エンジニアリング的思考だけで人は育たない

技術の世界では、再現性や効率性を重視するエンジニアリング的思考が重要だとされています。より早く、より低コストで、より安定して成果が出せることを目指すことは自明のことです。

しかし、人を育てることや、ソフトウェア開発に携わる姿勢においては、エンジニアリング的思考では、うまくいかないことが多々あります。人の育成で陥りがちなケースと、それを避けるための考え方について、本稿では扱います。

エンジニアが陥りがちな育成の落とし穴

ソフトウェア開発に携わるエンジニアやエンジニア出身のマネージャーが人の育成を考えるとき、つい「再現性」や「効率性」に意識が向いてしまうことがあります。

フレームワークを用意したり、マニュアルやチェックリストを整備したり、あるいは教育カリキュラムやルールを整えることで、育成も“システム化”できるのではないかと考えがちです。かくいう私自身も、過去にそういった取り組みを試みて、うまくいかなかった経験があります。

エンジニアリングとは、計測可能で再現可能な仕組みをつくることです。構造を明確にし、作業を定義し、最適化すること。エンジニアであれば、育成にもその発想を持ち込んでしまいそうですが、大事なことを見落としがちです。それは、人は一人として同じ人はいないということです。

人の育成は、製造のようにはいかない

人は、それぞれ性格も能力も、仕事に対する動機づけも異なります。なので、決められた型にあてはめて育てようとしてもうまくいきません。学校教育のように一斉に教えても、全員が同じようには育たないのです。

本来の育成とは、状況や相手に応じて、その都度どのように関わっていくかを考えていく営みです。

確かに難しく手間もかかりますが、そのように個に向き合いながら支援することで、人はのびのびと育っていきます。育っていけば、成長できていることにに楽しさを感じるようになります。その結果、育成のサイクルが自然とまわり始めます。

人の育成をエンジニアリング的思考で、製造のように取り組むのは、その真逆の行為です。

私たちソニックガーデンが、若手プログラマの育成に徒弟制度を導入しているのも、こうした哲学に基づいています。師匠となる親方のもとには、多くても5人ほどの弟子がいて、一人ひとりに合わせて難易度の違う仕事を渡しています。

若手プログラマたちからしてみると、自分ができるレベルから少し高いレベルの仕事を割り振られることで、自然とストレッチしていき成長できていきます。よって、親方には、弟子の一人ひとりを、よく観察することが求められます。

優れたプログラマは、型にはめて大量生産することはできません。

ソフトウェア開発もまた、製造ではない

この考え方は、私の考えるソフトウェア開発に対するスタンスと同じものです。ソフトウェアも、大量生産できるものではないと考えています。

ソフトウェアをつくることは、型から大量に生み出す製造ではありません。ソフトウェアは一つひとつが一品ものの作品で、ソフトウェアを動かすソースコードは、どれも唯一のものです。

ソフトウェアをつくることは、再現性のない設計という行為と言えます。小説を書くこと、作曲をすることは、再現性がありません。出来上がるまで試行錯誤はしますが、一度できてしまえば、同じものをつくることはないのです。それらに似ています。

そう考えると、ソフトウェアをつくる上でも、エンジニアリング的思考で製造のように作るのではなく、一つ一つ、状況に応じて考えて、試行錯誤しながら手間をかけて作っていくことが大事になります。

つまり、人が増えても速くならないのが、ソフトウェア開発です。

ソフトウェアを構成するソースコードや、それを動かすコンピュータそのものの内部は、エンジニアリング的思考で考える必要があります。そこでは再現性や効率性を重視することになります。

しかし、ソフトウェアをつくる行為そのものは、エンジニアリング的思考で扱うべきではないのではないか、と考えています。試行錯誤を繰り返す、実験的思考が必要です。

難しさを受け入れて、取り組んでいく

ソフトウェアをつくることは、製造ではなく設計であると述べました。その上で、ソフトウェアは一度作って終わりではなく、事業や環境の変化に応じて継続的に手を入れ続けるべきものです。

そうした前提をもとに考えたビジネスモデルが「納品のない受託開発」です。お客さまの事業が続く限り、変化や要望に合わせてソフトウェアの改修を続けていく月額定額・顧問型のビジネスモデルです。

私たちは、案件ごとに開発責任者というロールを設置しており、あらゆる意思決定が一任されています。お客さまも事業も状況も千差万別である以上、トップダウンの指示は適さないし、マニュアル化された判断基準では対応できないからです。

もちろん、好き勝手にやるわけではありません。共通の価値基準や原理原則はあります。ただし、それを踏まえた上でも、現場で起きる問題への対応は、常に責任者が自分の頭で考え判断する必要があります。

これは誰でもできるものではない非常に難しい仕事です。このときエンジニアリング的思考で考えれば、個別化した対応をやめて、誰でもできるような仕事に分解・分業できないか、となるでしょう。

しかし、私たちのサービスは納品物を納めて終わりではなく、事業の成長に貢献し続けるために、お客さまとの関係性で満足してもらうことが価値だと捉えています。人間が相手の、取り組むことが難しい仕事だからこそ価値があるとも言えます。

そこで私たちは、あえて難しい仕事であることを受け入れた上で、それでも高いレベルで対応していけるように、一人ひとりが卓越することを目指しているのです。

ハードウェアではないものを扱うときの共通する姿勢

改めて考えると、人も事業もサービスも、すべてソフトウェアのようなものです。肉体や事業計画書などはハードウェアですが、その本質は、有形で固定化されたもの(ハードウェア)ではない、すなわちソフトウェアと捉えることができます。

ソフトウェアとして捉えるならば、これまで述べた通りエンジニアリング的思考で扱うよりも、実験的思考で扱う方が適していると考えても良いはずです。

むしろ創造的で、状況依存的で、人間的な側面が強いものだと捉えるのです。それを忘れたら、せっかくのソフトウェア的に変化できたはずのものも、ハードウェア的に固定化されたものになってしまう。

人の育成も、ソフトウェア的に実験的思考で個別化して取り扱うことで、うまく育ってくれると考えて取り組んでいます。私たちソニックガーデンでは、しっかりと育っていきたいと考えている若者たちにとっては良い環境を提供できていると自負しています。

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株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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