書評:アントレプレナーの教科書

書評:アントレプレナーの教科書

リーンスタートアップを知ってから出会う人たちに勧められた本の一冊。リーンスタートアップの原点ともいうべき本、ということで読みました。

本書で説明するのは「顧客開発モデル」という名前の事業プロセスです。これからの時代、新規事業を立ち上げたり、スタートアップしたりしようとするアントレプレナーにとって、従来の企業の中でやっているような「製品開発モデル」を参考にした「正しく製品を作る」ことを前提にした事業プロセスに従うことは失敗への道であり、「正しい顧客と市場を見つける」ことを目的とした「顧客開発モデル」である、という考え方です。

どうしても起業や事業創造というと、アイデアとモノ作りに重点を置いて考えてしまいがちです。特に技術者が立ち上げる場合「良いものを作れば売れる」と考えがちです。しかし、本当に重要なのは「誰に」「どうやって」「いくらで」売れるのか、ということです。その顧客と市場の方を中心に据えた「顧客開発モデル」のプロセスであるべきだ、というのが本書の主張です。

本書では、その「顧客開発モデル」がなぜスタートアップにとって大事であるかを述べた後、そのプロセスである「顧客発見」「顧客実証」「顧客開拓」「組織構築」の4段階について、各章に分けて詳しく説明している。筆者の経験談を交えての説明は納得感が高く、リアリティのあるものになっています。

p36より引用

市場と顧客を発見するという作業の性質からして、あなたが何度か失敗することは間違いない。そのため、製品開発モデルと異なり、顧客開発モデルでは4つのステップそれぞれで正しく完了するまでに何度か繰り返しがあることを想定している。この点についてはしばらくの間、その意義をよく考えてみるだけの価値がある。なぜなら、「そのことから学ぼうと考えているなら失敗してもかまわない」というこの哲学が、本書の提示する手法の根幹をなしているからだ。

この引用には100%同意できます。新しい事業をするということは、計画通りにものごとを進めて正解というのではなく、仮説検証を繰り返しながら徐々に正解を探っていくようなものになります。そうであるならば、一発勝負でなく、失敗の許容を前提としたプロセスにすべきです。「顧客開発モデル」では、繰り返しを重視しています。

ここからは私の意見ですが、大企業の決裁文化において新規事業が産まれにくいのは、決裁を通すため計画の時点で叩きまくってリスクをなくそうとする割に、計画が承認されたらその後は計画通りかどうかしかチェックしないからだと思っています。少人数のスタートアップであれば、決裁などチームの合意でしかないので非常にスピーディで、かつ、途中変更などいつでも可能なのです。

エンジニアが陥るのは「良いもの作ったら売れる」幻想だし、大企業が陥るのは「良い計画したらその通りになる」幻想なんですね。

本書の原書は出版されてから相当時間がたっていることもあり、ソーシャルメディア活用に関する言及が薄いのは仕方がないですが残念なところです。おそらく、今執筆するとするならば、ソーシャルメディアによるマーケティングが変わってきていることはふれることになるでしょうし、「顧客開発モデル」とソーシャルメディアの関わりについては考えてみたいところです。

また、この本が執筆された当初に比べて、私が感じるのは、おそらくもっとスタートアップはリーンに(無駄なく)いけるような感覚があります。本書のプロセスが参考になるのは間違いないですが、人も時間もまだかけすぎているのでは、と感じました。

本書の邦題は「アントレプレナーの教科書」ですが、間違いなく言えるのは、教科書通りにやったって、スタートアップがうまくいくわけがないということです。必要なのは、その場その場で自分の頭で考えて進むしかないということです。ただ、もう一つ言えることは、教科書を読んだことがある人かそうでない人がいるとしたら、読んだことがある方が圧倒的に有利だといことには違いありません。もし今「良いものを作ったら売れる」と考えているスタートアップの方がいるならば、読んで損はないと思います。とはいえ、経験してないと納得できないこともあると思うので、実は経験者が読んだ方が納得感は大きいかもしれませんね。

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倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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