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「参考にしている会社はありますか?」と、ある取材の中で聞かれて、ふと考えた後に出てきたのは「銀座久兵衛」という言葉でした。銀座久兵衛とは、説明するまでもないですが、老舗の寿司屋です。

なぜソフトウェア開発の会社が寿司屋を参考に?という疑問があるでしょう。以前、銀座久兵衛について調べたことがあるのですが、その経営方針や人材育成について僭越ながら非常に共感を覚えたのです。(客として伺ったことは未だないですが…)

この記事では、私たちの考えるソフトウェア開発における職人の姿と、銀座久兵衛から学べる一流の職人の育てかたについて考察しました。

打ち合わせに「顧問プログラマ」のエッセンスが詰まっている

プログラマの仕事とは、ソフトウェアのテクノロジーでお客さまの抱える問題を解決する仕事だと私たちは考えています。それが「納品のない受託開発」における「顧問プログラマ」の仕事です。ただプログラミングができるだけでは務まりません。

顧問プログラマになるためには、ソフトウェア開発に関するあらゆる工程を担当できるスキルに加え、お客さまと話をして問題の本質を見抜き、解決手段を提案できるコンサルティングの能力が求められます。プログラミングは出来て当たり前です。

私たちの仕事のエッセンスは、お客さまとの打ち合わせに詰まっています。「納品のない受託開発」では、毎週の打ち合わせで開発を繰り返し進めていきます。開発はリモートで行うので、打ち合わせの時間こそがお客さまとの唯一の接点になります。

打ち合わせ時間は、だいたい1時間半〜2時間かかります。その打ち合わせが私たちが価値を見せて満足してもらうための勝負の場となります。1週間の開発はそのための仕込みとも言えます。そのお客さまとの対話は開発した本人が行います。

そのため顧問プログラマには、お客さまに自分たちが開発したソフトウェアを上手に説明できるプレゼンテーション能力が求められます。そして、お客さま以上にお客さまの事業のことを考えた提案までができて、お客さまには満足して頂けるのです。

ソフトウェア技術者を職人とする考え方と、その仕事の哲学

お客さまに満足して頂くことが私たちの仕事の本質で、そのためにホスピタリティーをもったおもてなしが出来るよう心がけています。受託開発をしている私たちの仕事は、人が人に向き合う仕事であり、それこそが真の職人の姿だと考えています。

もしかすると職人といえば、技術や作るものには徹底的なこだわりは持つが人とは話をせずに黙々と仕事をする、そんなイメージを持っている人もいるかもしれませんが、それは私たちの考える職人の姿ではありません。人と向き合えてこそ職人です。

私たちの会社では、一人前の職人として認められるまでは、お客さまを担当させて直接仕事をさせることはありません。一人前の職人になって初めて自分の担当のお客さまを持つことができます。それを「カウンターに立つ」と私たちは呼んでいます。

客商売としてカウンターに立てるのは一人前の証拠なのです。新卒採用で入った社員は「弟子」として、裏方で手伝いをすることから始まります。中途採用であっても同じです。まずは見習いとして裏方の手伝いや、自社サービスの開発をするのです。

職人を育てるには時間がかかるし、時間をかけてでも育てていきたいと考えています。会社は長く続けていきたいし、働く人たちにも好きな仕事を続けてもらいたい。だから時間はかかっても良いのです。道を極めたい職人気質の集団が目指す姿です。

会社経営におけるベンチマークと、IT業界との価値観の違い

私たちソニックガーデンは、こうした哲学のもと人材の育成から、お客さまへのサービス提供を行っています。ソフトウェアの開発会社としてはかなり異色かもしれませんが、私たちの理想とする姿を実現するためには自然な経営方針でした。

これまで私たちが会社を経営をしていく上で参考にしたりベンチマークにした企業はたくさんあります。たとえば、37signals(現Basecamp)や、ザッポスといった企業の存在があります。以前に、このブログでも彼らの書籍を紹介しました。

たしかに非常に参考になるところも沢山ありました。しかし、彼らとはビジネスモデルが違います。私たちの会社は、受託開発を主な生業として考えていますし、それはあくまで人が人を助ける仕事ですし、コンシューマー向けではなく企業向けです。

また、IT業界特有かもしれませんが、いかにレバレッジを効かすか、いかに大きくするか、といったことがメジャーである価値観と、私たちが目指している質を高め続ける職人集団としての価値観と、いささか違いを感じていました。

寿司における一流といえば銀座久兵衛、その一流の板前とは

そこで別の業界に目を向けてみました。私たちが理想とする職人集団の姿の参考にするとしたらどこか考えたとき、寿司の世界ではないかと考えたのです。元々、料理人の姿はイメージがあり、寿司と言えばということで銀座久兵衛について調べました。

そして銀座久兵衛は75年以上も続く老舗でありながら、「日々、みずみずしく」を大事に常に挑戦し変化をしてきた会社と知りました。ウニの軍艦巻きを発明したのも銀座久兵衛らしく、今は大卒での板前も採用するなど、業界を変えてきた会社でした。

さらに採用のページを見て、とても驚きました。そこには、私たちが大事だと考えていることと同じことが書かれていて、勝手ながらシンパシーを感じました。

板前としてお客様の前に立つには、「美味しい鮨をにぎるための技術」と「最高の時間を過ごして頂く為のコミュニケーション」の両方が求められます。 一流の板前とは、確かな技術を身に付け、お客様の前での所作をはじめ、会話に至るまで、お客様と対峙した時にひとりの人間としてまっすぐ向き合えるよう常に自分自身を磨いていける人だと考えます。 (http://www.kyubey.jp/itamae

その上で、彼らは社員数が160名以上もいるのです。このことは大きな驚きでした。決して大企業という訳ではないですが、思っていたより多い人数でした。私たちも小さな会社で良いとしていますが、ここまでは目指すことができると思えたのです。

一流の職人に共通するホスピタリティーとマネジメント能力

そして、銀座久兵衛についてのアンテナが立っていたのか、あるとき見つけたのがこちらの記事でした。

銀座久兵衛式!?社員に黙々と仕事をさせないから繁盛するステーキ屋さん「然」の秘密

この記事では、とある客席と厨房が一体化したカウンター形式でステーキをふるまう店での社員教育の方針について、銀座久兵衛の当主である今田さんとの会話で得た言葉とリンクしながら紹介されています。非常に面白いので一読をお勧めします。

そこで紹介されている銀座久兵衛の当主今田さんの言葉がどれも印象深いのです。

「寿司職人は寿司を美味しく握れるのは当然のこと。それに加えて、職人はエンターティナーでなければならない」
「銀座の寿司屋だからということで、お客様の中には緊張していらっしゃる方も少なくない。緊張したままでは寿司の味もわからなくなってしまうので、本当に美味しく寿司を味わってもらえるよう、お客様にリラックスしてもらうために職人はムードメーカーになるべきだ」
「寿司職人は司令塔でなければならない」

銀座久兵衛こだわりの流儀 最高のネタと最高のおもてなし

さらに気になって、その当主である今田さんの書かれた本を買って読んでみました。

銀座久兵衛 こだわりの流儀
今田 洋輔
PHP研究所
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著者であり、銀座久兵衛の現当主でもある今田洋輔さんは2代目です。本書は、老舗の2代目として名店の暖簾を次世代に継いでいくという、本書の言葉を借りれば「頂きのない山を登るような」そんな経営をされてきた経験が詰まっています。

  • 第1章 『久兵衛』流おもてなし
  • 第2章 久兵衛の「握り」はこう作られる
  • 第3章 一流を超える板前の心意気
  • 第4章 強いお店のつくり方
  • 第5章 『久兵衛』の人材育成術

目次を見てわかる通り、寿司そのものに関することよりも、寿司を握る板前やお客さまへのおもてなしのエピソードを通じて、久兵衛で2代目が行ってきたサービス運営や人材育成について紹介されており、他業界の人間にも学ぶことが多いものでした。

銀座久兵衛に学ぶ一流の職人の育てかた

その本の中でも特に、第5章の『久兵衛』の人材育成術では、私たちが考えているソフトウェア開発の職人の育てかたに非常に参考になる話が書かれていました。私たちの方向性は間違っていない、と思うことができました。

板前一人ひとりと真剣に向き合い、鍛えていくことで、優秀なチームが育っていきます。その結果、接客のレベルは上がり、お客様の満足度が高まっていくのです。(p.176)

お客様の要望に応えるためには、ネタの原価計算、仕入れ業者への対応、予約の時間管理、若手への指示、クレーム処理などあらゆることに対処できることが必要です。そのベースになくてはならないものが、経営感覚。(p.181)

働くことは「自分の仕事をこなすこと」と同時に「後輩を正しく指導すること」であると声を大にしています。小さな組織であっても、この車の両輪が絶対に求められます。(p.184)

ただ単に厳しく接するというだけでは、それは人材育成とはいわないでしょう。(略)「自分はできるんだ」という、成功体験を味わわせてあげること。そのくり返しでこそ、人はしだいに力をつけていくものなのです。(p.188)

接客業では、従業員の働きぶりを数字だけで計ることはできません。(略)心を一つにまとめるものは「数字」ではないのです。(略)人と人を結びつけるものは、お互いを大切に思う気持ちです。(p.198)

長くやり続ければ一つ、二つぐらいは取り得ができてくるもの。それをきちんと見極めて、適材適所に配置することが、店にも本人にとってもメリットになります。(p.210)

いつの時代でも、人は誰でも一生懸命にやろうとする気持ち、伸びようとする思いがあります。(略)逆に、組織は「性悪説」で考えています。セクショナリズムや他人との比較を徹底的に排除することに努めます。(p.210)

ソフトウェア受託開発の業界における銀座久兵衛を目指す!?

よく私たちに対して「そのモデルだとスケールしないんじゃないですか?」「スケールはどう考えていますか?」といった話をされる方がたくさんいます。私たちは、それに対して目指しているのはスケールではありません、と答えています。

そもそもスケールとは一体なんでしょうか。成長することを指すならば私たちも成長は目指します。ただ文化を壊すような急成長は望まないというだけです。受託開発は人のする仕事です。地道に人を育てる以外に会社を育てる方法はありません。

人の働きかたを変えるために、クラウドソーシングやマッチングのサービスのようにプラットフォームを広げることも手段としてあるでしょう。しかし今の私たちが選んでいるのは、自分たち自身が実践することで文化を広めていくという手段です。

銀座久兵衛の仕事は、『世界中に「日本文化・SUSHI文化」を広める使命』だとされています。ただ寿司を握ることが仕事なのではないのです。自分たちの目指す姿に向かって真摯に取り組むことで、文化を広げていくという方法だってあるのです。

私たちソニックガーデンも、プログラマの働きかたを変えること、お客さまとの関係を変えていくことをビジョンと考えていて、そのために自分たち自身が信じるやり方をやってみせて証明することで、新しい文化を広げていきたいと考えています。

私たちがやっている取り組みを多くの方々に知ってもらうことで、これまでの常識に浸った「脳のブレーキ」を壊す体験をしてもらい、新しい文化を広めていく仲間が増えていけば、いつか業界のあり方も変えることができるのではないでしょうか。

冒頭の取材はこちらの記事で公開いただきました。
ホラクラシー実践のヒントは銀座久兵衛、そしてプロ野球トライアウトにあり【2015年前半のインプットlog-倉貫義人】 - エンジニアtype