DXを阻むのは人事の問題か

「(日本の)DXが進まないのは、なぜだとお考えですか?」

先日、とある会食の中での問い。今更、私が答えるまでもなく多くの有識者によって語り尽くされた感のあるテーマではあるけれど、せっかくなので自分なりに考えを巡らせてみた。

経営陣の理解と関心の浅さや、組織全体に漂う必要性と危機感の薄さ、テクノロジーに詳しい人材の不足などあるだろうけど、根っこにあるのは日本企業に特有の人事の問題ではないかと思い至った。

それはつまり「人は変化を好まない」みたいな抽象的かつ心理的な問題ではなく、現場が保持しているスキルの問題であり、経営者が抱えている雇用の問題といった人事の問題ではないかと。

DXといえば、業務がデジタルに変わっていくイメージだろうけれど、実際には、これまであった業務がなくなり、新しい業務が生まれることになる。どちらかといえば、これまでの業務をなくすことの方が変化のためには重要なんだと思う。

けれど、これまでの業務をなくせるようになったとして、その業務に携わっていた人たちは、どうすれば良いのだろうか。

社内で別の業務に就けると良いけれど、その人にとって新しい業務となると、そう簡単に以前と同じだけの生産性は出せない。これまでの経験が長ければ長いほど、そうだろう。

出版業界で聞いたことがあるが、昔は印刷といえば活版印刷の時代で、活字を組み合わせて活版をつくる職人さんがいたそうで。無限と思える文字を見つけてくるのは職人技だったと。

しかし、時代が変わって写真植字へ、そしてコンピュータによるDTPへと変わっていくが、それは人が変わったことを意味していない。技術が変わっても、人は変われないことが多い。

経営者としても、DXを進めてこれまでの業務をなくす意思決定はできたとしても、人を変えること、まして、雇用をなくすことは難しい。新しい業務で生産性が出ないからといって、簡単に処遇を下げることはできないし、業務がないからといって、心情的にも法律的にも解雇することはできはしない。

これは、DXに限ったことではなく、新規事業の文脈でも同じことが言える。

既存事業が縮小しているので、新規事業にチャレンジしていきたいと考える経営者の方は多いし、相談を受けることもある。しかし、既存事業と新規事業では、必要な人材の能力やスキルは違う。果たして、今いる人材で新規事業を起こすことはできるのか。たとえ新規事業がうまくいったとて、既存事業で働いていた人たちはどうするのか。

DXにせよ新規事業にせよ、これまでの業務をなくしながらも、そこに携わっていた人をどうしていくのか、リスキリングの機会を提供するのか、もしくは人員整理していくのか、いずれにせよ難しい人事の問題が残る。ここが解決しないと変革は進まない。

これは、ツールやテクノロジーなどの技術的に解決できるようなものではなく、新しい環境に組織を適応させていけるかどうか、組織で働く人と時間をかけて対話を続けていくしかない適応課題だと言える。

そもそも、こうした問題が起きないような組織をつくっておくことの方が重要に思える。業務改善そのものを業務に組み込んで、これまでの業務をなくす機会が頻繁にあったり、業務の中に学習の機会を組み込むことで、働く人の仕事の質を変えていくことも日常にしていくとか。

これは、ケアとキュアの話に通じているように思う。DXを進めるにあたって組織をなんとか変えようとするのはキュアであり、まず組織を変化しやすい状態にしておく方がケアである。ケアに終わりはないが、組織をケアし続けることで、DXに限らず、何か変化に取り組む際の問題は起きない。

変化を当たり前にしている組織は、変化に強い。そんな組織でありたい。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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