マネージャ寓話:怒りっぽい上司と怒らない上司

マネージャ寓話:怒りっぽい上司と怒らない上司

とある企業に二人の優秀なマネージャがいた。彼らはプロジェクトを成功させて、成果を上げることで社内からも一目置かれる存在だった。

* * *

一人は軍曹タイプ。規律を重んじて、しっかりと計画立てて、滞りなくプロジェクトを遂行することのできる人だ。

自分にも部下にも厳しく、成功するためには叱咤することを恐れない。嫌われたくないからって日和ったりしないからこそ、いくつものプロジェクトを成功に導いてこれた。少々怒りっぽいが、人情は厚く世話焼きでもある。

もう一人は兄貴タイプ。メンバーの自主性を大事にするためにプロジェクトが大変になることもあるけれど、柔軟に対応することで最終的にはなんとか着地させてきた。

普段から温厚で、滅多に怒ることのない優しいお兄ちゃん。しかし、ただ優しいだけではない。問題に対しては徹底的に対応する。そして、温厚でいた方が得する方が多いから、と合理的でドライな一面もある。

とにかく対照的な二人だった。

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いずれもプロジェクトは成功させるのだが、大きく違ったのは、プロジェクトを通じた部下の育成だった。

軍曹の元で育った部下は、統率された指示命令の下で非常に高い生産性を発揮した。ただし、その高い生産性は軍曹のプロジェクトにいる時に限ったことだった。そして、想定外のトラブルに弱く、柔軟さに欠けることがあった。

一方で、怒らない兄貴の元で育った部下は、物怖じせず意見を言うため、ちょっと面倒臭く扱いづらい感じではあるが、どのプロジェクトに入ったとしても、しっかりと成果を出すことができるような人材になっていた。

部下の育成という観点でみれば、兄貴に軍配が上がった形だ。一体なにが違うのか、ずっと軍曹にとっては謎だった。

* * *

ある日、軍曹は兄貴のプロジェクトを見学する機会を得た。ちょうど、ふりかえりをするというので静かに見せてもらうことにした。

「ふりかえり」というのは、元々はアジャイル開発の文脈で使われるもので、チーム活動における改善をしていくためのミーティングの一種だ。よくあるのは「KPT」というフォーマットで、良かった取り組み、問題を洗い出し、そして次に取り組むことを考えるメソッドだ。

プロジェクトのメンバたちが積極的に、ふりかえりを行なっている。Keep(良かったこと)を出しあって、互いのことを褒め合っている。Problem(悪かったこと)も、想像していた以上にあけすけに書き出している。軍曹は、その様子にとても驚いた。

こっそりと兄貴に聞く。「あれは結構、大きな問題だよな。どうして怒らないんだ?」兄貴はこともなげに答える「怒ったって仕方ないだろう?」

どういうことだろうかと訝しげな軍曹に、兄貴はこう言った。
「失敗を咎めるよりも、本人たちに言語化させることの方が大事なのさ」

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ふりかえりを少し見学しただけでも軍曹には驚きの連続だった。

ふりかえりというからには、いくばくかの反省もあって、上司である兄貴が何か言うものかと思っていれば、何も言わない。メンバたちは自分たちで進行させていくが、兄貴は静かに見守っているだけだ。けっこうな問題も出てきたが、それに対しても何も言わないのだ。自分だったら我慢できないだろう・・・

KeepとProblemをあらかた出しあったところで、ようやく兄貴は口を開いた。
「それじゃあ、皆でこの問題の対処を考えていこうか」

そこからは兄貴も一緒に議論に入る。問題をどうやって解決するのか、それを互いに忌憚なく意見を出し合っているのだ。その様子は軍曹が見ていてハラハラするほどの自由闊達な意見の応酬だった。その問題を引きおこした本人でさえ、そこで議論しあっているのだ。

軍曹には理解ができなかった。なぜこいつらは失敗して笑っていられるんだ。

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後日、軍曹と兄貴それぞれの部下が飲み屋で話をしていた。彼らは同期だ。

「やあ、調子はどうだい?」少し疲れた様子の軍曹の部下。
「いいよ、毎日楽しくやってる」明るく話す兄貴の部下。

「わかるよ、すごく成長してるって、外から見ててもわかるからさ」
「それは嬉しいね」

「でも、一体なにをしてそんなに成長できたんだい?」
「なにをして?うーん、色々となんでもやったなぁ。自分で考えてみたりしてさ。」

「なぜ、そんなに色々やれたんだい?勝手にやって怒られたりしないのかい?」
「うん、全然怒られないんだ。原因や対策はしっかり考えさせられるけどね。」

「そうなんだ。失敗して自分で反省してるところに、怒られるときついからね。」
「だから、失敗しても怒られないなら、色々やろうかなって。」

「なるほどなぁ。・・・僕の方はね、もう何をやっても怒られるんだ。」
「本当に?」

「そう、よかれと思った提案でさえ、ね。」
「・・・」

「だったら、もう言われたこと以外は何もしない方が得だろう?」

* * *

怒らない上司のマネジメント術

この話は、特定の組織や個人ではなく、いくつかの事例や聞いた話をもとに構成したフィクションだ。フィクションではあるが、きっと現実にもいるんだろうと思う。

いつも怒られていると、人は挑戦したり自分の意思で何かするような気持ちは失せてしまう。何もしない方が怒られなくて得をすると思ったら、そんな環境で自律的に考えて動くような部下が育つことはないだろう。

感情的に怒ったところで自分はスッキリしても、周りはスッキリしない。怒ったところで誰も得をしない。合理的ではないのだ。怒らないでもマネジメントできるようになれば、きっと部下も育つのではないだろうか。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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