予測型マインドセットと適応型マインドセットの違い、アジャイル思考の本質

多くのマネージャや経営者に会ってきた中で、マネジメントの手法や組織のあり方の背景には、大きく二つの流派があるのではないか感じています。

一つは、未来の目標を決めて突き進もうとする考え方。もう一つは、将来は予測しきれない前提に立ち、変化に対して柔軟であろうとする考え方。

この本質的な部分で考え方(マインドセット)が合っていないと、世の中にある多くの手法や制度を真似てもうまくいかない。これは、どちらが正しいといった話ではなく、違いを認識することが重要ではないかと考えて整理してみました。

本稿では、この2つのマインドセットを「予測型マインドセット」と「適応型マインドセット」と定義して、その違いについて深掘りをしてみましょう。

未来の想像を先にするか、現在が続く先に未来があるか

「未来の働き方はどんな風になっていると思いますか?」

先日、とある大企業のイノベーションを担う部門の人たちから、リモートワークについてのヒアリングを受けたときに聞かれた質問。未来の姿を想像した上で、そこに足りないテクノロジーを研究していきたいという主旨でした。

それに対する私の答えは「未来のことはわからない」というもの。それを聞いて残念そうだったのは、リモートワークに10年も前から取り組んできたのは、さぞ未来を予測してのことだと思っていたからでしょうね。

実際のところ、私たちがリモートワークに取り組んできたのは、今のような未来を想定して必要な技術を開発したからではなく、海外で働きたいメンバーを応援したり、地方からの採用の応募に応えたりしてきた結果に過ぎないのです。

生産性や創造性を高めて、本質的に不要なものを取り除いていったら、仮想オフィスで働く全社員リモートワークになったのです。その仮想オフィスの仕組みも、新しい発明ではなく、その時点で使える技術を組み合わせたもの。

おそらく、この先も環境や技術が変わっていけば、私たちの働くスタイルも変化していくでしょう。絶え間ない変化を続けていけば、きっと数年後には、また未来っぽい姿になっているのかもしれませんね。

未来は予測できると考えるか、予測することを諦めるか

このように未来の姿を想定した上で足りていないものを埋めて近づけようとする人たちもいれば、私たちのように、今あるものを工夫しながら少しずつ進めていったら気づけば先進的だと呼ばれる状態になったりすることもあります。

もし未来が高い精度で予測できるものならば、未来像から逆算して計画を立てるのも良いかもしれないけれど、未来の予測は困難であることを受け入れるなら、取りうる姿勢はいかに変化に対応しやすい状態でいるかとなるはず。

このマインドセットの違いから産まれるギャップは、簡単には埋まりません。話をしていて噛み合わないとしたら、マインドセットの違いに原因があるのです。未来を予測するか、変化に適応するか、根本が違ってるのだから話は合わなくて当然です。

これまでの会社経営やプロジェクトマネジメントでは、明確な目標を決めて、達成できる計画を立てて、計画通りに実行していくことを良しとされてきました。しかし、今となっては予測や計画が難しい局面も多くあります。

改めて言うまでもなく、コンピュータとインターネットの登場以降、現代は多様性が求められ、変化のスピードも早い時代になっています。そんな中で、何年も先を見通すことなど簡単ではありません。(個人的には、昔からそうだった気もしています)

だからこそ、予測の精度をあげて、予測した地点へ辿り着くことに力を注ぐよりも、今の足元を見ながら前に進めて、状況や環境の変化に適応していける状態を作り続けたい。きっと今の地続きで未来があるから。

計画を守るマネジメントか、成果を出すマネジメントか

予測型マインドセットでは、予測した目標を達成するための行動が重要です。そのために、明確な達成状況を思い描き、現時点とのギャップを埋めるための計画をたて、その計画に沿って進めていくことになります。

この世界観においては、想定した計画通りに進められることができれば、マネジメントとしては成功です。しかし、当然ながら計画が正しいもので、とりまく社会の変化がない前提の話で、そうであった時代では良かったのです。

これから求められるのは、計画通りに進めることよりも、計画を臨機応変に変えながら成果を出すことでしょう。そのためには、成果や成功の定義の見直しから始めなければなりません。マネジメントの質が変わり、難易度も上がります。

たとえば、決められた数の製品をつくるマネジメントから、そもそも実現したいことを確認して、大量の製品をつくらなくても達成できる方法を考えるマネジメントをすることに。成果のために、そもそもから考え直すのです。

また、計画を予測するマネジメントでは、必要な人員は事前に検討します。どういった体制と役割が必要かを考えて、そこに人をアサインしていく。先に体制があるので、どういった人材が必要か明確ではあり、人口が多い時代に合っていました。

一方で、適応型のマネジメントでは、今いる人を活かすことから考えます。その人の特性や能力にあった役割を渡して活躍してもらう。これは、人は育つという考えが前提にあり、成長という変化に合わせていくためです。

変化に備えて準備するか、変化できる状態を維持するか

予測型マインドセットと適応型マインドセットの違いは、事前に想定できない状況に対するスタンスに現れます。つまり、計画にはない環境や社会の変化に対して、どのように備えようとするのか、その違いです。

予測型マインドセットでは、なるべく様々なシチュエーションを想定した上で、対処を準備しておきます。計画から外れないようにすることに重きを置くので、何か起きてもリカバリーできるようにしておくのです。

一方、適応型マインドセットで考えるなら、なにか状況の変化が起きた場合でも受け入れた上で対応できる状態にしようとします。そのためには、いかに身軽でシンプルな状態を保てるかに心を砕かねばなりません。

個人で入る民間保険で例えるなら、予測型マインドセットなら、様々な病気や困難を想定して、いっぱい保険に入っておく。適応型マインドセットなら、保険を使わなくても良いように、健康でいるためにお金と時間を使う。

とはいえ、なにも適応型マインドセットで、リスクマネジメントを捨てているわけではありません。どういったリスクがあるのか想定して、把握しておくことが大事なのは同じで、リスクに対する準備の仕方が違うのです。

むしろ適応型マインドセットの場合、チェックリストをクリアするようにリスクマネジメントをしないため、対処できる状態を維持し続けなければならないので簡単ではありません。保険に入らないなら、健康であり続けなければならないからです。

結果とは数字を出すことか、手段のために数字は必要か

健康でいえば、適応型マインドセットにおけるマネジメントでは、数字の扱いは健康状態を知るためのバロメータに過ぎず、達成するためのノルマだとは考えません。数字はあくまで頑張って取り組んだ後の結果です。

一方、予測型マインドセットでは、達成目標として数値は扱いやすいため目標にすることが多い。ゴールは必ずしも数値ではなかったとしても、その達成度合いを測るために数値が必要となり、いつしか数値が目標となってしまいます。

また、予測型マインドセットにおいては、予測した到達すべき目標に対して結果を出すことが最優先になります。ゴールを達成するために、手段にこだわらず、あらゆる手を尽くすことになるでしょう。それによって出来ることもあるけれど、故に燃え尽きてしまうこともあります。

適応型マインドセットでは、日々変化していく環境に適応していくために、むしろしっかりとした軸になるものが必要となります。表面的な手段よりも抽象度の高い価値観やカルチャーといった共通軸がないなら、それは適応というより行き当たりばったりです。

予測型マインドセットの場合、計画をたてて実行していく中で結果を出せているうちはいいけれど、どうしても結果が出なくなるときもあります。そうした時も結果を出すことにこだわっていては、続けていくのがつらくなってしまうかもしれません。

適応型マインドセットでは、結果を出すことよりも、いかに自分たちのスタイルを守ることができるのか。そこにフォーカスし続けることで、結果的にうまくいくことが多いのです。これは、正射必中の考え方です。

想定外はなくせるか、例外を歓迎して変化できるか

計画していなかった出来事を、どのように捉えるかでも、予測型マインドセットと適応型マインドセットでは異なります。予測型マインドセットでは、想定外の出来事は危機だと捉え、適応型マインドセットでは機会だと捉えます。

とりまく環境の変化は早く、そして避けられないものだと考えるなら、適応型マインドセットのように、ピンチと思わずにチャンスだと捉える方が前向きです。確率的に問題が起きることは避けられないのですから。

私たちソニックガーデンでも、想定しきれなかったセキュリティで問題を起こしたり、お客様との関係性でトラブルになることもなかったわけでもないですが、なんとか乗り越えられたおかげで、より強い組織になれたと思います。

また、新卒社員の採用を始めたのも、創業から3年くらいで当時は中途採用しかない中で、新卒採用の応募者がきたのがきっかけです。その一人だけのために新卒採用の制度を作ることにしたのです。その例外的な状況を活かしたから新しい制度ができました。

適応型マインドセットでやってきて感じるのは、大失敗みたいなことはなかったけれど、小さな問題や早いうちの失敗は沢山やってきたんだな、ということです。むしろ大問題になる前に、早く小さなうちに問題を起こして向き合ってきました。

裏返すと、小さく挑戦を続けてきたとも言えるのかも。少しずつでも変化し続けていれば、いざ変化が迫られる状況になっても困らないでしょう。今回の急激なコロナ禍でリモートワークに移行できた企業は適応型マインドセットなのかもしれない。

未来のために生きるか、今の幸せを続けていくか

予測型マインドセットは、未来に成功があって、それを掴むために努力をしていく思想です。それ自体は否定するものではないですが、未来のために今の現実を犠牲にしすぎたり、諦めてしまうとしたら、やり過ぎでしょう。

適応型マインドセットでは、未来のために努力するとともに、今この瞬間もどうやって幸せでいることができるのか、も大事にしています。では今の幸せとは何か。それは渇望がなく充足していることを当人が感じていることではないでしょうか。

いわゆる「足るを知る」なのかも。どれだけの富や立場を得ても足りないと感じる人は、どこまでいっても幸せにはなれそうにありません。もちろん足るを知るといっても、気休めや気持ちの問題でなく、実際に足りている必要はありますが。

適応型マインドセットは非常に刹那的で、あまり後先のことを考えていないように思えるかもしれません。しかし適応とは続いていくことであり、それは持続可能性を高めることなので、むしろ長期的な目線を持っているとも言えます。

ただし今の現実から一歩ずつとはいえ、未来を夢想することにも大いに意味はあります。未来の良い想像こそが希望だし、想像するから新しいことが生まれます。『人が想像できることは、人が必ず実現できる』SF作家ジュール・ヴェルヌの言葉です。

適応型マインドセットだけが素晴らしいわけではなく、短期的には予測型マインドセットである方がうまくいくこともあります。挑戦は予測型で進めた方が学びの取れ高は大きい。未来に適応する肝は、遠い先のことを決めすぎないことでしかないのです。

アジャイルという言葉、アジャイル思考の本質とは何か

変化する状況に対するマネジメントの変化は、ソフトウェア開発の世界で一足早く訪れていました。アジャイル開発のムーブメントです。アジャイル開発は、重厚長大な開発プロセスを捨てた身軽な開発プロセスとして知られます。

アジャイル開発は繰り返し型などの特徴はありますが、その根底にあるのは、いかに変化に適応していくか。ソフトウェアという不確実性が高く、完成品も目に見えない、その開発をどうマネジメントしていくのか、という点に尽きます。

アジャイル開発では20年以上も前から、こうした問題に取り組んできたのです。そこで培われたノウハウは、今あらためて考えるとソフトウェア開発の領域だけでなく、様々な場面のマネジメントに有効になるのではないでしょうか。

私は10年ほど経営をしてきましたが、その指針になったのはアジャイル開発の考え方に他なりません。最初から完璧を目指すことなく、変化する社内外の問題や状況に適応してきたことで、創業したときには思ってもみなかったところに辿り着けました。

そうした私の取り組んできた経営スタイルをまとめるにあたり、アジャイル経営と呼ぶのかと考えましたが、なにも経営だけに限った話ではないと気づきました。人生、家庭、趣味、様々な場面で影響を与える基底のマインドセットだといえます。

だから「アジャイル思考」と呼ぶ方がしっくりきます。

そして、アジャイル開発とアジャイル思考に共通する「アジャイル」の言葉に含まれる本質的な意味は、適応型マインドセットだったのではないでしょうか。

いつか可能であれば、アジャイル思考をもとにしたマネジメント実践について書籍化してみようと思います。

あわせて、こちらの記事もどうぞ。

アジャイル思考での組織づくりについては、こちらを。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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