チームのふりかえり
「事前にお伝えしていた通り、今日は定例ミーティングに加えて、KPTを使ったチームのふりかえりをしようと思います」
ミーティングルームがシーンと静まり返る。僕は構わずに席を立ち、ホワイトボードに、K、P、Tと書き、それぞれの文字の下に四角い枠を書く。ホワイトボードに書くつもりはなかったんだけど、気づいたら体が勝手に動いていた。
「ああ、動画で見たことあります。キープ、プロブレム、トライをそれぞれ出すんですよね」
赤井さんが僕の代わりに説明をしてくれた。
「そうです。このチームを立ち上げて、二ヶ月以上が経ちますが、それぞれの思っていることを出し合って、ふりかえりをしようかなと」
赤井さんは興味深そうに、ホワイトボードを見つめている。古田さんはキョトンとし、加藤さんは無表情で何を考えているのか読み取れなかった。
「じゃ、じゃあまずはKのキープ、維持していくといいことから出していきましょう。えっと、まずは僕から。先日発売開始された、Hoursのデザインリニューアルですが、概ね好評です。パートナー企業とも企画段階から視点合わせを重視してコミュニケーションを取っていたので、とてもスムーズに進めることができました。パートナー企業との連携はマーケティンググループとしても重要ですので、今後も継続していきたいですね」
そう言うと、僕は「パートナー企業とのスムーズな連携」とホワイトボードに書き記す。
「その話、今度詳しく聞きたいです」と赤井さんが合いの手を入れる。「もちろん」と答える僕。
「じゃあ、古田さん、どうですか?」
「は、はい……ええっと」
古田さんは片手で髪をぐっと摑み、必死に考えている様子だった。
「ちょっと、すいません、今は思いつかないです」
「わかりました。また何か思いついたら、言ってください。じゃあ、赤井さん」
その後、赤井さん、加藤さんがそれぞれ最近の仕事でよかったこと、成果が出たことを出し合う。どちらも、自分の仕事で、一区切り終えたものについての報告に近いものだった。一通りKが出たところで、次はPに進む。
「じゃあ、次はPですね。これも、僕から言うと……」
この先に言おうとしていることは、この前リッキーと話をしてからずっと考えていたこと。今日は、これを言いたいから、この時間を設定したと言っても過言ではない。けど、正直すごく言いづらいことでもあった。頭の中で、あの最悪な未来の動画をリプレイして、自分のお尻を叩く。
「あの、今日までこういうチームで話す場を設定できなかったのは、問題だったかなと思っています。すいません」
また、シーンと静まり返る。僕は言葉を続ける。
「自分のことでいっぱいいっぱいで、チームと向き合う時間を取れてませんでした」
古田さんが先ほどと同じようにキョトンとしているが、それに加えて目をパチクリさせている。加藤さんは、無言で小さくうなずいていた。どういう意思表示なのかは、わからない。
「チームで話す場を設定できていなかった」と僕はPの下に書く。
「じゃあ、次は……古田さんどうですか?」
もう一度、古田さんに話を振る。古田さんは口を固く結び、一度小さくうなずくと、身を前に乗り出し話を始める。
「あの、最近、ちょっと仕事のミスが多くて。健太さんに迷惑をかけてるので、それはなんとかしないとな、と思ってます」
古田さんも気にはしていたんだ。それがわかっただけでも、ちょっとスッキリする。
「その……私がExcelをうまく使えなくて。昔から苦手なんです。前のチームの時は、上司がそれを知っていたので、私に、そういう仕事は振らないようにしていて。PowerPointとかは得意なんですよ。きれいに体裁を整えたり、最適なフォントにしたり……。だから、そういう仕事ばかり振られるようになって」
そういう経緯があったことは知らなかった。マーケティングの仕事においては、Excelは当たり前のように使うから、誰でもできるものかと思っていた。僕はPの下に、「古田さん、Excel苦手」と書き出す。
「え、僕、Excel大好きなんで、教えますよ」
赤井さんが、手を挙げながら発言する。確かに、赤井さんはExcelを使ったレポート作成は異様にスピードが速いし、正確だった。
「え、ありがとう。いいの?」と古田さんがさっきとは違う種類のキョトンとした顔で赤井さんに話しかける。
「はい。教えるのも好きなんで。大学時代は、家庭教師のアルバイトをしてましたから」赤井さんが得意げな顔で古田さんに応える。
僕は、そのやりとりを見ながら、T、つまりTryの部分に「古田さんは赤井さんにExcelを教えてもらう」と書く。
「あの、この流れで言っちゃうと、僕、逆にPowerPointが苦手なんです。いつも、見た目が悪くなっちゃって」
これまた確かに、赤井さんはPowerPointについては苦手そうだった。それに、古田さんが作るPowerPointはいつもきれいで、見やすかった。「赤井さんは、古田さんにPowerPointを教えてもらう」とTに書き足す。
心の中にある、古田さんに向いていたくすんだ矢印がチリのようにサラサラと消えていくようだった。古田さんも、心なしかスッキリした表情をしている。
「じゃあ、今後はお互い苦手な部分を教え合って、スキルを磨いていきましょう」
そうか、これがチームでのふりかえりってやつなのか。うんうん、なんかチームっぽいかも。加藤さんが、相変わらず無表情なのは気になるけど。
「加藤さんは、何かPはありますか?」
「いや、個人的には特に。この会社の行く末は問題だらけだと思うけど」
なんで、せっかくいい雰囲気になりそうだったのに、ネガティブなことを言うんだ、この人は。気持ちはわかるけど……。捉えどころのない表情で、僕の顔を見る加藤さん。
「ま、まぁ、それは、また別の話なので」と、僕はお茶を濁す。
「じゃあ、ひとまず今日はこんなところでしょうか。このKPTは定期的に行おうと思いますので、認識をお願いします」
そう言うと、僕はTの下に「定期的にKPTを行う」と力強く書いた。