問いかけ
チームでのふりかえりを通じ、 メンバーとのコミュニケーションは増えてきた。 会社からのミッションも、少しずつ前進している。
しかし、物事はそううまくはいかない。 あなたは、これまでの仕事の慣習にとらわれ、本質を見失おうとしている。
それに気づくメンバーがいるが、あなたのもとにその声は届かない。いい感じのチームになるためには、ただ仲が良ければいいのか?
チームの真の成長のために、 あなたに必要なことはなんだろうか?
僕もBがいいと思います
大きなテーブルの上に置かれた、三つのカップ。隣の赤井さん、そのまた隣の古田さんの目の前にも、同様に三つのカップが置かれている。
「一番右が、何も手を加えていないもので、グレープフルーツ本来の味になります。左にいくにつれて、甘味を増やし、飲みやすくなっていきます」
向かい側に立つ飯村さんが、カップの中身の説明をしてくれる。
「官能評価って緊張しますよね」と、赤井さんが手を揉みながら話しかけてくる。
「わかるよ。飲んでみて、最初に感じたことをしっかり覚えておいてね」
僕はそう赤井さんにアドバイスしながら、一番右のカップに手を伸ばす。
「じゃあ、まずはAから」
僕は他の二人を促しつつ、カップを口に運ぶ。うーん、苦い。確かに、あのグレープフルーツの味がそのまま再現されている。果汁になり、さらっと口の中を通り過ぎるため、そのまま食べるより苦味を感じる時間は少ない。ただ、ジュースという観点で言えば、さすがに刺激が強すぎるように感じる。喉を通り過ぎるあたりで、舌がじんわりとした甘味を感じる。これが、クセになるんだよなぁ。
ちらっと二人の様子を見ると、赤井さんは黙ってカップの中を見つめ、古田さんは眉間にシワを寄せたままだった。まぁ、さすがにこの味は刺激が強いよな……。
続いて、B、Cと順番に飲んでいく。うん、確かに甘味が追加された分、飲みやすい。ジュースらしい味であり、親しみやすい味だ。ただ、Cまでいくと甘味が強すぎて、このグレープフルーツのよさが消されてしまうから、Bあたりで調整していくのがいいかもしれない。
僕は、手元にあったペンを取り、評価シートに感じたことを書き出していく。赤井さんも、見よう見まねで評価シートに頑張って書いている。古田さんも黙々と真剣な表情で、評価シートと睨めっこをしている。
「どうでしたか?」
飯村さんが、僕たちに意見を求めてくる。僕は、Bが一番飲みやすく、程よい苦味もあって、グレープフルーツが持つ特徴を楽しめるのではないか、といったことを他の味と比較しながら伝える。
「うんうん、なるほど」
飯村さんは僕の話を聞きながら、メモを取る。僕は、「古田さんはどう?」とバトンを渡す。古田さんも、ほぼほぼ僕と同様の感想だった。続いて、赤井さんにバトンを回す。
「うーん……」
赤井さんは顎に手を当て、口をモゴモゴとさせながら、なかなか話し出そうとしない。難しいよね、官能評価の感想を、言葉にして伝えるのって。
「あの……そうですね。確かに、飲みやすいのはBだと思います。えっと……はい、僕もBかなと思います」
僕や古田さんの顔色を窺うように視線を泳がしながら、なんとか、言葉を振り絞るようにして話し終える赤井さん。表情はパッとしないように見えた。
「ありがとうございます。じゃあ、Bの方向性を軸にしていきますか」
飯村さんの言葉に僕は大きくうなずいた。
開発部の部屋を後にした僕たち三人は、そのままランチに行くことにした。外に出ると、真夏の容赦ない日差しが降り注いでくる。ビルの隙間から、大きな入道雲が見え隠れしていた。
チームでのふりかえり以降、チームメンバーと話すことが増えてきている。あのタイミングでリッキーと出会えていなかったら、メンバーとろくに話すことなく時間が過ぎ、最悪な未来が現実になっていただろうな。
今の古田さん、赤井さんの様子を見る限りは、退職するとは言い出しそうにはなかった。もちろん、退職が悪いわけではないんだけど、チーム状態が悪いから辞めるっていう状況は、避けたいと思っていた。
会社近くのそば屋は、ピークタイムが過ぎていたので、すんなり入ることができた。注文を済ますと、冷たいお茶で喉を潤す。
「部長はなんて言ってるんですか? 今回のグレープフルーツ」と古田さんが尋ねてくる。
「うーん、なんとも。あの人、あんまり自分の意見を言わないから。ただ、本部長に提案してみたらってことだったから、先週資料を送ったところ。特に、まだ反応はないけど。来週、管理職会議があるから、そこで何か話があるかな、とは思う」
「そうですか。反応が気になりますけど、ダメだったらすぐダメって言いますよね」
「だと思うよ。国産グレープフルーツ、地域振興、数量限定のこだわり商品……といった特徴があり、市場調査の結果も筋が悪いわけではない。ここ最近、この会社が手がけてないような商品になることには変わりないから、それが吉と出るか、凶と出るか」
「でも、会社はそういう新しい商品を求めてるんですよね? 定番頼みを脱却するために」と、赤井さんがおしぼりで手を拭きながら聞いてくる。
「そうそう。希望を創る商品、ね」
「希望って難しいですよね」と今度は古田さんがおしぼりで手を拭きながらつぶやく。そばが届き、一瞬話が途絶えた後、また僕から会話の続きを始める。
「今の段階でも、特徴はある商品だと思うんだけど、もう一つ何かコンセプトに加えたいなぁとは思っていて」
「そうなんですか?」
「うん、さっき言った特徴って、他のメーカーもやってることではあるんだよね。数量限定で、地域の特産品を使った商品を販売する。地域のPRとも連動して、イベントをやったり、キャンペーンしたり」
赤井さんが「まぁ、確かに見ますよね」と大きくうなずき、「でも、若い人とかってそういうのあんま興味ないですよね」と続ける。その後すぐにハッとした表情を顔に浮かべ、「ああ、でも、僕は好きですよ、そういうの」と誰も何も言っていないのにフォローする。赤井さんは不安そうな表情でちらっと僕の顔を見た後、無言でそばをすする。
「そ、そうだよねぇ……」
若い赤井さんの持つ感覚は、間違っていないと思う。そこから先は、他愛もない話をしながら、各々がそばの味を堪能する時間を過ごす。赤井さんが最近ハマっているYouTuberの話、古田さんの実家の猫が脱走した話……。みんなの話を聞きながらも、頭の片隅で何かが引っかかっているような感覚があった。
何かが、コンセプトに足りない気がする。でも、それが何かがわからない。うーん、頭の中の僕は腕を組みながら頭を傾けていた。