自分で経営をするようになってから特に、日本の経営者の方の書かれた本を読むようになりました。日本にも素晴らしい経営者が沢山いらっしゃいます。
特に、これまでの商慣習を見直して、業界を変えようとしている人たちの話には、とても共感を覚えます。
今回の記事で紹介するこの本「俺のイタリアン、俺のフレンチ」も、まさしく、そういう本でした。
本書は、ブックオフの創業者で、今は、全くの異業種である飲食業の中で、改革とも言える取り組みをすることで、大きな注目と成果を出している坂本孝さんの書かれた本です。
「俺のイタリアン」をはじめとする彼の店では、通常の飲食業で常識とされていることを徹底的に見直して取り組むことで、飲食業界に大きな波紋を投げかけています。
例えば、原価率。通常であれば、30%と言われている飲食店の原価率を、彼の店では60%以上に設定しています。その代わりに立ち飲み形式にすることで回転数を上げて利益を出すようにしています。それによって、料理人は原価を気にせず美味しい料理を追求できるし、もちろんお客様にとっては安価で美味しい料理を食べることが出来るのです。
「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」という風変わりな名前と共に、店舗を増やしていくことで、彼の目指すのは飲食業界の改革です。素晴らしい料理を作る一流の料理人を集め、高い原価をかけて思う存分に一流の料理を作ってもらい、より多くのお客さまの手に届く価格帯で届けるという仕組みを作ったことで目指すのは、1000万円プレーヤーの料理人を増やしていくことです。
それは、私たちソニックガーデンが、ソフトウェア開発の業界で一流のプログラマを集めて、お客さまと真のパートナーになれるビジネスモデルを実現し、そしてプログラマという職業を高い報酬が得られつつ、とてもやりがいのある魅力あるものにしていこうと取り組んでいることに非常に似ていると感じました。
読書メモ:ソニックガーデンの場合
ここでは本書を読んで気になった部分を、私たちの会社であるソニックガーデンでのケースで考えながら紹介します。
「これまで、原価率、味、労働時間など、妥協しなくてはならないことがあった」だからこそ、「『俺のイタリアン』では、妥協のない本物を提供しよう」 – p49.
一流の料理人が、思う存分にいい材料を使って腕をふるう環境とビジネスの仕組みを作ることで、一流の料理人が集まります。この努力をする理由は、沢山のお客さまに喜んで頂けるということ、そこで得られる達成感があるからです。
私たちソニックガーデンが「納品のない受託開発」というビジネスモデルを創りだしたのも、要件定義に縛られて、良いと思うものを存分に作れないエンジニアの不遇をなくし、存分にお客さまのためを思って、作らない提案もできるし、良いものを作ることもできるようにしたいという思いから始まりました。
「納品のない受託開発」では、月額定額にすることでそれを実現しています。
料理をつくった人が、お客さまに提供して、お客さまが喜ぶ。そのシーンを目の当たりにした料理をつくった人が幸せを感じるのです。 – p54.
「俺のイタリアン」系列では、セントラルキッチン方式ではなく、すべて店舗で料理人が腕をふるうらしいです。その料理人が作ることにこだわりをもっていて、「料理は人がつくるもの」ということを大事にしています。
ソニックガーデンのエンジニアは、お客さまの顧問CTOとして、ビジネスの相談から設計、実装、運用までをすべて一人で担当します。それはとても大変なことではあるのですが、お客さまの事業責任者と直接に話をして全て自分で担当して提供できることは、とてもやりがいを感じることでもあります。
やはり、作り手としては、お客さまに直接届けることが出来ることが最もモチベーションにつながります。
私は、たくさんの料理人と面接して気付きました。それは、「飲食店にとって大切なのは、料理人に裁量権を与えることだ」と。 – p56.
世の中の管理形態は性悪説で成り立っていることが多いものです。これがすべからく性善説に変わった時に、誰もがハッピーになります。 – p70.
一流の料理人たちに腕をふるってもらうためには、切磋琢磨する環境と自分で裁量権を持たせることが必要で、社内のデータがすべてわかった上での競争をさせることが重要なのだと気付いたというのです。そういう環境を用意することで、自分の将来に危機感を感じる料理人たちが、明るい未来の姿を求めて集まってくるそうです。
ソニックガーデンでも常々セルフマネジメントの重要性を説いていて、エンジニアを管理しないことを標榜しています。裁量権を与えた方が、プログラマの生産性は高くなるので、出来る限りの裁量権を与えています。そして、一流を目指すエンジニアたちが集まっていて、お互いに切磋琢磨できる環境を作っています。
性善説を前提とすることで誰もがハッピーになれるとしたら、ソフトウェア業界において私たちは実践し、そういう世の中を作っていきたいと思っています。
「仕組みで勝って、人で圧勝する」 – p164.
「長所を伸ばす。極端なことを言えば短所は放っておく」 – p186.
社員の声で出てきた坂本社長の言葉です。人をとても重視する経営をされていることが伝わってきます。そして、ただ人に頼るだけでなく、仕組みの重要性もあることがわかります。「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」では、圧倒的な競争優位の源泉となるビジネスモデルがあって、その上で、一流の優秀な料理人が腕を磨いてお客さまへ料理を提供することで、その競争優位を高めることが出来ているようです。
私も経営をしていく上で、「気持ち」だけでは駄目で、人の気持ちや動機付けだけで勝負するのは違うという姿勢でいます。経営には「仕組み」と「気持ち」の両方が必要なのです。ビジネスとして勝負ができる「仕組み」を用意した上で、そこで働く社員の「気持ち」を高めていくことで、本当に強い会社になることができるのだと考えています。
「納品のない受託開発」も、ただビジネスモデルを真似るだけでは難しいし、さらにそこで競争優位になるためには、優れたエンジニアがいないといけません。
一流を目指して努力したいエンジニアが自分の働きかたに満足いくような環境を作り、それがまた競争優位につながるように考えています。
私の役割は、会社の企業理念にあるように、働く社員、パート・アルバイトを含めての物心両面の幸福を追求することです。 – p189.
働く人にとっての満足や幸福とは何か。働く中での自身の成長こそが心が満たされることにつながり、ただその心の満足だけではなく、きちんと現実世界での満足ということで高い報酬を得られるようにしていくことの、物心両面の幸福を追求することの大事さが書かれています。
心だけでも物だけでも駄目なのです。「人はパンのみにて生くるにあらず」という聖書の言葉の通りなのです。なぜ一流の料理人が集まってくるのかわかるような気がします。
ソニックガーデンも、一流のエンジニアだけが集まる梁山泊のような場所にしていきたいし、そのために物心両面の幸福を追求したいと思っています。
経営の目的って何でしょうか。その筆頭に挙げられるのは「顧客の創造」です。 – p190.
レッドオーシャンの中でシェアを争うことではなく、手頃な価格で贅沢な料理を頂くことができるという価値によって、新しい顧客を創造することで、新しいマーケットでのノウハウを先行的に得ることが出来るということでした。
大事なことは、新しい取り組みを早く続けることです。これまでと違う業態をするということは、これまでとは違う問題や課題に取り組むということになります。その問題や課題に先んじて取り組み解決していくということが、ノウハウになって競争優位になるのだということです。
私たちも「納品のない受託開発」という新しいマーケットの創造に取り組んでいますが、これまでのシステム開発をやっていた時とはまったく違うような課題が出てきています。それにひとつひとつ取り組むことで、ノウハウを得ていっています。
私は、社員を第一に大切にしています。社員は大切にされていると思っているからこそ、お客さまを大切にできるのです。…私は社員第一主義です。 – p15.
「はじめに」に書かれたこの言葉に、もっとも共感を覚えました。
私は会社とは、お客さまと働く社員の両方を幸せにするためにあるプラットフォームだと考えています。お客さまのニーズに対して、働いて価値を提供するための仕組みの場です。その結果としてお客さまからは料金を頂き、働く社員へは報酬が出ます。
働く社員にとっては、給料は貰うものから稼ぐものだという意識改革が必要ですし、経営者にとっても、給料とは払うものではなく、稼いでもらうものだという意識改革が必要です。
この本を読んで思ったのは、経営とは、「働く人に稼ぐ場所を作ること」だということです。1000万プレイヤーの料理人を出すために、会社大きくして1000万出してあげる、というのではなく、その人自身が1000万稼ぐための場所を作ってあげる、という発想です。これは同じように見えて、大きく違います。私もそういう経営をしたいと思いました。