私たちソニックガーデンでは、数年前に個人評価をやめた。エンジニアの評価は短期的には難しいし、外発的動機よりも内発的動機を重視した方が圧倒的に生産性が高まるからだ。評価をやめて、経営者と社員の両方にストレスのない状態になった。
ちゃんと働くのか。その辺りは、これらの記事に詳しい。売上目標をなくしてもうまくいく? 〜 案件よりも人を優先する経営哲学、数字や営業が苦手なプログラマだから辿り着いた「エクストリーム経営」
だから、私たちの会社では評価面談がない。その代わりに「すりあわせ」という取り組みを実践している。この記事では、評価をしない会社ソニックガーデンで取り組んでいる、社長との1on1面談「すりあわせ」について紹介している。
目次
KPTとYWT、「ふりかえり」から「すりあわせ」へ
私たちは、社内の価値観の共有や育成のために「ふりかえり」を実践している。元々はアジャイル開発の世界で行われていたものを、若手や中途採用の育成であったり、現場の改善のために実施している。
ふりかえりは、「KPT」というフォーマットで行う。(KPTと進め方のノウハウ)
Keep(良かったこと)、Problem(悪かったこと)を洗い出して、よければ継続し、悪ければ改善するためのTryを出す。どんな業務でさえ、KPTでふりかえるようにすれば、少しずつ改善されていく。KPTは、主に現場で取り組んでいる活動だ。
また、「YWT」を使うこともある。(YWTを使った戦略の立てかた)
YWTは、Y(やったこと)、W(わかったこと)、T(次にやること)の頭文字で、私たちソニックガーデンでは先ほどのKPTよりも、もう少し大きな期間や視点でふりかえるために使っている。YWTは、経営層や師匠と弟子の個人面談で使うことが多い。
評価面談をしていた頃は、評価のためにもYWTをしていた時期があった。そこで成果を振り返ったり目標を立てたりしていた。しかし、評価をなくしたことで、面談の必要性がなくなってしまい、社長と話をする機会が減ってしまった。
そこで、評価はしないけれど、社長との1対1で話をする機会として、YWTは続けることにした。しかし、YWT自体は手法であって、本質ではない。1on1も同じだ。良い名前はないか、と色々と考えた結果、出てきたのが「すりあわせ」だ。
ビジョンの見直し、仲間を応援するための「すりあわせ」
売上目標はないが、ビジョンはある。それが私たちの「管理のない会社経営」におけるマネジメントの一つだ。会社にはビジョンはあるが、個々人は個々人でビジョンや夢がある。だから「すりあわせ」が必要だ。
人生を会社に捧げる必要などない。自分の人生、自分のやりたいことをすれば良い。ただ長い時間を過ごす場が会社なのだから、自分の夢を実現するために、うまく会社を利用して欲しい。それが会社のビジョンとすりあっていれば、なんら問題ない。
社長と1on1でやる「すりあわせ」では、YWTを使う。Y(やったこと)W(わかったこと)を、会社と個人それぞれで持ち寄って共有する。個人は会社の様子がわかり、会社は個人の様子がわかる。そして、一緒になって、T(次にやること)を考える。
会社には会社の問題や課題、社員のみんなにやって欲しいことや困ってることがある。しかし、それを指示命令でさせても頑張れない。個人としても、やりたいと思っていることがあっても、普段から表明するのも難しい。だから、互いの思いの部分から、すりあわせるのだ。
「ビジョナリーカンパニー2」に、まず適切な人をバスに乗せてから行き先を決める、というビジョンの決め方がある。「すりあわせ」は、その先だ。ビジョンは人の増加や時間の経過と共に変化するし、具体化もする。「すりあわせ」が、ビジョン見直しのインプットになる。
会社のビジョンのために、個人のビジョンを犠牲にしない。参加する個々人のベクトルの集合が会社の大きなベクトルになれば良い。個人のやりたいことを実現できる場所にしたい。だから、ただ生活費を稼ぐためだけの人はいられない。
好きで得意なことを見つけて伸ばすための「すりあわせ」
「すりあわせ」の時間は、YWTを使うものの、それは話のきっかけに過ぎず、大半の時間は雑談をしている。何しろ、評価をしないのだから、もっと出来たんじゃないかと成果を問うこともなければ、厳しい指導をすることもない。
それまで評価をしていた経営者として楽になったのは、気軽に褒めても良い点だ。評価がないのだから、褒めて評価が上がるわけでもないから、なんの下心も交渉もなく、褒めることができる。素直に話ができるのだ。
そうすると何が起きるのか。面白いことに、みんな「すりあわせ」で、自分の不得意なことも表明するようになる。やってみて駄目だったことも気軽に共有してくれる。「マーケティングやってみたけど、苦手だとわかった」なんて感じだ。
普通の評価面談なら、どれだけ自分が頑張ったか、なんだったらちょっと盛ってプレゼンテーションするだろう。しかし、そんな無理な誇張をする必要などない。むしろ、自分の得意なことと、不得意なこと、好きなことと嫌いなことを、素直に共有してくれた方がいい。
私たちはチームだ。チームでは、それぞれの得意分野を徹底的に活かし、苦手な分野は仲間に任せる。チームに貢献できる強みが一つあれば、完璧人間でなくても良いのだ。不得意を矯正するより、好きで得意なことを伸ばした方が効率が良い。
だから、経営者の仕事の一つは、適材適所になる仕事を見つけることだ。本人が活躍できるフィールドを一緒になって見つければ、人は活躍できるはずだ。それを見つけるのも「すりあわせ」が機会になる。
仕事が楽しいフロー状態を続けるための「すりあわせ」
スポーツやアートの世界で、人が没頭して楽しいと思える状態を、チクセントミハイは「フロー状態」と呼んだ。どうすれば、その「フロー状態」に入れるのか、パラメータとしては2つ。自分の技量と、対象の難易度だ。そのちょうど良い状態でフローに入れる。
技量が高いが難易度が低ければ退屈になってしまう。技量が足りないのに難しいことをしようとすれば不安になる。退屈でも、不安でもない状態に自分自身をおくことが大事だ。だから、技量が上がれば、難易度も適切にあげた方が良い。
しかし、なかなか自分から難しいことをしようとするのは二の足を踏むだろう。ストイックに自らチャレンジを続けられる人は、そんなにいない。「すりあわせ」では、そんなコンフォートゾーンから少し踏み出すことの手伝いをする。
強制的に目標を立てて挑戦させてもモチベーションが続かない。あくまで自分で決めることが大事だ。そのためにもYWTを使う。T(次にやること)は計画ではない。自分のビジョン、なりたい姿に向けて、取り組む方向性がTになるのだ。
KPTを使った改善は、一つ一つ積み上げていく自分でコントロールできる成長だ。YWTは将来の自分の理想の姿から考える方向性だから、決してコントローラブルなものではない。だからこそ、思わぬ成長のチャンスを掴むことが出来る。
もし目指す方向の為に、やってみたい仕事があったとしても、それを会社が知らなければチャンスを渡すこともないだろう。「すりあわせ」をしておくことで、チャレンジする機会を得る可能性が高まるのだ。
大人にも定期的に自分の進路を考える機会が必要だ
子供の頃は、何度か自分の将来を考える機会があった。中学は私立か公立か。どの高校に行くのか、理系か文系か。どの大学を目指すのか、研究室はどうするか、そして就職先を考える。どのタイミングも、自分の将来のことを考えて選択してきた。
それなのに、大人になると、途端に自分の将来のことを見据えて、進路を考えることをしなくなる。重大な決断は結婚か、家を買うか、そんなところか。もしくは、転職だ。転職する際は、自分の市場評価や将来のことをしっかりと考えるだろう。
だが、転職する気がなければ考える機会がない。それは思考停止で危ない状態ではないだろうか。だけど、常に転職を勧めているわけではない。同じ会社で一緒に長くやっていこうと想うからこそ、あえて定期的に考えるきっかけがあると良い。
仕事でもプライベートでも、何か挑戦をしている状態は精神的に前向きになれる。未来を諦めず、定期的に前を向くきっかけ作り。「すりあわせ」は、大人になってからの進路相談のようなものなのだ。