第3章 問題vs私たち

【変わった未来】希望は、ここに?

――とある水曜日 マーケティング部第四グループ

「え、そんな技あるの」

「技ってなんですか。Excelのめちゃくちゃ基本的な操作ですよ」

「無理なんよ、私。感覚でやっちゃうから」

古田と赤井が同じノートパソコンを覗きながら、会話をしている。「ほら、できました」と赤井がエンターキーを押しながら言うと、「すごい! 魔法使いじゃん、赤井くん!」と古田が手を叩きながら喜ぶ。

その様子を、自分のデスクで眺めながら、穏やかな微笑みを浮かべる健太。

「じゃあ、次は僕が教わる番です。このPowerPointの資料なんですけど、見た目が悪くて」

「あはは、雑すぎ!」

「ちょっと、言いすぎでしょ。苦手なんですよ。図工とか、美術とか、昔から苦痛でした」

「ごめんごめん、笑っちゃった。パソコン、貸して」

古田と赤井がワーワー言い合いながら仕事をしている傍らで、微笑む健太。ふと、天井を見上げると、今度は口を尖らせながら考え事をし始めた。

「希望……ねぇ」

デスクをトントンとボールペンで叩きながら、考える健太。うーん、と背中を伸ばすと、ボールペンが、ポンッという音を鳴らす。健太が、音の鳴るほうに視線を向けると、そこには飯村からもらって、机の上に置きっぱなしにしていたグレープフルーツがあった。じっと、グレープフルーツを眺める健太。

しばしの時間を挟み、健太は、何かを閃いたようにすぐにデスクの上の受話器を取る。

「もしもし、飯村さん? 健太です。この前もらったグレープフルーツなんだけど、市場にあまり出回らないと言ってましたよね? おじいちゃん、おばあちゃんが困ってるって」

「そうです。今年の分もまだ余ってて。私も、新しくできた友人に何箱も送っちゃいました」

「あの、これって、商品にならないのかな?」

「果汁の商品ですよね。私も、そう思って、開発部で試作品をいくつか作ってるんです」

「おお、さすが。味はどう?」

「私は好きなんですけど、やっぱり苦味が強いので人を選びますね。開発部内だと、さすがに尖りすぎだろうって意見がほとんどです」

「そ、そうか……」

健太はそう話しながら、受話器を首に挟むと、手元に置いてあったグレープフルーツの皮を剝き始める。

「って、肝心の僕がまだ食べてなかったから、今もらったやつ食べてみるよ」

「ぜひぜひ」

健太がグレープフルーツを一房、口に運ぶ。

「くぅぅぅ。これは、苦いね。……あ、でもその後に甘味がくる。なんか、スッキリした」

「ですよね」

「うん。この味は、クセになるね。でも、確かに商品にするには扱いづらいかな……」

健太はグレープフルーツをデスクに置くと、今度はノートパソコンを触り始める。

「あ、今チームメンバーから今後のトレンド予測についてまとめた資料を送ってもらったから見てみる」

「どうぞ。ちょうど今、暇してたので」

つい先ほど、古田からチャットで送られてきた資料に、大きくうなずきながら目を通す健太。

「なんか、いけるかもよ、飯村さん」

「え? そうなんですか」

「過剰に溢れた情報やモノへの疲れから、様々なものをデトックスしたい、惑わされないようにしたいという欲求はさらに高まっていくだろう……。っていうトレンドがあるんだけど、このグレープフルーツの強い苦味の後のスッキリ感を組み合わせたら、なんかうまいこと商品企画にできないかな……。もちろん、いろんな調査は必要だけど」

「果汁系って、あまり得意じゃないですよね、うちの会社」

「うーん。でも、そういうチャレンジこそが希望に繋がらないかな。期間限定商品ならなんとか……」

「もしこのグレープフルーツが商品化されたら、おじいちゃんおばあちゃんも喜ぶと思います。町おこしにも繋がるんじゃないですかね。おじいちゃんの同級生が市長やってて、いろいろ活性化の施策を考えてるって言ってました」

「いいかもね。幻のグレープフルーツがある町。ちょっと、急いで企画してみるよ」

「はい。試作品はいつでも出せるので。お待ちしてます」

電話を切ると、すぐにノートパソコンのキーボードを叩き始める健太。ふと、手を止めて顔を上げると「古田さん」と声をかける。

「はい」と、不安そうな顔になる古田。

「資料、ばっちりでした、ありがとうございます。 Excelの表も問題なしです。ちょっと、いろいろ手伝ってほしいことが出てきたので、引き続きお願いします」

健太の言葉が耳に届き、パッと明るい表情になる古田。その向かい側では、赤井も、自分のノートパソコンを見ながら、同じように明るい表情になっていた。

晴れ渡った空の下、遠くでは、蝉の鳴き声が威勢よく響いている。

キーボードを叩く健太の右手が、グレープフルーツに触れる。五秒ほど、自分の手元を見つめた健太は、ニコリと笑うと、またキーボードを叩き始めた。

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