book sale loot / ginnerobot
拙著『「納品」をなくせばうまくいく』が発売されて早くも半年以上が経ちました。たくさんの方に読んで頂いて感謝です。「ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書 大賞 2015」で、大賞にも選んで頂きました!ありがとうございました。
拙著の話はさておき、この記事では書籍の出版という経験を通じて私の感じた出版業界について書きました。
目次
出版業界ならではの不思議な制度
これまで数冊の本を出していましたが、企画から考えた単著としては今回が初めての経験でした。以前に執筆したときと違い、今は経営の仕事をしているためか、出版という事業についても色々と気付くことがありました。
出版業界は非常に歴史のある業界で、そこには様々な取り決めや商習慣があって、それに従わなければ本を出すことはできません。門外漢からすると不思議でならない制度もたくさんあります。
例えば、書店は売れない本はペナルティなしで自由に出版社に返品できる制度があるそうで、早い本だと届いてすぐに返品されることもあるそうです。怖いですよね。
納品すると後にひけない書籍の世界
今回『「納品」をなくせばうまくいく』というタイトルで出しましたが、当初は「納品のない受託開発」というタイトルでした。デザイナーさんにもご迷惑をかけつつ出版ギリギリで変更してもらいました。
今となっては『「納品」をなくせばうまくいく』にしておいて良かったなと思いますが、当時はかなり悩みました。最終的には、直感で選んだのですが、この決めてしまうと後にひけない感じが書籍の特徴なのでしょう。
ウェブの世界であれば、A/Bテストや改善をしていくことでユーザ数を増やすこともできますが、「出版」のある書籍の場合はそうはいきません。そうなると、著者の好みや直感が占める割合が大きくなります。
だからこそ著者の「作品」であるという意味合いが強いのも頷けます。
出版社が作るべきは作品ではなく商品である
どんな書籍も消費者に届けることを考えれば「商品」であることは間違いありません。文学書も実用書も等しく商品になるわけです。商品であれば、消費者に届けることがゴールになるはずです。
しかし、今の出版の世界では「作品」を作ることを重視しすぎて「商品」を作る目線が弱いように感じます。良い作品を作ることは間違いなく大事なことですが、良い作品だからといって売れるかというとそうではありません。
著者も作品を作りたいだけなら自費出版で良いのです。出版社は出版自体がビジネスとしても、著者にとっては手段でしかないはずです。作品を通じて伝えたいことがあるなら、読者に届けるための努力をすべきでしょう。
しかし、今の出版業界では、その努力も出来ることが限られてしまうのが現実です。
運に頼った牧歌的な書籍のマーケティング
最近は本を買うのはもっぱらAmazonですが、やはり書店を通じて購入するという方も多いでしょう。出版社もまずは書店で販売することを考えます。しかし、本当に書店は新たな読者を掴む有効なチャネルなのでしょうか。
大きな書店で平積みにされていれば、書店に訪れた人の目に触れて買ってもらうこともあるかもしれませんが、普通の書店で書棚に1冊か2冊並べられて背表紙だけで買ってもらうことって、運命の出会いに近いことです。
しかし、多くの出版社はまだそういうセレンディピティーで本が売れると信じています。偶然入った本屋で、手に取った本が読みたかった本だったなんて素敵なエピソードかもしれませんが、商売として成立すると思えません。
21世紀になってもまだ偶然や運に頼ったビジネスをしているように感じました。
新人著者が抱える大きなハンディキャップ
そうした中で、実績のない新人著者は相当なハンディキャップを抱えることになります。まずは新人著者の場合、初版の部数が多くありません。仕方のないことですが、書店に並ぶ数が少なくなり人の目に触れる機会も減ります。
著者の名前が売れていれば、書店側も売れることを見越して目立つところに配置するでしょうが、無名の新人だとそうはいきません。書店への営業も、少ない初版のために出版社として営業担当のリソースが割けないというのもわかります。
限られた書店のスペースは、もはやレッドオーシャンなのです。書店こそがショーケースでもある書籍という商品の特性でいえば、もちろん作品の良し悪しもあるにせよ、売れるかどうかは新人著者になるほど運の要素が大きくなります。
著者が販売戦略に関わることが出来ない
では限られた書店のスペースをどう取っていくか、となると戦略的に配本したいのが本当のところです。小さな書店に1冊ずつ配本しても、読者と出会いの機会を待つしかないというのは厳しいです。
それならば、いっそ1冊しか置けない書店に配本するのはやめて、ロングテールはAmazonに任せて、大手書店のみに集中して配本した方が効果的なのではないか、という戦略も考えたりしました。
しかし、それは実現しませんでした。「取次」と呼ばれる中間業者の存在する出版の世界では、著者が販売戦略に口を出すことは出来ないのです。著者から読者の距離が非常に遠いというのが出版の世界で感じたことでした。
これって、システム開発の業界にも通じるところがありますよね。私は似ていると感じました。
「出版」をなくせばうまくいく?
こうした出版業界に起きている矛盾や問題の根本を探っていくと、「出版」という行為そのものがあることが原因となっているように気付きます。
本という物理的な媒体を世に広めるためには、印刷という工程が必要で、そのために厳密に事前に設計しきる必要があります。読者の反応を見ながら調整していくようなマーケティングが出来ないのはそのためです。
印刷した本は、日本中の書店に配本しなければ並べることはできません。配本は出版社が一社でするにはコストがかかりすぎるため取次業者が存在していますが、そのためにコントロールが効かなくなります。
出版社が在庫を抱えるという構造も、キャッシュフローを停滞させるし、書籍を出版するリスクも大きくてギャンブルになりがちです。そうすると、既に実績のある著者からの書籍を出すことに注力せざるをえなくなります。
書店というショーケースでしか読者が新しい本を知ることがないというのも、本という媒体の制約であり、その書店のスペースの奪い合いという本質的でないマーケティングがあるのも「出版」があるからです。
そもそも書籍の本質は「出版」ではないのではないのでしょうか。
古くて硬直した業界構造など変える必要はない
「出版」をなくせばうまくいくかもしれないという仮説はありますが、だからといって安易に電子書籍にすればいいという訳でもないでしょう。とはいえ、業界構造を変えようと努力するのは現実的な話ではありません。
「納品のない受託開発」で私たちがやってきた経験から言えば、もし本当に「出版」をなくすような新しい取り組みをしたいのであれば、新しい会社組織を作り、新しいビジネスモデルで、新しいマーケティングをしなければなりません。
それによって顧客のニーズを掴むことができれば、業界構造など気にせずともビジネスは成立するし、その新しいビジネスモデルで市場が広がれば、古い業界構造は自ずと消えていくことになります。業界など変えようとしなくて良いのです。
「出版のない書籍製作」で実現するビジョン
新しいビジネスモデルのためのテクノロジーは揃いつつあるように思えます。インターネットとソーシャルメディアの登場はもちろんのこと、印刷技術も進歩しているでしょう。新たな形の出版社が生まれる土壌は整いつつあるように思えます。
もし私が今から出版社を作るのであれば、そうしたテクノロジーを前提に、新しいビジネスモデル「出版のない書籍製作」を核にして、コアコンピタンスに集中した経営をして、ビジネスを成立させるようにするでしょう。
少数の書籍だけがマスに到達するけれど、響かない読者にまで届いてしまう現状よりも、多様な書籍がビジネスとして成立する程度に、種類多く存在し、本当に届けたい読者に届けられる、本当に読みたいと思っている人が手に取れる世界・・・そんなビジョンを考えています。
しかし、それをすることは私のミッションではないので、出版業界を変えるのは他の誰かに譲りましょう。出版業界のことを知り尽くした知識がありつつも、これまでの慣習や常識をすべて捨てる勇気がある人が出て来れば、変わるでしょう。
そんな新しい市場を創ろうとする志のある方がいるなら、ぜひ応援したいと思っています。