アウトプットやディスカッションをせず、焦らずじっくりと本を読む。読書は、ただ知識を得られるだけでなく、インスピレーションを受ける貴重な時間。忙しくなると読書の優先順位を落としがちだが、その時間を確保することが、長い目で見ると生産性を高めることになる。これは、運動も同じことだろう。
環境や立場を活かす戦略と自分の実力の捉え方
起業でも独立でも何かに挑戦するとき、裸一貫から自分の力だけで成し遂げる方が立派だと思われがちだ。いや確かに立派だが...
起業でも独立でも何かに挑戦するとき、裸一貫から自分の力だけで成し遂げる方が立派だと思われがちだ。いや確かに立派だが...
アウトプットやディスカッションをせず、焦らずじっくりと本を読む。読書は、ただ知識を得られるだけでなく、インスピレーションを受ける貴重な時間。忙しくなると読書の優先順位を落としがちだが、その時間を確保することが、長い目で見ると生産性を高めることになる。これは、運動も同じことだろう。
書籍を出版する際に、まずは電子書籍で出してから、ある程度の売れる見込みをリサーチしてから、紙の書籍にして出せば、コストやプロセスも無駄がない気がするが、どうなんだろうか。それとも、紙の書籍から始めないと売れないのだろうか。電子書籍ありきの出版社があっても良い気もするがどうだろう。
知識創造企業で知られる「SECIモデル」暗黙知と形式知が、組織と個人の間で循環することで、新たな知識が創造される。インターネットの登場により、オープンソースやブログという形で個人の持つ知識や知見が表出化し、コミュニティで連結化されることで、新たな知識創造が社会全体に広がったのか。
企業はマーケティングとイノベーションの二つの機能からなる、とドラッカーは言った。マーケティングは計画して予測できても、イノベーションを計画することは出来ない。計画外の時間からイノベーションは生まれる。いかに経営活動の中に、無駄なように見える余裕を作ることが出来るか、それに尽きる。
起業するのに、身銭を切って裸一貫で始めないことに引け目を感じるとしたら、それは日本的な苦労の礼賛に通じる思い込みだ。起業が目的でなく、その先のビジョン実現こそが大事ならば、社内起業だろうが助成金だろうが、使えるものは使ってリスクを抑えハードル下げて起業した方がスマートではないか。
ナレッジワーカにおける多くの裁量労働の問題点はノルマがあることではないか。ノルマが厳しすぎれば、時間をかけて成果を出す過重労働にならざるを得ない。また指示命令の組織なら、仕事を断ることなど実際のところ出来ない。従来のマネジメントのまま適用しても、表面上のみせかけの裁量労働となる。
世界は有限だ。何かを捨てないと、新しい何かを得ることは出来ない。時が過ぎて、立場が変わると共に、何を残して何を捨てるか。それまで得たものに執着すると、次に得られる可能性を捨てることになる。ただ捨てると考えず、任せる・託すと考えても良い。そのために会社や組織の意義があるとも言える。
「働き方改革」の言葉だけを振りかざすのは好きではない。改革というからには、何が問題で、どう変えるのか、改革後のビジョンを語らなければ、ただのバズワードで終わってしまう。新しい働き方なんて表面だけなぞっても、結局うまくいかない。果たして経営のあり方から変えていくだけの覚悟はあるか。
リモートワークを広げることを考えると、ナレッジワーカーにとっての仕事とは何か、現代社会にあった働き方とは何か、知識労働における生産性とは何か、そういったことを考える必要性が出てきた。リモートワークは表面化されたもので、そもそも、そういった本質的な議論は必要なのだ。今、考えている。
数学の問題と違い、世の中の多くの問題は正解がある訳ではない。後から思い返しても、本当に正しかったのかさえ不明だ。問題を解決するには、仮説となる沢山のアイデアが必要だ。そして、その仮説の検証を繰り返して解決を試みる。問題そのものが変化することも多く、何度も繰り返し前に進むしかない。
平鍋さんの講演で質疑応答をした。プロジェクトマネジメントの観点から、従来のマネジメントとアジャイルのマネジメントで共通するものがあるなら何か?プロジェクトを成功させたい気持ちは同じ。そして、うまく出来る人には「思いやり」がある。一人一人と思いやって対話をする、それが共通している。