ちゃんと日の目を見られて、楽しんで使ってもらえて、意図した人びとに広く普及するものをデザインし、作り上げること。それが喜びである。

翻訳レビューに協力したので頂いた本を読んだ。本書は、メンロー・イノベーション社の創業者でありCEOのリチャード・シェリダンによって書かれたもので、「良い組織」を作りたいと考えている経営者やマネージャに読んでもらいたい本だ。

「良い組織」とは何か。本書では、「喜びに満ちた」という表現をしている。喜びに満ちた職場を作れば、社員たちは活力に満ち、楽しく働き、生産性だって高くなる。

この表現を読んで、私たちが目指していたのも「喜び」だったと気付かされた。

私たちソニックガーデンがやっているフラットな組織とセルフマネジメント、良いものを作ることにこだわる職人気質、チームで切磋琢磨しつつも助け合い、価値観を受け継ぐ若者たちをじっくり育てる。

そんなカルチャーが目指していた言葉も「喜び」だったんだ。この「喜び」というキーワードを私自身が見つけ出せなかったことを、少し悔しく思った。

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本書に書かれているのは、大金持ちになった起業家の話でもないし、波乱万丈な人生から一発逆転した話でもない。会社を救うヒーローも出てこなければ、詐欺師のような投資家も出てこない。派手な話はまったくない。

とても地味な話だ。壁を取り払い、賑わいのあるオフィスを作る。チーム全体で学び合うためのペア作業やランチ。民主的で会話に溢れたチーム。採用するまえに一緒に働いてみる。すばやくたくさん失敗していいカルチャー。持続可能な仕事のペース。

そこに驚くような魔法はないけれど、喜びに満ちた職場が出来上がっている。ノウハウ本ではないから、彼らが取り組んだ「実験」の数々が、その背景にある哲学とともに紹介されている。それが良い。

経営者やマネージャだったら、読めばきっとこんな組織を作りたいという気持ちになるだろう。マネージャでないなら、こんな職場で働きたいと思うのではないか。

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ビジネスの世界で「喜び」なんて言葉を使うのに眉をひそめる人もいるだろう。仕事はつらいもので、その対価だと考えている人たちからすると不謹慎に思うかもしれない。そこで思い出したのは、私がアジャイル開発を広める際に使っていた言葉だ。

「人を大事にして、楽しく働くことが出来れば、生産性は高まります」

随分昔に、なぜアジャイル開発で生産性が高まるのか?と聞かれた際に答えていた言葉だ。プログラマ以外の人たちには全然響かなかった。幼稚だ、馬鹿じゃないかと言われた。私には確信があったが、その主張を続けてもアジャイルを広めることが出来ないと考えて、いつしか徐々に使わなくなっていった。

しかし、この本ではそれを堂々と主張している。その結果「地球上で最も幸せな職場トップ10」とまで呼ばれている。そうか。私の考えは間違っていなかったんだ。

この本は非常に良い。だからきっと多くの人に読まれるだろう。ここに書かれた「喜び」の価値観が広がるのは、本当に喜ばしいことだ。

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エクストリームプログラミングから始めたチーム、上場企業からドロップアウトして始めた小さなソフトウェアの会社、フラットな組織や社員の喜びを大事にする経営など、共感を超えて、著者と私のキャリア、それにメンロー社とソニックガーデンが、とても似ていることに、大きな驚きと少しの嫉妬を覚えた。

いつか私もソニックガーデンのことを本に書こう。私の喜びだって伝えていきたい。

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