経営者やマネージャにとって、上手に権限委譲をするというのは組織を育てていくための重要な課題であると考えている人は少なくないだろう。自分の抱える仕事を次の世代に任せることができれば、任された方の成長にもつながるし、任した方は新しいことに取り組むこともできる。

とはいえ、権限委譲を実現することは容易いことではない。うまく権限委譲するために必要なことは何か、本稿では考えてみたい。

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権限委譲がうまくいかないのは何故か

私が初めてマネージャを任された頃は、マネジメントには責任が伴うものであり、その責任を全うしようとすればするほど、当時のメンバーや部下に権限委譲することなどできなかった。

あらゆる成果物のチェックをしていたし、どんな判断にも事前に確認するようにしていた。報告や連絡を徹底することで、間違いのない判断をしたいと考えていたのだ。とはいえ「間違いのない判断」というのも、自分にとって間違いがないというだけに過ぎなかったのだが。

今思い返すと、とても苦しい働き方をしていたように思う。間違いなく私が全体のボトルネックになっていただろう。とても忙しくて、仕事をしていた気ではいた。

もちろん権限委譲することを考えなかったわけではないが、権限を委譲したとしても責任までは委譲できるものではないため、そうなると任せて失敗したらと考えると怖くてできなかったのだ。それに、自分で判断する方が品質も生産性も高いと考えていたこともある。

また、権限というのは力のことでもある。権力とも言える。恐ろしいことに権限を持ってしまうと、それを自分の力だと勘違いしてしまうことがあるのだ。権力があるから人を従わせることができると考えるようになり、権限委譲などしてしまっては何もない自分と向き合わなければいけなくなる。それが怖いのだ。

権限委譲がうまくいかないのはテクニックや手法の問題ではなく、委譲する側のマインドセットにあったのではないかと思う。

なぜ今こそ権限委譲が求められるのか

そもそも権限委譲しようとするのは何故か。権限委譲などせずとも、うまくいっているならば不要だろう。しかし、そうは言っていられない時代になりつつある。

まず、取り組んでいる仕事の多くに再現性が低くなってきている。マニュアル通りに同じ作業を繰り返し行うような仕事は減り、その度に考えないと達成できない仕事が増えてきている。そうした正解のない仕事の場合、権限委譲されていなければ、事あるごとに上司やマネージャに確認をとる必要があるが、そんなスピード感では良い成果など出せない。顧客も満足しないだろう。

再現性が低い仕事は、創意工夫や試行錯誤をして知見を得ながら成果を出していくしかない。たとえ上司やマネージャに確認をとったところで、確認を求められた方もわからないというのが正直なところだろう。果たして正解のない仕事において判断できない人間が権限を持っていることは、どんな価値があるというのだろうか。

一方、権限委譲をうまく進めることができれば何が起きるのか。再現性の低い仕事は属人的な要素が強くなるからこそ、それぞれの現場での判断に任せることで迅速に仕事を進めることができる。

上司やマネージャは、その時間を別のことに使うことができる。もし「緊急じゃないけど重要な仕事」に時間を使うことができれば、組織や事業を飛躍的に成長させることのできるチャンスになる。新しい仕事を生み出すことに取り組むことができるのだ。結局のところ、それも再現性が低いので裁量が求められる。

あらゆる階層で、権限や裁量をもって仕事をすることが求められるのである。

権限委譲における鶏と卵の問題

マネージャ本来の仕事には、与えられた仕事を全うするというだけでなく「いい感じにする」ために、問題を見つけてくることや、取り組むべき課題を発見することも含まれる。むしろ、それが最重要な仕事だと言える。

経営者にしてみると、経営者と同じ目線で社内や事業の問題・改善点を見つけることができる人が出てきて、その人に権限委譲をしていきたいと考えているものだ。しかし、そう簡単にはいかないのは、権限委譲をしたからといって同じ目線になれるわけではないからなのだ。

まず、そもそも権限を委譲したい側と委譲される側で見ている景色が違いすぎる。見えている情報の量も、見え方も、見える広さも違っている。そうした状況で権限委譲をしようとしても、うまくはいかない。

よくわかっていない状態で権限委譲だといって、判断しろと言われても部下にとっても困ってしまうだろう。判断や決断を委ねるためには、それを導き出すための情報も合わせて渡さなければいけない。それも、ただのデータではなく、権限を委譲したい側が考えていること、思考の過程のようなもの(コンテキスト)を共有するのだ。

もちろん、整理されていない情報を共有するのは簡単なことではない。しかし、コンテキストを共有しておくことができれば、自分だけでは考えきれなかった先のことを考えてくれるかもしれない。そうなってこその権限委譲ではないか。

メンバーの視座を揃えるための習慣

私たちソニックガーデンには管理職がいない。そのため特定の誰かに権限があるわけではなく、権限を執行するための決裁もない。個々人が適切に判断して権限を執行する。ある意味で、究極に権限委譲がされた状態と言えるかもしれない。

たとえば、新規の取引先やパートナーとの契約も自己判断で出来るし、有給休暇の取得や経費の利用はもちろんのこと、社内イベントの実施や新規事業の立ち上げなども当然、誰にも権限はある。採用に関してだけ特殊で、誰かが誰かを勝手に採用することだけはできない。といっても社長にその権限があるわけでもない。(一体どうしてるのかは別の機会に)

果たして本当に共有できているかどうかはさておき、経営者と視座や視点を合わせていくために以下のような取り組みをしている。

  • 数字の共有(社内の売上・経費など基本的にオープン)
  • 社長ラジオ(音声で考えていることを話す)
  • 社内ライブ放送(Zoomの生放送を社内で)
  • 日記(日々の様子や考えていることを書く)
  • オープン経営(まだ検討中のことから検討の過程を共有)
  • ビジョン合宿(少人数でリアルに会って過ごす)

中でも最近の取り組みは、社内ライブ放送だ。Zoomの配信機能を使うことで、隔週の金曜日のランチタイムになんでもないことから最近の考えや、新しく入ったメンバーの自己紹介など、いわば雑談の様子を社内に流している。リアルタイムに視るメンバーもいれば、録画をあとで視るメンバーもいる。

権限委譲の前にコンテキストの共有を

こうした取り組みをしていく上で大事だと考えているのは、求められるから出すのではないということ。情報や考えは先に出すことから始まる。受け取る側が、受け取らない可能性もあるが、それでも構わない。また、情報を出しているからと全員を同じ視座にすることを強要もしないし、揃えようともしない。

格好良く言えば「ビジョンの共有」とか「価値観の浸透」といったものになるが、そうした考えの根っこにある部分を伝えていくときには、コミュニケーションにコストパフォーマンスを求めすぎない方が良い。伝えるのと伝わるのは違う。

一度に一斉に、一回限り話せば伝わるようなものではない。一度聞くだけでハラオチして自分のものになるようなことなどないのだ。なんども繰り返し繰り返し聞くことで、ようやく伝わっていくようなものなのだ。

また、ビジョンや目標といった未来の話は、比較的しやすい。これまでの実績や決定事項を話すことも、そう難しくはない。未来のことは抽象的なイメージでも良いし、過去のことは分析してロジカルに説明できる。しかし、現在の考えていることは、そう簡単に言語化はできない。

あまり綺麗に伝えすぎることを考えずに、雑談のような中で雑になんども伝えれば良いし、現在のことは継続的にアップデートしていって当然だから、毎回100%でなくても良い。

相談しやすい環境づくりのためのザッソウ

権限委譲していくことで、細かな指示命令までするマイクロマネジメントからは解放される。その状態をうまく維持していくのが相談の機会だ。

上司が部下に手取り足取り伝えるのではなく、部下から困ったときに相談されて対応するようになる。この相談に対する対応の仕方でも、うまく権限委譲されるかどうかが変わってくる。

エスカレーションのように相談と言いつつ、指示を仰ぐ形になってしまうと部下は育たない。あくまで困っていることの話し相手としての相談には乗るが、どう進めるか判断や決断は部下にしてもらうようにすると良いだろう。いわゆるティーチングではなく、コーチングだ。

それが、松下幸之助さんの言う「任せて任せず」なのかな、と考えている。

とはいえ、相談はする方もされる方も案外とスキルがいる。気軽に相談できなかったことで機会損失してしまったり、間違った方向で進んでしまって手戻りが大きくなったり。相談を受けたものの、むしろ部下のモチベーションを下げるようなことになってしまったり。

そこで、雑談と相談を組み合わせることで、雑に相談できる環境づくり、それができる心理的安全性の高い組織をつくるための本として以下を書いた。こちらも参考に。