アジャイル開発からティール組織への道

「アジャイル開発」が、もはやソフトウェア開発の当たり前の開発方法になって久しい。アジャイル開発とは、少しずつ改善しながら作っていくソフトウェア開発の手法だ。とくにウェブサービスを提供するような企業の多くで導入されている。

・アジャイル開発の本質 〜 アジャイルとウォーターフォールの違いとは
・アジャイル開発とは:「アジャイル開発」をエグゼクティブサマリにまとめてみた

私は、もともとプログラマであり、アジャイル開発を日本に広める活動にも長く取り組んできた。アジャイル開発はソフトウェア開発の手法ではあるが、そこからマネジメントの基礎を学んだし、私たちソニックガーデンの「管理ゼロ経営」の礎となっているのは間違いがない。

本稿では、自らの経験をもとにアジャイル開発から学んだマネジメントと、ティール組織へつながっている道筋を考察してみたい。

アジャイル開発から学んだマネジメント

15年ほど前の話。私が初めてチームを任されたときに、もっとも参考にしたものがアジャイル開発の本(正確には「エクストリームプログラミング」)だった。

それまで一エンジニアにすぎなかった私が、何人かのメンバーを抱えたチームリーダーをすることになったのは社会人3年目の頃。技術書しか読んだことないような私にとって、チームづくりのヒントをアジャイル開発に求めたのは必然だった。

今にして思えば、そこが自己組織化チームへの第一歩だったのだ。

たとえば、プロジェクトを成功させるための共通認識は「シンプルさ」「フィードバック」「コミュニケーション」「勇気」「尊重」の5つの価値(当時は尊重を除く4つ)であるとしている。ここで既に旧来のマネジメントにある「管理」「監視」「制御」「支配」「評価」みたいなものとは一線を画している。

その上、ソフトウェアを作るのは「人」であり、プロセスやツールよりも個人との対話こそが重要だと言うのである。

最初に立てた計画通りに従うのではなく、繰り返しで開発を続けて変化に対応していくのは、そこで働く個人の成長の可能性さえも取り込める余地を作っている。つまり、人は成長するものだという前提がある。

それも心がけだけの話ではなく、ふりかえりをしてチームで改善を行う、タスクを分解してチームで見える化する、情報やソースファイルもオープンに共有しあう。そうしたチームの生産性を高める実践的なアクションもセットになっている。

私がアジャイル開発から学んだマネジメントとは、成果を出すために人を中心に置きつつも、人を扱うのではなく環境や仕組みを整えるのだということだ。

アジャイル宣言と背後にある原則

アジャイルソフトウェア開発宣言」と呼ばれる共通認識がある。(私は日本語版の翻訳レビューに参加した。)

私たちは、ソフトウェア開発の実践
あるいは実践を手助けをする活動を通じて、
よりよい開発方法を見つけだそうとしている。
この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。

プロセスやツールよりも個人と対話を、
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、

価値とする。すなわち、左記のことがらに価値があることを
認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。

【アジャイルソフトウェア開発宣言】

そして、この宣言の背後には原則が用意されている。一部、ソフトウェア開発だけに限らない部分を引用しよう。

意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。
環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。
情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法は
フェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。
一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。
シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。
最良のアーキテクチャ・要求・設計は、
自己組織的なチームから生み出されます。
チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、
それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。

【アジャイル宣言の背後にある原則】

ここから既にティールにつながる片鱗が見えてくるとは思わないか。

アジャイル開発からリーンスタートアップへ

アジャイル開発が登場した90年代の当時は、クラウドもなければ、オープンソースも今ほどの広がりはなく、人々がスマホでウェブに触れることもなかった。システム開発といえば、社内業務で使うためのものばかりの時代だ。

どう考えてもアジャイル開発にとってアウェイである。よく、その時代にアジャイル開発の必要性を見つけて名付けたのは非常に慧眼であったと思うが、当然あまりアジャイル開発の成功例は多くなかった。

そんなアジャイル開発がフィットする場所として見つかったのは2000年代も半ばに入り、当時「Web2.0」と呼ばれて注目されたウェブサービスの企業だ。「永遠のベータ版」を特徴とするウェブサービスでは、繰り返し開発し続けるアジャイルが向いていたのだ。

その直後くらいから、AWSを筆頭にクラウドサービスが広まることになる。従量課金でコンピュータリソースが使えるようになったことで、システム開発の世界に革命が起きた。それまでサーバありきでのソフトウェアだったものが、ソフトウェアこそが主役になったのだ。しかも環境は、アジャイルにすぐに用意できる。

クラウドとアジャイル開発の相性は非常に良かった。初期投資もかからず小さく始めて、繰り返しで機能を追加していくスタイルはクラウドだからこそスケールする足回りを気にしなくて済むからだ。

そして、それは大きな資産を持たざる者たちでもウェブサービスで一発あてることができる可能性を生みだして一気にスタートアップブームが到来したのだ。しかも大資本をかけた一発勝負ではない「リーンスタートアップ」が注目された。

プロダクトを少しずつ作って顧客や市場を探りながら、学習を繰り返すリーンスタートアップはアジャイル開発のゴールをビジネスの成功に置き換えたものに他ならない。リーンスタートアップではアジャイル開発は前提なのだ。

その少しずつ試しながらビジネスを成長させていく手法と知見は、今はスタートアップに限らず、ウェブでサービスを提供する企業すべてにとって有益なものとなった。ウェブの企業で今からアジャイル開発をしない企業はないだろう。

アジャイル開発を活かす変化と創造性の時代へ

さらに近年ではUberやAirbnbなどウェブを活用したIT企業が既存のマーケットに参入してくるようになった。それに対して、従来型の企業はデジタルトランスフォーメーション(DX)を旗印に、自社のウェブ化を図って対抗しようとしている。そうしたシーンでも、アジャイル開発は求められる。

今の時代は、VUCAと呼ばれている。Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉だ。

そうした数年の先のことも予測の難しい時代にこそ、アジャイル開発は非常に有効なのだ。ここに至って、ついにアジャイル開発が当たり前の時代になった。

ちなみに、もちろん残念ながら日本の大企業ではいまだに人海戦術のウォーターフォールで開発しているところも多いと聞く。それはシステム受託開発が納品を前提とするビジネスモデルであることに原因がある。そこで私たちが編み出したのが「納品のない受託開発」だ。結果、私たちは日常的にアジャイル開発をしている。

それはさておき、アジャイルの考えはソフトウェア開発の場面で有用なだけではない。そもそもソフトウェア開発プロジェクトというのは非常に難易度の高いものだ。決まった正解があるわけでもなく、物理的な成果物があるわけでもないし、再現性もない。それでもプロジェクトを進捗させなければいけない。

これは今の時代の普通の仕事やプロジェクトに似ている。マーケティングも商品企画もコンサルティングはもちろん、どの職種にも現代の仕事の多くにはクリエイティブな要素があり、抽象的な観点で見て「正解がない・物理的な成果物がない・再現性がない」という点があればソフトウェア開発に非常に似ている。

であれば、ソフトウェア開発でのマネジメントの知見、特にアジャイルの考え方は、ソフトウェア開発以外でも増えつつあるクリエイティブな仕事のマネジメントに活かすことができるのではないだろうか。

アジャイル開発からティール組織へ

アジャイル開発を続けていくことで、チームは非常に大きく成長するし、非常にコストパフォーマンスの高い状態になっていく。実際に私たちが体験したことだ。

その結果、個々のメンバーはそれぞれが卓越した技術やスキルをもつようになり、1人でも成果をあげることができるようになって、誰かにマネジメントされる必要がなくなる。そんな人たちばかりのチームが出来上がるのだ。

それでも、一匹狼の集まりではなく助け合いできるようにするためには、心理的安全が高く、居心地の良い場を作る必要がある。自分の得意なことを活かして、仲間の不得意を助けることこそチームの力になる。それは管理では生まれない。

また、アジャイル開発の最大のポイントは繰り返しで進捗させていくこと。繰り返しの中で方向を微調整することによって、たとえゴールの位置が最初の想定と違っていてもたどり着くことができるし、ゴールに近づいて精度が悪ければ再調整することができる。

さらに言えば、どこかで終わりと決めるのではなく、常に成長し続ける事業にあわせて自分たちも改善を繰り返していくことができることこそが、アジャイルの考えの根底にあるものだ。目的と自分たちの両方が進化し続けるのだ。

こうしたアジャイル開発を続けた先にある上記の点と、ティール組織を象徴する「セルフマネジメント」「全体性」「常に進化する目的」には大きな共通点が感じられる。

そもそもアジャイル開発は、人と人の関係づくりをとても大事にしてきた。それこそが、これからの組織に求められるものではないだろうか。ティール組織で言われていることは、アジャイル開発でとっくに言われていたことだった。

アジャイル開発の最初の波紋を広げた人

今となってはアジャイル開発に対する抵抗や反対は少なくなったが、最初からそうだったわけではない。どんな新しい考え方も手法も、広まってしまえば当たり前のことになってしまうけれども、ドミノ倒しや水辺の波紋のようなもので、誰かが最初のきっかけを作らないと始まらなかった。

この日本において、アジャイル開発という言葉や考え方の最初の波紋を投げかけた一人が平鍋さんという人だったのは間違いないだろう。私自身、そんな彼を追いかけるようにアジャイル開発に携わってきた。

先日その平鍋さんに会いに、福井にある永和システムマネジメントと、そこにオープンしたAgile Studio Fukuiを訪ねてきた。その時の様子をブログとYoutubeにしてくれた。アジャイル開発からティール組織へ道を感じてもらえるだろうか。

紹介している書籍「管理ゼロで成果はあがる」はこちら。

倉貫 義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役社長。経営を通じた自身の体験と思考をログとして残しています。「こんな経営もあるんだ」と、新たな視点を得てもらえるとうれしいです。

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