赤井。

「まいったな……」

頭を抱える健太のもとに、浜村部長がのそっと近づいてくる。

「あの、ちょっと、西原さん。森沢本部長から、急に西原さんを呼んでほしいと言われてて。来てくれる?」

怪訝そうな顔をして、健太は席を立つ。

「多分、上から何か言われたようなんだけどうまく答えられなかったみたいで。その件について、聞かれると思う」

と浜村部長は小さい声で健太に伝える。不安そうな顔で、二人を見つめる赤井。苦い表情を浮かべた健太は、重い足取りで浜村部長の後をついていった。

――ミーティングルーム

森沢本部長の向かいに座る、健太。浜村部長はどっちに座るか迷うようなそぶりを見せながら、森沢本部長の隣に座る。

「急にすいません。例の、グレープフルーツの商品なんだけど、改めて、あの企画の希望とは何か、意見を聞かせてもらいたくてね」

「希望、ですか」

「はい。今、会社を挙げて希望を創る商品を開発しようとしているよね。今回の、西原さんが進めている新商品の希望は何か。改めて、整理したほうがいいかな、と思って」

隣に座る浜村部長が、こっそりと人差し指を上にあげ、その次に、森沢本部長を指した。森沢本部長は硬い表情を浮かべ、ピンと背筋を伸ばし、健太と向かい合っている。

「ああ、ええっと、そうですよね。希望というと、あの……」

しどろもどろになりながら、何かを話そうとする健太だったが、言葉が続かない。

「まさか、希望について考えていない、なんてことはないよね?」

「ああ、いや、それは……。その……」

後頭部をかきながら、苦笑いを浮かべる健太。相変わらず、何も言葉が出てこない。

「消費者テストの結果はどうでした?」と続けざまに質問をする森沢本部長。

「ああ、その……。親しみやすい味という評価が多かったです」

「それは、狙い通りですね」

さっきまで硬い表情をしていた森沢本部長の顔が少し和らぐ。

「ただ……」

「ただ?」

健太の一言で、森沢本部長の表情が強張る。

「ああ、いえ、その……もう少し味に特徴があってもいいのかもしれないと、そういう意見もありまして……」

静寂が部屋の中を包み込む。しばらく間が空いた後で、森沢本部長が口を開く。

「そういった意見をどうするか。そして、この商品にとっての希望とは何か。そこがクリアされなければ、商品化は厳しいでしょうね」

途端に、他人事のような話し振りになる森沢本部長。その横で、眉を八の字にして首をかしげる浜村部長。

「こういう試練を乗り越えて、ハイパフォーマーとして成長していくものです。私もそうだった。頑張ってくださいよ」

そう言い残すと、背筋をピンとしたまま立ち上がり、森沢本部長は部屋を後にした。

――数日後 マーケティング部第四グループのデスク

「あれ、赤井さんって来てます?」

健太が古田に尋ねる。「いいえ」と、首を横に振る古田。ボソッと「サボりかな」と声に出す加藤。

「電車、遅れてるんですかね。赤井さんが遅刻するなんて今までありませんでしたけど」

三十分後、ドタドタと足音を鳴らしながら、赤井がオフィスに入ってくる。

「あ、あの……すいません! 寝坊しちゃって……」

赤井のズボンからはシャツがみっともなくはみ出し、頭には大きな寝癖がついている。

「だ、大丈夫?」

健太が驚きと不安がないまぜになった顔で赤井に尋ねる。赤井は慌てて自分の席に座り、「は、はい。すぐ、仕事します」とノートパソコンを開く。鞄を床に置かずに、膝に抱えたままだった。

「ああ、あの……赤井さん、とりあえず、鞄を置いたら? そんなに、焦らなくても……」

健太から声をかけられ、赤井がビクッと驚く。その拍子に、どさっと鞄が床に落ちる。その衝撃で、横になった鞄から、何か四角いものが飛び出し、健太に向かってシューッと滑っていった。

「だ、大丈夫?」

健太が咄嗟に席を立ち、四角い何かを拾う。それは、本だった。健太が本の表紙を何気なく見ると、そこには『転職必勝バイブル』と書かれていた……。

新米マネージャー、最悪な未来を変える
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