私にとって会社経営は、仮説を証明するための実験だと考えている。実験なのでうまくいくこともあれば、失敗することもある。これまで毎年、私たちが取り組んできた実験と結果について考察してきた。
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2018年のソニックガーデンの経営を振り返ると、リスク対策など組織の堅牢さを高めることに取り組み始めた年だったように思う。本記事では2018年に取り組んだ実験と結果について記そう。
目次
遊ぶように働いて大きな成果を出すためのマネジメント
私たちソニックガーデンは、「納品のない受託開発」というビジネスモデルでソフトウェア開発を請け負っている。エンジニアたちは、コンサルティングからプログラミングまで担当する「顧問プログラマ」としてサービスを提供している。
顧問プログラマたちの生産性を最大化するには、指示命令するよりも自主性に任せて、自律的に協調しあうチームでいた方が良いのではないか。それがマネジメントとしての最初の仮説だ。そのために、管理をなくして成果を出せる仕組みや環境づくりを行ってきた。(それらはFindersの連載「遊ぶように働く」でまとめている)
誤解されがちだが、目新しいマネジメントをしたかった訳でもないし、社員のためだけに管理をなくしてきた訳ではない。創造性が求められるような仕事で大きな成果を出すための工夫として取り組んできたのだ。
それでも、その結果として2018年には「働きがいのある会社」ランキングで5位に入選したり、「第3回ホワイト企業アワード」にてイクボス部門を受賞したりと組織のあり方を評価してもらえたことは非常に嬉しいことだった。
多く注目していただいたことで、そのノウハウをまとめる形での書籍『管理ゼロで成果はあがる ~「見直す・なくす・やめる」で組織を変えよう』も来年1月には出させてもらうことになった。とてもありがたいことだ。
組織における自由と成果と堅牢さのバランス
組織を構成するパラメータは幾つもあると思うが、私たちが最初に考えたのは「自由」と「成果」のバランスだ。成果が出せずに自由なだけでは、ただの仲良し集団となってしまう。企業として社会に価値を出すことは大前提なのだ。
そこに、もう一つパラメータを追加するなら「堅牢さ」ではないかと考えるようになった。社会の一部である企業として、コンプライアンスやセキュリティを守っていくこと、リスク対策に取り組んでいくことが「堅牢さ」だ。
成果は高いけれど、社員の自由度は低く、堅牢さも足りていない。ベンチャー企業で急成長している段階に起きてしまいがちだ。猛烈に働いて労務リスクが起きてしまっては元も子もない。
一方で、堅牢さはピカイチだが、社員の自由度は低く、成果も高くない状態は、大企業で起きてしまいがちだ。あらゆるリスク対策をとった結果、身動きが取れなくなって成果が出せない。
自由度は高くて働きやすさがあり、働きがいもあって成果を出せる。しかし、堅牢さが足りていないため、絶妙なバランスの危うさがあったのが、去年までの私たちだった。2018年に取り組んだ私たちの課題は、自由と成果が高いまま、堅牢さも備えた組織にすることだった。
管理ゼロで堅牢さを保つための自治制度
コンプライアンスやセキュリティに対する取り組みは、重要だけど緊急性を求める仕事ではないし、どうしても面倒な網羅的に管理しなければいけない仕事なため、誰もすすんでやろうとはしない。
だからといって放置していいわけにもいかない。そこで取り組んだのが、チームやプロジェクトを横断した「委員会」の設置だ。一人だけに役割を充てると、誰かに負担を強いることになってしまうから、皆でやろうというわけだ。
セキュリティ対策委員会に、サービス提供する基盤(最近の流行りで言えばSRE:Site Reliability Engineering)に関する委員会や、情報システムに関する委員会などが立ち上がった。どれも普段の仕事をした上で、委員会の活動をしてもらっている。
さらにセキュリティ対策委員会では、外部の専門家に入ってもらうことで自分たちだけでは甘くなってしまう側面をカバーするようにした。お金を払って外部から管理監督してもらうのである。
自分たちのためでもあるとはいえ、組織の改善に自主的に活動してくれていることは本当に感謝の念に堪えない。
管理ゼロで人に依存しないための仕組み
とはいえ、堅牢さを保つための社内のオペレーションを高い人件費の人の時間を使って取り組んでしまうのはコストパフォーマンスが悪い。
だからといってオペレーションだけの人を入れるほどの量ではないし、結局は管理コストがかかってしまう。だから、テクノロジーを使って人に依存しない仕組みを作ることに取り組んできた。
たとえば、勤怠や労務のリスク対策として自動で収集したログから勤怠時間の把握と管理をするための仕組みを作った。これによって、打刻をしないでも、リモートワークでも、フレックスでも、人に頼らず勤怠を把握できるようになったのだ。
そして、この自動化の仕組みは特許も申請し、多くの企業での労務リスク対策のためのサービス「ラクロー」として提供できるようになった。(現在はβ版で提供中)
このように私たちの組織運営に対するスタンスは、会社自体をソフトウェアの技術で解決しようというものだ。すなわち”Infrastructure as Code”ならぬ”Company as Code”である。
管理ゼロで人を育てるための組織の構造
委員会とテクノロジーだけで解決できないのが、人と向き合う問題、特に採用と育成だ。私たちの場合、現場で働く全員が現役プログラマであり、自身の成長に余念がないために新しい人を受け入れたり若い人を育てることへの動機付けが弱い。
なかでも新卒で入った若手社員の育成やフォローは長年の課題だった。社会人1年目から一人前たちとフラットで同列に働くことは難しいし、まだ実力が足りないうちは成果を出すのに時間がかかってしまう。成果さえ出せば良いとしてしまうと、とてつもない長時間労働になりかねない。
そこで若手社員に対するケアの一貫として、上司やメンター、師匠にあたる人間をつけるようにした。そこだけフラットさを壊してみたのだ。
今回の実験はすぐに結果が出るものではないので、長い目で見ていきたい。1つわかったことは、師匠にあたる人間にとって大きな刺激とインプットが得られることで、育てる側が育っていることだ。
とはいえ、採用と育成は引き続き取り組んでいかなければいけない課題だ。継続的に実験していきたい。
管理ゼロでも決して課題はなくならない
人が増えて組織が大きくなるにつれて、確率的に問題発生のリスクも大きくなってしまう。実際、まだまだ意識が行き届かずに、お客様にご迷惑をおかけすることもあり、反省することはしばしばある。
それでも支援してくださるお客様に、協力してくれるパートナーの皆さんがいてこそだと感じられる1年だった。感謝してもし足りない。より一層、お客様や関係者の皆さまのことに向き合っていこうと思いを再確認した。
そんなわけで課題や問題はまだまだ山積みだし、うまくいったと思ったら別のところで課題が出てくる。やりがいはあるが経営はなんとも難しい。
何年も経営をやってきても、まったく上手になってきた気がしないのは、再現性のない課題ばかりだから、いつまでも慣れた感じで解決はできないし、いつも考え尽くすしかない。
だけど、そうした難しい課題に取り組めるのは幸せなことでもあると思う。会社の成長とは、不可逆な変化だ。変化を恐れていては成長することはないし、どこかでゴールがきて変化しなくなることもない。
ときに投げ出したくなることもあるけれど、来年も成長と変化、そのための実験に向き合っていきたい。