第4章 言いたいことを言い切る

あと二〇点

「うわーなんだこれー」

僕は手で顔を覆いながら、天を仰ぐ。予想だにしない展開だ。

パチパチパチ、と横から手を叩く音が聞こえてくる。おいおい、なんで拍手なんかしてるの、リッキーってば。

「素晴らしいですね」

「何がですか、最悪ですよ。今日は、いい未来が見れると思ってたのに……」

「見てなかったら、現実になってたかもしれませんよ」

「そうかな……。さすがに、今回に限ってはちょっとやりすぎな気もするけど。こんな未来になるなんて、心当たりがないんですよ」

「そうなんですか」

「はい。チームの状況も、ふりかえりを通じていい感じになっています。一人、ベテランの人とはちょっと気まずい感じではありますけど、古田さん、赤井さんとは一緒にご飯を食べに行ったり、いいコミュニケーションができているんですよ」

「いいじゃないですか」

「そうなんですよ。赤井さんだって、毎日頑張って仕事に取り組んでくれてます。まさか、転職を考えてるなんて。前向きな転職ならいいんですけど、あの動画の通りだとしたら、そうではないようですし……」

「だいぶ、コンディション悪そうでしたね」

「あんな赤井さん、見たことないですし、想像できないです」

「うーん。なんででしょうね……」

そう言いながら、リッキーが頭を傾けるのに合わせて、「クーン」と浦島太郎が鳴き声を発した。金太郎のふてぶてしい鳴き声とは違って、かわいい声だ。それぞれ個性があるんだな。いやいや、そんなことには、今意識を向けられない。考えろ、考えろ。

「動画の中では、消費者テストの結果にショックを受けていたというのはあると思います。まだ、経験も浅いですから。でも、それだけではない気もしていて」

「そうでしょうね。本当に、ここ最近、赤井さんに変化はなかったんですか?」

「ええ、なかったと思いますよ。毎日、真面目に仕事に取り組んでくれてます。特に大きなポカも……、あ、いや、一回だけ仕事の期日を忘れていたことがありましたね」

「赤井さんがですか?」

「そうです。赤井さんにしては、珍しいポカです。スケジュールは基本的に守る人なので。まぁ、でも、いろいろ仕事を覚える時期ですし、誰にでもある話です。大きなトラブルになったわけでもないですし。あまり気にしすぎてもと思ってはいました」

「うーん。まぁ、確かに一回のポカでどうこう考えすぎるのもよくないですね。でも、ちょっとした違和感はあった?」

「はい、違和感はありました」

「動画の最初に、赤井さんが何かを言おうとしてましたね」

「ああ、小さい声で『やっぱり』って言ってました」

「何を言おうとしてたんでしょう」

「うーん」と言いながら、僕は腕を組み口を尖らせる。何か言いたいことがあるとしたら、なんだろうか。すぐには思いつかない。

「しんどいんですよね、言いたいことがあるのに、言えないのって」

リッキーの不意の一言に、浦島太郎の耳がピクッと反応する。僕はといえば、心臓がドキッと反応していた。言いたいことがあるのに言えない。そのしんどさは、僕が森沢本部長に感じていることと同じだった。それを、赤井さんも感じているとしたら。

「いや、でも、コミュニケーションはちゃんとできてるんです。だから、結構、話はできてるとは思いますけど」

「話は言葉が通じればできます。言いたいことを言えずに、表面的な話だけをしているのであれば、それは仲良しごっこじゃないでしょうか」

「ごっこって、こっちは真剣に仕事してますよ」

ごっこと言われ、僕は口を尖らせる。

「健太さんのチームが、今会社から与えられているミッションはなんですか?」

「希望を創る商品を生み出すことです」

「それは、簡単なことですか?」

「簡単じゃないですよ」

「それは、今まで通りのやり方や考え方で実現できることですか?」

「いや、できないと思います」

「七〇点のチームで、達成できることですか?」

「七〇点?……ちょっと足りないと思います。八〇点、いや九〇点以上は必要なんじゃないでしょうか」

「じゃあ、あとの二〇点は何が足りないんでしょう」

矢継ぎ早に質問をされて、僕は少し混乱してきていた。今までのやり方は通用しない、それはわかっている。七〇点のチームっていうのはどういう状態なのか。僕にはよくわからないけど、希望を創る商品を生み出すにはなんか足りない気もする。

リッキーは、続けざまに質問をしてくる。

「希望を創る商品というのは、その会社にとっての挑戦が必要ということですよね?」

「そ、そうです。既存商品に頼るのではなく、新しい挑戦が必要だと」

「既存商品を売っていくのは、これまで十年、二十年と蓄えてきた経験値を活かせるでしょう。健太さんがこれまで培ってきた経験も活かせるはずです。でも、新しい挑戦には、突飛な意見だったり、時には反対意見が必要だったりする」

「突飛な意見や反対意見……」

「ただ、突飛なこととか反対意見を言うのって勇気がいりますよね。私も苦手なんです」

いや、それはさすがに噓でしょうと思ったけど、大事な話の途中なので突っ込まないことにする。確かに、リッキーのように、突飛な意見にせよ、反対意見にせよ、なんでも言いたいことを言うのは、普通の人間の感覚だと難しいことだ。

「人間関係は悪くない。でも、無難なことや、明らかに正解だと思われることしか話せない。そういうチームは、私にとっては七〇点です」

言われてみれば、僕のチームは、まさに今七〇点ぐらいなのかもしれない。いや、加藤さんがいるから、六〇点ぐらいかもしれない。少なくとも、無難なことしか話せていないのではないかというのは思い当たる節がある。となると、足りないというのは……。

「足りないのは、突飛な意見や、反対意見……」と、僕はこれまで出てきたワードを頭の中で反芻しながらつぶやく。「あと二〇点を足すとしたら……」。ブツブツと口の中で声を発しながら、僕はふとある疑問にぶつかる。

そもそも、なんで突飛な意見や反対意見が出てこないのか、ということだ。コミュニケーションは前よりも取っている、それでも、足りないのか。量は増やそうと思えば増やせる。でも、今の状態でただコミュニケーション量を増やしても意味がない気がする。

足りないもの、足りないもの……。

「なんのための、チームなんでしょうか」

リッキーがそう言いながら立ち、一歩、二歩と前に出ると、背筋を伸ばす。浦島太郎は、寝そべったままだ。なんのためのチームって、仕事をするためじゃないのか。いや、それは七〇点のチームでもできるはずだ。九〇点のチームである必要というのは、えっと、多分、新しい挑戦とか、新しい価値を生み出すこと。それは、達成するのがすごく難しい、高い成果だけど、だからこそ、チームの力が必要で……。

「高い成果を出すためです。一人じゃ生み出せない、高い成果を」

「そう!」とリッキーがハリのある声を出し、握り拳にした両手を空に向かって突き上げる。「誰も想像できない、突き抜けるような成果」と言い、拳を突き上げながら、軽く背中をそらせ、「そのための……チーム……!」と続ける。リッキーはストレッチをしているつもりかもしれないけど、言葉とマッチしすぎて、少年マンガの主人公みたいになっている。

拳の向こうには、無限の星空が広がっていた。

「成果を出すチームになるために、突飛な意見や反対意見も言えるようになることが必要。それができるようになれば、あと二〇点が追加される。ってことかな、リッキー?」

リッキーは突き上げていた拳を降ろし、そのまま両手を腰に当てる。そして、空を見上げながら、「いい感じですね」と答えた。

僕は、静かにうなずきながら、今日のここまでの対話を思い出す。

「赤井さんが元気がなかったのは、言いたいことが言えなかったから。しかも、多分、それが何日も続いていた。きっと、新商品の開発に関することだと思います。でも、具体的に何を言いたいのか……」

「それ以上は、聞くしかないですね、赤井さんに」

「そうですね。でも、言ってくれるかな……」

「言いたいことを言い切る。それができるチームは強いですよ。時には、ぶつかるし、言い合いみたいになることもある」

「そ、そんな。喧嘩はよくないですよ」

「喧嘩ではなく、ザッソウです。成果に向かってのぶつかり合いは、チームの成長に必要です。挑戦に向かって、突飛な意見や反対意見を出し合い、ああだこうだと雑に相談し合う中から、価値というものは生まれるんです。ザッソウは創造の源泉です」

ザッソウというのは、雑談と相談を合わせた言葉で、五年前にリッキーが教えてくれたんだ。雑談するように、相談する。仕事を自分一人で抱え込みがちだった僕は、ザッソウを覚えて、上司や先輩から役に立つアドバイスをたくさんもらえるようになった。それから、仕事の目標に向かって、自分一人の力ではなくて、チームとして向き合えるようになった。

でも、そういう経験も全部、藤田さんという素晴らしい上司がいたからできていたことだったんだと、つくづく思う。いざ、自分がマネージャーになった途端、ザッソウの本質を見失ってしまっていたのかもしれない。

「リッキーの言う通り、コミュニケーションを増やすためのザッソウはできるようになってきました。でも、高い成果を出すためのチームのザッソウは、できてなかったかもしれません」

「うん、いい気づきですね。確かに、今まで健太さんたちがしてきたのは、仲良くなるためのザッソウとも言えます。もちろん、それも必要です。でも、健太さんが今必要なのは、仲良し集団ではなくて、高い成果を出すチームです」

「そのために、ザッソウをどう活かすかですよね。そして、言いたいことを言えるチームになる。まずは、『気になることがあったら言ってね』と、ことあるごとにメンバーに声をかけるのが、マネージャーとしての僕の役割かもしれません。藤田さんはそうしてましたから。仲が良くなったからと言って、そういう声かけをおろそかにしてはいけないですよね」

「いい心がけだと思います。小さな行動ですけど、大事なことです。小さいから、価値がないというわけではない。今の世の中は、おおげさな話ばかり出回りますからね」

リッキーは腰をかがめると、浦島太郎のリードを手に持つ。そういえば、金太郎と違って、本当に静かだな浦島太郎は。ムクッと立ち上がった浦島太郎が、トコトコと僕の膝下まで歩いてくる。そして、僕の顔をじっと見つめると「ワン!」と大きな声を出した。僕は、びっくりして首をすくめたけど、あまりの出来事にすぐに笑い声が腹の底から漏れ出てきた。

リッキーも、ニコニコしてこちらを見ている。

「犬にもそれぞれ個性があるんです。金太郎は相槌を打つのが好きでしたが、浦島は静かに聞いて、最後にエールを送るタイプのようですね」

「びっくりしたよ、浦島。でも、ありがとう」と言いながら、浦島太郎の頭を撫でる。

「それでは。高い成果のためのザッソウ、頑張ってください。あまり、力まないようにするといいですよ」

そう言い残すと、リッキーと浦島太郎は風になって公園を後にした。

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