私たちソニックガーデンは、もともとは3000人ほどのSIer(システムインテグレータ)の社内ベンチャーから始まっている。それまで社内ベンチャーの制度などなかったが、新規事業の事業計画を当時の社長に提案をして、それが認められて制度もゼロから作って、社内ベンチャーを立ち上げた。

その後、2年経営を続けてなんとか軌道に乗ったところで、事業と組織を買い取る形で、資本関係のない形での独立を果たした。格好良く言えば、MBO(マネジメントバイアウト)だ。ただ、それ以前も、会社の中で自分で作ったソフトウェアをオープンソース化したり、かなり自由に働いてきた。

組織にいると好きなことが出来ない、もっと自由に働きたいと言う人もいるが、そのメンタリティでは組織から出ても好きなことは出来ないように思う。とはいえ、ただの精神論だけでなく、大きな組織にいても自由に働くためのテクニックもある。

ザッソウ管理ゼロで成果はあがる

上司にはYES/NOで提案せずに、相談から入る

組織にいて、自分のアイデアややりたいことがあった時、まずは上司に話にいくだろう。その時に、こうすべき、こうしたほうが良い、というような提案をするのは良い手とは言えない。特に若いうちは自分の信念や正義があって、それ自体はとても良いことだが、そのまま振りかざしてもうまくいかない。

上司に対してYESかNOの返事をもらうような提案をすると、まずはNOと言われることが多いはずだ。上司としても、本当に良いアイデアや提案だったとしても、プライドもあってすぐにはYESとは言えない。それに、自分には自分の予算や計画があって、それをクリアすることが至上命題だから、外れることにYESとは言えない。

そこで着眼点を変えて、提案するのではなく相談をしてみることだ。上司とは部下の相談を受けることも仕事のうちだ。もし本当に実現したいことがあれば、どうすれば実現できそうか相談してみることだ。そこで、もし一緒に考えてくれるならしめたもので、うまくすれば味方にさえなってくれるはずだ。

私も、会社の資産をオープンソース化しようと考えた時、最初は提案を行っていたが、YES/NOの二択で迫ってもうまくはいかなかった。そんなことに取り組んだ前例がないのだから、そもそもYESもNOも判断できないようなことだったのだ。困った私は、どうすれば良いか相談するようにした。それが結果的には良かった。

「許可を求めるな、謝罪せよ」とは言うものの、それをするリスクは大きい。だから、みんな許可を得るような提案をしてしまうのだろう。だから、「許可を求めるな、相談せよ」くらいがちょうど良いのではないか。

いつでもバッターボックスに立てるように準備する

社内ベンチャーを立ち上げる話は、その当時に着任されたばかりだった新社長とのランチの機会があり、実はその会食のタイミングで決まったのだ。アジャイル開発で本を出したり、オープンソース化に取り組んだりしていたこともあり、変わった社員がいるということでランチの機会をもらうことが出来た。

当時の私は、自分のチームを持っていて、そのチームを存続させるために、自分たちでビジネスを立ち上げていこうと考えていた。もちろん意味のある事業として、SIerでは取り組んでいなかったクラウドのビジネスを立ち上げるプランをあたためていたところだったので、そのランチはチャンスだった。

そこで、社長室での会食の場で、秘書の方にプロジェクタを用意してもらい、食事もほどほどに用意をしたプレゼンを聞いてもらうことにしたのだ。社長も面白がって聞いてくれたおかげで、私の考えていることに賛同をしてくれて、なんと、その場で新規事業に取り組むことが決まってしまった。

この時のチャンスを活かしてなければ、今のソニックガーデンはなかっただろう。もし考えを用意してなければ、もし挑戦したい思いがなければ、もし伝える勇気がなければ、ただの会食で終わっていただろう。たとえ完成度が低かったとしても、チャンスを活かす方が大事な時もあるのだ。

100%の準備をしてからチャレンジするよりも、タイミングをうまく活かすこと。そのためにも、常に準備しておくことが大事だ。機会があるのは運なのかもしれない。しかし、準備してないと機会は活かせない。

あえてマイノリティでいて、プレゼンスを出す

就任されたばかりの社長とのランチの機会を得られたのは、果たして運が良かっただけだろうか。もちろん、とてもラッキーだったとは思うが、私のことを知っている役員の方の推挙がなければ、また、私が社内でも変わった経歴とスキルを持っていなければ、そんな機会は得られなかっただろう。

私は、その会社の中では、常にマイノリティ側の人間だった。200人ほどいた一緒に入社した同期の中で、プログラミングの経験があり、技術志向でやっていきたい人間など殆どいなかった。アジャイル開発が日本に上陸したばかりの頃に興味を持って、社内で広めようとした人間もいなかった。

社外に出て、コミュニティに参加したり、本を書いたり講演をしたりする人間もいなかったから、必然的に目立つようになった。そうした珍しさもあったからか、現場から本社部門に異動することになって、全社に影響できる立場でアジャイル開発や、Rubyの推進をする立場で働くことが出来た。

私は、私のやりたいことを常に表明してきた。誰かが勝手に、気持ちを汲んで好きな仕事をさせてくれるとは思わなかった。自分のやりたいことがあるなら、自分で表明しないと伝わらないと考えていた。組織で個人が意思を表明すれば、敵も多かったけれど、味方になってくれる人も多かった。

プレゼンスを出すことは、組織で働く中でも好きなことに取り組むためには大事なのだ。そして、他の人と同じことをするのではなく、恐れずマイノリティでいる方が高いプレゼンスを出すことができる。

経営トップの視点で捉えて、経営者の言葉を使う

今でこそ、こんな風にブログを書いたりしているし、目的のある話であれば人と話すことも、それなりにうまく出来る方だと思うが、プログラミングが全てだった若い頃は、本当にコミュニケーションが下手だった。自分の考えを伝えるなんてことの大事さがわかっていなかったのもある。

だけど組織にいようがいまいが、自分の考えが伝わらなければ何も始まらない。逆説的だが、自由に好きなことをするためには、自分ひとりでは実現することが出来ない。あらゆる周囲の人たちの協力があって実現できる。周りの人たちに伝えるには、日本語が必要だ。

日本語は、プログラミング言語よりも圧倒的に多くの人と通じ合えるプロトコルだ。そして、プログラミングをするように、ロジカルに伝えれば、さらによく伝わるということも知った。当たり前だが伝えるためには、相手のわかる言葉で伝えなければいけない。

そこで気付く。社内で自分の考えを伝える時に、プログラマの視点で、プログラマの言葉で、プログラマにしか伝わらないような伝え方をしていなかったか、と。相手の立場になって、相手の言葉で、相手に伝わるように伝えなければ、伝わりはしない。

経営者が相手なら、経営者の視点で考えて、経営者の使う言葉で伝えていくことが重要だ。そのために、伝えたい相手が読みそうな本を読む、なんてのも良いだろう。そういえば沢山の経営の本を読んだ。

会社を辞めても自立が出来るだけの繋がりとスキルを持つ

ここで書いたようなテクニックや戦略を活かせば、組織の中にいても好きなことが出来る可能性は高まるだろう。だけど、本当に大事だったと思うのは、会社を辞める気になってからが、会社員としては本番だったな、ということだ。

会社員でいて本当に良いことは、多少の失敗をしたところで死ぬほどのことはない、ということだ。ドラマなんかだと「私が責任をとる」とか言うけれど、責任のとりかたって一体なんなのだろうか。会社を辞めることなのか、果たして本当にそれはペナルティなのか。

大事なことは、会社での評価よりも、より高い評価を社会から得ておくことだ。その会社を辞めたとしても、どこにいっても働けると思えば、何も怖いものはない。辞めることが責任をとるということならば、辞めても大丈夫だと思っていれば、なんだって出来るとは思わないか。

会社から自立が出来るだけの繋がりとスキルを持って、その上で、その組織と自分を活かす道を見つければ良い。組織にいて良いことは、自分だけでは出来ないような事業や仕事に挑戦することが出来ることだ。一人きりでは無理な挑戦は難しいだろう。

組織を活かしつつ、自分も活かす。会社を取引先や顧客だと考えて働く。私は、裸一貫から起業した訳ではないから大したことはないけれど、そんな大したことのない私でも起業が出来るような戦略を取ることが出来たのは、組織の力を活かして、自分を活かしたからだと思っている。