変化に強い会社であるための経営における内部品質という発想、あるいは人的資本経営

ここ数年、これまでの経済活動では想像しえなかった状況が世界で起きています。この先も何が起きるかわからない、それが多くの人の感じているところではないでしょうか。意思決定が仕事の経営者にとっても受難の時代です。

そうした中で持続的に経営を続けていくためには、変化に対して柔軟に適応できる組織であることは欠かせません。外部環境は予測もコントロールもできませんが、変化に強い会社や組織作りなら取り組むことができるはずです。

それは、私たちの目指すソフトウェア開発でも同じスタンスです。変化を予測して備えるよりも、変化に柔軟に適応できるソフトウェアの開発を志向してきました。そこで大事なことは外から見えない内部品質を高めることです。

本稿では、ソフトウェア開発における外部品質と内部品質をメタファーにして、会社経営に応用することを考えてみます。そのことは昨今よく言われるようになった「人的資本経営」にも繋がる話ではないか、とも考えています。

経営における外部品質と内部品質の違いは何か

ソフトウェア開発の品質には、外部品質と内部品質と2つの観点があります。外部品質は使い勝手や機能の豊富さなど、主に利用者の観点からの品質。一方で、内部品質は改修や運用のしやすさといった作り手の観点での品質です。

外形的に評価される外部品質はわかりやすいのですが、内部品質は内部という位で外からわかりにくいものです。そのため、内部品質の重要さがわからないマネージャだったりすると対応の優先順位を下げられてしまいがちです。

しかし、内部品質を蔑ろにしてしまうと、その後の生産性に影響を与えることになります。ソフトウェアは使い続ける限りバージョンアップや不具合対応が続くものです。そのときに内部品質が悪いと余計にコストがかかるのです。

これを経営に置き換えて考えてみます。経営における外部品質とは、売上や利益、資産や現預金など決算書や財務諸表に現れるものにあたるでしょう。それ以外に、社員数や顧客数といった数値化できるものは外部品質と言えそうです。

では、経営における内部品質とは何か。明確な数値化は難しいけれど経営に影響を与えるものといえば、企業文化や組織風土、社員同士の信頼関係、顧客からの期待や信頼です。そうした無形資産の状態を内部品質と呼べそうです。

経営においても内部品質を蔑ろにして外部品質である数字を追いすぎてしまったら、たとえ一時的に売上や利益が出せたとしても、長い目でみると組織の崩壊につながることになり、最終的には外部品質さえも出せなくなってしまいます。

意識しないと内部品質は忘れられてしまいがち

ソフトウェア開発にせよ経営にせよ、内部品質を疎かにすると外部品質に影響を与えるのは、なんとなく想像はつくはずですが、実際にプロジェクトや会社をマネジメントしていると、どうしても忘れがちになります。それも特に、業績が良い時ほどです。

なぜなら、経営において外部品質である売上や利益の数字は、努力次第では短期的に結果を出しやすいからです。その努力と数字の因果関係もわかりやすいものが多いでしょう。目標としても立てやすいし、どうしても計測しやすいものに目が向くのです。

それに対し、内部品質の影響は短期的に見えづらく、施策と結果の因果も説明できません。だから、しばらく内部品質を高める施策に取り組まなかったとしても、すぐに悪影響が出るわけではないので、破滅に向かっていたとしても気付きにくいものです。

特に、ここ数年はパンデミックの影響もあり、在宅勤務やリモートワークが進んだことでオフィスで交わされていた社員同士の何気ない会話が減ったり、仕事終わりの飲み会がなくなってしまったり、自然と維持できていた内部品質に影響がありそうです。

また、組織が成長していく中で、マネージャへ適切に権限移譲を進めたりすることもありますが、KPIを立てられる外部品質に関しては移管しやすいものの、計測できない内部品質のマネジメントは任せることが難しく、良い状態を維持できなくなります。

「売上は全てを癒す」という有名な言葉があります。経営者として共感はしますが、その裏には傷ついた何かがあるから癒しなのだと考えると、癒されて終わってしまうと、内部品質に目を向ける機会を失ってしまいかねません。忘れずにいたいものです。

内部品質が高いソフトウェアは変化に強くなる

ソフトウェアで内部品質を高めるのは変化に適応しやすい状態でいるためです。新しい機能の追加も不具合修正も、ソフトウェアそのものを変化させる必要があり、その変更にかかるコストを最小化するために内部品質を高めるのです。

たとえばソフトウェアでいえば、それを構成するプログラムの読みやすさは、内部品質の向上につながります。動けば良いと言って、読みやすさに無頓着でいると、後から修正や改修するときに改めて読み直す必要が出たときに困ります。

難しいのは「読みやすさ」みたいなものは、数値化しにくいことです。最低限のルールを守れているかといった検査はできるかもしれませんが、それ以上は測れません。だからこそ、エンジニアたちはコードレビューを実施するのです。

内部品質は計測できないからこそ、高めていく取り組み自体やプロセスに重きをおくのです。プログラムが読みやすいかどうかを検査するのでなく、コードレビューが適切に実施されているかどうかを把握し徹底していくしかないのです。

これは、経営の内部品質を維持・向上させていくことも同じです。企業文化が醸成されているか、良い組織風土ができているか、心理的安全性が高く保たれているか、どれも計測も検査も難しくても、活動を続けていくことはできます。

エンジニアたちがコードレビューを通じて内部品質を高めていくのは、内部品質が徹底的に高い状態であれば、変化に強いため外部品質の向上は難しくないからです。組織の内部品質を高めていくことも同じことではないでしょうか。

内部品質を高めるためのウェルビーイング施策

私たちソニックガーデンでも、経営の内部品質に関する取り組みをおこなってきました。むしろ、私たちは会社をただ大きくすることを目指していないこと、人がいないと成立しないビジネスモデルであることから、内部品質こそが肝要だと考えてきました。

経営の内部品質には、大きく分けて2つの観点があると考えています。個々人が安心して健やかに働ける環境を整えるウェルビーイングの観点と、組織の価値観を揃えたり、仕事の哲学を共有することで生産性や提供価値を向上させるカルチャーの観点です。

ウェルビーイングの取り組みには、働く場所を自由にするリモートワークや、働く時間を自由にするコアタイムなしの完全フレックスといった就業の制度から、健康診断やストレスチェックに産業医の顧問契約といった健康でいられるような支援も含みます。

前向きに働くことを推奨しつつ、健康を阻害するほどの働き過ぎにならないようラクローを使った労務管理を導入したり、全国各地に散らばったメンバーでも適切に安否確認ができる仕組みを導入することも、ウェルビーイングの施策の一貫になります。

また、在宅勤務の運動不足を解消するためにNPO団体が実施しているウォーキングイベントに会社で寄付して参加しました。他にも最近では、社員もしくはご家族がコロナに罹患した際に、食事を詰めたミールキットを配布するなど仕組み化しています。

ウェルビーイングとして捉えると、法的に求められている最低限の衛生要因としての取り組みだけでなく、様々なアイデアを出すことができます。会社に人がいるというよりも、人がいて会社になるのですから、個々人の幸せは欠かすことができません。

内部品質を高めるためのカルチャーの取り組み

ウェルビーイングが、どちらかといえば個人に向いたものになるとしたら、カルチャーは人の集まりとしての組織に向いたものになります。もしカルチャーがなければ、本当にただ人が集まっただけになってしまいますし、それでは成果は出せません。

私たちソニックガーデンでは、セルフマネジメントで個々人が自立・自律できることを志向しているため、フリーランスの集まりみたいに思われることもありますが、決してそんなことはなく、カルチャーを中心にして集まっているコミュニティのような組織です。

だからこそ、カルチャーを醸成して共有する取り組みは欠かせないと考えています。ウェルビーイングは大事だけれども、それだけを追求してしまうと社会保障や福祉と変わらなくなってしまいます。雇用だからではなく、一緒にいる意味がカルチャーです。

リモートワークでいえば、ウェルビーイングの観点から働く場所の自由を提供しますが、同時にカルチャーを維持していくために仮想オフィスという人を感じられてコミュニケーションできる場を用意しています。だから、仮想オフィスへの出社は必須なのです。

他に私たちでは、「ふりかえり」や「すりあわせ(YWT)」を習慣レベルで実施したり、ビジョン合宿と言って互いのビジョンを語り合う機会をつくったり、経営者の考えを社内に伝える社長ラジオやオープン経営といった取り組みをしたりなど、しています。

私たちの考えるカルチャーは、ミッションやビジョンを言葉にして終わるものではなく、語源になった「cultivate(耕す)」にある通り、互いの関係性や場のあり方について考え続けていくものだと考えています。つまり、マネジメントしていくものなのです。

では、カルチャーをどうマネジメントしていくのか、については長くなるので、また別の記事で書くつもりです。

内部品質を高めることは人的資本経営に通じる

経営というのは、とても自由度が高いものです。色々な経営者の方を見てきましたが、決まったやり方はありません。私自身も、何が正解かなんてわからないまま、それでも最善を尽くすべく考え取り組み続けてきました。

しかし、今回の外部品質と内部品質というソフトウェア開発からの発想を経営にも持ち込んでみることで、なんとなく自分がやってきたこと、これからやるべきことの指針が言語化できたように思います。

営利企業である限りは顧客への貢献と価値提供によって事業の成長に取り組んでいきますが、それ以前に経営の内部品質を高めていかなければ持続的な成長を望むことはできないのかもしれません。少なくとも私はそう考えました。

なんとなく、この超長期な視点で内部品質に取り組むことはESG投資の背景にある考え方と合致しているようにも思えるし、知識労働の社会への移行と共に内部品質の維持・向上は人的資本への投資で実現するようにも思えます。

***

今回の記事を書くきっかけは、私たちソニックガーデンでも、ここ数年はリモートワークは問題なかったにせよ、合宿の機会が減ってしまったり、人が増えたことへの対応でマネージャへの権限移譲を進めたりしたことで、そこはかとない不安があったのです。

そこで、改めてふりかえってみて、そして過去のブログも読んでみたりすると、私たちにとってカルチャーへの取り組みは大事なものだったと思い出したのです。こうしてブログとして残すことも、私たちのカルチャーだったな、と思って久しぶりに書きました。

今後ソニックガーデンには、これからカルチャーを身につけていこうとする若い人の入社も増えてくるはずです。そう考えると、今まで以上にカルチャーマネジメントに取り組んでいきたいと考えています。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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