若手の育成に必要な「厳しさ」と「厳密さ」の違い〜師匠が備えておきたい資質

人材育成において、教える側が直面する大きな悩みに「どこまで厳しく指導するか」という問題があります。

果たして指導には、厳しさが必要なのかどうか。私は「厳しさ」ではなく「厳密さ」こそが重要なのではないか、と考えています。

今の時代にあわせて再発明した徒弟制度

数年前から私たちソニックガーデンでは、エンジニア育成のために「徒弟制度」という独自の制度を導入しています。ベテランエンジニアが「親方」と呼ばれて師匠となり、若いエンジニアを弟子として引き受けて指導しています。

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この取り組みを話すと、徒弟制度という言葉だけを受けて、師匠の私的な雑用をさせられたり、何かできなかったら厳しく叱責されるのではとイメージしてしまうかもしれません。「親方はやっぱり厳しいですか?」「怖くないですか?」と聞かれることもあります。

しかし、合理性を重視するプログラマの集団である私たちからすると、そんな不合理で不条理なことは受け入れたくありませんし、弟子となる若手にもさせたくありません。

実際に、親方と弟子のやり取りを見ていると、言うべきことをはっきり言っていますが、それで叱責をするようなことや、罵倒することなどありません。

弟子が取り組む仕事も、親方がその人の成長段階から少し難易度の高いような業務を渡すようにしていて、あくまで成果につながる仕事をしてもらっています。

私たちにとっての徒弟制度とは、若手がのびのびと育つ仕組みであり、それをベテランが指導しやすくするための仕組みなのです。

指導には「厳しさ」よりも 「厳密さ」が大事

のびのびと育ってほしいと願っていますが、かといって、なんでも「いいよいいよ」としている訳ではありません。それは、単なる指導の放棄です。

親方は、弟子と同じ仕事をする“上位互換”であり、成果に対する理想や基準を高く持っているため、弟子の振る舞いやプロセスに対して厳密にフィードバックを返すようにしています。

プログラミングに関して言えば、出来上がったコードに対するレビューでフィードバックするのはもちろん、そこに至るまでの設計(タスクばらし)から、作り方までの工程に対しても、理想や基準と違っていたら、しっかりと伝えます。

それだけでなく、仕事中の振る舞いや、お客様に対する態度、社内でのコミュニケーションの仕方まで、違和感を感じる部分において、伝えるべきことを伝えていきます。

伝えることを遠慮したり、躊躇したりして言わなかったとして、それで結局は当人が成果をうまく出せなくなるのだとしたら、それこそ厳しい結果になってしまいます。

違和感に対して「厳密さ」を持って言うべきことを言うのは、「厳しさ」とは違います。

そして言うべきことを伝える時は、何も声を荒げるようなことはなく、感情はフラットなまま、フランクな態度で伝えればいいのです。厳しさは不要ですが、なんでも許容する甘さも要らないのです。

「厳密さ」を持ちつつ「人間らしさ」も見せる

親方の指導を観察する中で、親方には「人間らしさ」も必要だということが分かりました。一見、「厳密さ」と矛盾するようですが、これにも理由があります。

弟子からすると、自分の遥か彼方にいる親方は「完璧な存在」に見えてしまいがちです。すると、弟子たちは「すごすぎて、自分には無理だ」と思ってしまうことがあります。

野球選手で例えれば、イチロー選手や大谷翔平選手のプレーを見て、憧れの前に諦めてしまう、というような状態でしょうか。これは育成において望ましい状態とは言えません。

私たちソニックガーデンでは、親方と弟子は近くで働いていて、一緒にランチを食べながら技術の話をしたり、勉強会を開催したりするようにしています。

そうした時間で完全なプライベートではないにせよ、仕事をしている以外の親方の姿を見せることができます。そこでは親方らしく装う必要はありません。

その姿を見て弟子たちは「同じ人間なんだ」と思えるようになります。仕事の上ではリスペクトしつつも、親しみも持つことができ、なにより遠い存在ではなく、目指すべき憧れだと思えます。

仕事に厳密でありつつも、人間らしさも見せる。その両方が、人材を育成する師匠の資質と言えるでしょう。

こうした「厳しさ」と「厳密さ」の違いは、あらゆる指導の現場に応用できそうです。上司と部下、先輩と後輩、教師と生徒など、指導する側が「厳密さ」と「人間らしさ」をもって接することで、相手の成長を促すことができるのではないかと考えています。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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